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冬の珊瑚礁
駆け落ちをします
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結論からすると、少女にはまた会える。
街の南。隣国へ行くのによく通る道だったが、その山沿いにあるレンガの建物は病院だったのかと今この時初めて知った。
知らないことがあると劣等感を抱く。だから街中は嫌いなんだと改めて感じ、それでも少女に会わなければと思うのは金のせいの他なんでもない。
金さえ無ければ、少女が消えようが死のうがどうでも良かったのに。
「君はあの時の……」
まずは少女の父親に見つかる。その次に少女の目にも止まった。多人数が集う待合ホールで出会ったのではなく、おそらく少女の病室に向かえる廊下の中腹で出会ったから驚かれたのだろう。
お久しぶりです。実は怪我をしまして……などの商人や社交会らしい口の回し方は随分していない。こちらは微笑みの仮面も付けずに用件だけを返しに来た。
上着に入れてあった封筒は紙一枚と鍵一個の重みしかないのに、持ちだすとまるで本当に大金が入っているかのように重い。それを父親の方に向ける。
「金を返します」
「……ああ」
片手で差し出されるものを、少女の父親は一瞥したが、なかなか受け取らない。
「ど、どうして私たちのことが?」
探し当てられた経緯か。それに答えなければ金は受理しないと言いたいのか。
気まずい空気があり、少女とはよく目が合っていたが、長く見ていると相手から逸らされた。ブーブーと言って笑いっぱなしの少女は跡形も無い。顔を白くして痩せている。
そんな彼女に何か言いたくなる。急に居なくなったことを咎める理由もないし、手術について後押しする気もない。そもそも少女は旅中何も話してくれなかった。
しかし、それは自身を『俺』か『僕』かでさえ決めかねる自分と同じだ。自分が何者であるか、自分が背負うものは何か、そんなことを考えずに生きたり死んだりしたい。
束の間の『誰でもない時間』は特別だっただろう。そんな楽しい旅をこの言葉で誘い出すのは悪くないかもしれない。
「駆け落ちをします」
不健康に見える少女と目が合う。彼女がいつ死ぬかなど聞かされていないから知らない。
「冬でも泳げる海を見つけました。だから連れて行きます」
動揺は父親だけじゃなく少女の方にもあったようだ。二人で顔を見合わせていた。
「君は、あの子からどこまで聞いているんだ?」
古時計が振り子を鳴らすだけの廊下。少女の父親が呟くように言った。君というのは駆け落ちを宣言した正体不明の男のことを指す。旅人だと名乗ったところでも正体不明は払拭できないだろう。
「病気……手術のこともあの子から聞いたのか?」
「いいえ。ただの予感です」
「予感?」
「はい」
残念ながら貧乏な貴族には悪い噂が付きまとう。
貸しコテージの支配人が電話で朗々と語ったのは偽った愚痴なのか、それとも盛った被害話なのか当てるのは難しい。
しかし火のないところに煙はない。その中に含まれていた。「幼い令嬢が病原菌をばら撒いている」と。酷い話を鵜呑みにするほど、こちらは耳を腐らせていなく、情報料も払わない。
「……なるほど。それで病院に来てくれたんだね」
「はい。あと、娘さんは毎晩眠る前に感謝を述べていました。実はうちの母親も生前、同じことをしていたんです。だから予感が」
「ああ。そうか」
少女の父親はそれきり黙った。
廊下に人が現れると少女の父親だけを呼んで厚い扉の部屋に入っていく。ひとりになった自分はここで初めて息をしたような心地になった。
この誘いが正しいかどうかは分からない。少女が生きたいのか死にたいのかにもよる。
海は奪ってくれないし、月は与えてくれない。
自分の人生は自分で選ばなくてはいけない。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
街の南。隣国へ行くのによく通る道だったが、その山沿いにあるレンガの建物は病院だったのかと今この時初めて知った。
知らないことがあると劣等感を抱く。だから街中は嫌いなんだと改めて感じ、それでも少女に会わなければと思うのは金のせいの他なんでもない。
金さえ無ければ、少女が消えようが死のうがどうでも良かったのに。
「君はあの時の……」
まずは少女の父親に見つかる。その次に少女の目にも止まった。多人数が集う待合ホールで出会ったのではなく、おそらく少女の病室に向かえる廊下の中腹で出会ったから驚かれたのだろう。
お久しぶりです。実は怪我をしまして……などの商人や社交会らしい口の回し方は随分していない。こちらは微笑みの仮面も付けずに用件だけを返しに来た。
上着に入れてあった封筒は紙一枚と鍵一個の重みしかないのに、持ちだすとまるで本当に大金が入っているかのように重い。それを父親の方に向ける。
「金を返します」
「……ああ」
片手で差し出されるものを、少女の父親は一瞥したが、なかなか受け取らない。
「ど、どうして私たちのことが?」
探し当てられた経緯か。それに答えなければ金は受理しないと言いたいのか。
気まずい空気があり、少女とはよく目が合っていたが、長く見ていると相手から逸らされた。ブーブーと言って笑いっぱなしの少女は跡形も無い。顔を白くして痩せている。
そんな彼女に何か言いたくなる。急に居なくなったことを咎める理由もないし、手術について後押しする気もない。そもそも少女は旅中何も話してくれなかった。
しかし、それは自身を『俺』か『僕』かでさえ決めかねる自分と同じだ。自分が何者であるか、自分が背負うものは何か、そんなことを考えずに生きたり死んだりしたい。
束の間の『誰でもない時間』は特別だっただろう。そんな楽しい旅をこの言葉で誘い出すのは悪くないかもしれない。
「駆け落ちをします」
不健康に見える少女と目が合う。彼女がいつ死ぬかなど聞かされていないから知らない。
「冬でも泳げる海を見つけました。だから連れて行きます」
動揺は父親だけじゃなく少女の方にもあったようだ。二人で顔を見合わせていた。
「君は、あの子からどこまで聞いているんだ?」
古時計が振り子を鳴らすだけの廊下。少女の父親が呟くように言った。君というのは駆け落ちを宣言した正体不明の男のことを指す。旅人だと名乗ったところでも正体不明は払拭できないだろう。
「病気……手術のこともあの子から聞いたのか?」
「いいえ。ただの予感です」
「予感?」
「はい」
残念ながら貧乏な貴族には悪い噂が付きまとう。
貸しコテージの支配人が電話で朗々と語ったのは偽った愚痴なのか、それとも盛った被害話なのか当てるのは難しい。
しかし火のないところに煙はない。その中に含まれていた。「幼い令嬢が病原菌をばら撒いている」と。酷い話を鵜呑みにするほど、こちらは耳を腐らせていなく、情報料も払わない。
「……なるほど。それで病院に来てくれたんだね」
「はい。あと、娘さんは毎晩眠る前に感謝を述べていました。実はうちの母親も生前、同じことをしていたんです。だから予感が」
「ああ。そうか」
少女の父親はそれきり黙った。
廊下に人が現れると少女の父親だけを呼んで厚い扉の部屋に入っていく。ひとりになった自分はここで初めて息をしたような心地になった。
この誘いが正しいかどうかは分からない。少女が生きたいのか死にたいのかにもよる。
海は奪ってくれないし、月は与えてくれない。
自分の人生は自分で選ばなくてはいけない。
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