冬の珊瑚礁/青い珊瑚礁【短編•完結】

草壁なつ帆

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冬の珊瑚礁

少女との別れ

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「海だわ!!」
 純粋に喜ぶ少女を見て、そりゃ当たり前だと思ってしまう。
 行き先を彼女に任せて歩いていたが。ついに数日後に耐えきれなくなり、現在地を宿主に聞いてから地図を購入したわけだ。
 少女の方向感覚を咎めるにしても、令嬢であり成人前となれば分からないのも当然かと思うしかなかった。
「この海は前の海より暖かい?」
「そうだな。……でも、泳げないぞ」
 嫌な予感がして付け足したのだが。しかし少女は変な顔をしたのちに吹き出して笑ってしまう。
「あはは! あの時の話を覚えているのね!」
 真冬の海を泳いでいたと言った少女の嘘のことだ。子供の嘘をいつまでも覚えているなんて恥ずかしい思いがする。
 そんな大人をよそに少女は海へと走り出した。砂浜を蹴ってそのまま海へと入っていくから、さすがに「おい!」と、なる。
 ジャバジャバと進むのに靴やスカートが水に浸るのは気にならないのか。彼女の腰まで水が浸かる前に進むのを止めた。それでも大人は心配性だ。
「大きな波が来たら攫われるぞ!」
 初めてこんなに大きく声を張り上げたかもしれない。自分も服が濡れるのを拒まずに少女を砂浜へ連れ戻さなければと急いだ。

 大きなうねりを作っている海を目の前に、魚釣りを楽しむ家族や、日傘をさして歩く恋人もいた。「海は綺麗だけどこの時期に見に来たのは違った」と、家族か恋人かで話題に上がっていた。
 少女は濡れたスカートを揺らして立ち尽くす。その隣に恋人とも親子とも決め難い若男を連れながら。
「旅人さんは、海で死のうと思ったの?」
 そんな会話をしながら。
「俺は。僕は……」
 決めかねている。何もかも。波の音に考えが攫われている時「ねえ」と、少女は明るい声で遮った。
「やっぱりもうちょっと温かい海が良いかもね」
 歯を覗かせた笑顔を見せつけられ、それから二人で濃紺な色した遠い水面を眺めた。
「君は、あの海で何をしてた?」
「うーんと、泳いでた」
「嘘だろ」
「嘘だよ。でも、泳げないかなーって思ってた。今も思ってるよ?」
 この時期に泳げる海なんて、おおよそ裏側の土地まで行かなくてはならない気がする。その旅路を話し合ったが、やがて少女のくしゃみによって二人は現実に呼び戻されたかのようになった。



 幾つ目の宿になるのか分からないが、男は初めてベッドで眠ることになる。暖炉の火が灯った部屋で男女となると意味深だが、残念ながらそういう空気感ではない。
 ひとつのベッドに毛布はふたつ。背を向けていて何かを求めることもない。まあ、あるとするなら……。
「ゲームする?」
「しない」
 その程度だ。
 旅路の続きを考えようとしたが、すぐに眠りについてしまったらしい。
 そうして朝起きたら少女は居なくなっていた。その代わり、宿主から手紙を預かっていると聞き渡された。冬の浜辺で開いてみると少女にしては綺麗すぎる文字だ。
『感謝します』と言葉があり、何かの金額、銀行の鍵、譲渡証明が入っていた。
 そういえば、昨晩は少女から「ありがとう」という言葉をもらっていなかったと変なことを思い出して気になってしまう。


 らしくないと思いつつも、足はどうしてもあの貸しコテージに向いている。しかし一時的な利用のようで、少女もその家族もとうに消えていた。
 駆け落ちというのはやはり言い方だけで、本当はただの少女のわがままに付き合った旅行だった。それを少女の家族に感謝されて金まで貰えるとは後味が悪い。
 あの時、少女の父親が何かを思って、家を出て行く娘を引き止めなかったのも意味があるんだろう。得体の知れない「旅人さん」にいったい何を期待していたんだ。手紙の中の数字だけでは何も分からない。



 海岸沿いを離れ、本来は向かいたくないがメルチ王国の街中へと入った。少々値が張るが、そこのホテルを利用すれば電話が使えると考えてのことだった。
「アリウス海岸のコテージです。……はい。なるほど。はい……はい……」
 聞いたことをメモに落とす。
 このコテージの支配人は頼んでいない個人情報まで全てを漏洩してくれるようだ。その代わりに後でどれほど払えと言われるのか怖いが。しかしこんな危険な石も取り除けないとは、この国の王は目の粗いザルなのか?
 聞きたかったことを聞き、電話相手が情報料と口に出したあたりで受話器を置いてしまうとする。間も無く、勝手に切るんじゃないと電話のベルが鳴り響いたが、これはもう聞こえないことにした。
「チェックアウトをお願いします」
「はい。ジェントン・ロバートさんですね。では鍵を預かります。ありがとうございました」
 ガラスの扉を出ていく頃、鳴りっぱなしの電話をホテルの係員が取っている。さっき話をつけていたジェントン・ロバートという人物を詐欺師であると訴えるだろう。
 しかし残念ながらジェントン・ロバートという人物は捕まらない。わざわざ偽名を名乗るのも難しいものだ。その点『旅人さん』という匿名は便利だなと感じる。
 さて。事が大きくなる前に馬車を捕まえ乗り込んだ。
「この国で一番大きな病院へ連れて行ってくれ」



(((次話は明日17時に投稿します

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