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青い珊瑚礁
病院の男の子
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初めて病院に到着した時。もう私は一生外に出られないものだと信じ込んでしまった。
いつもと違う馬車に乗って見慣れない街を進む間は、これが最後の思い出なんだと記憶に刻んだ。
「ルーデン・ミリアム様。紹介状を拝見します」
私の名前で呼ばれたけれど、お話はお父様と受付の人が二人でしているから私はずっといろんな場所を見ている。
具合の悪そうな人ばかり。私も彼らと同じ顔色をしているのね。白くて、青い……。
ふと、飾り柱の向こうに大きな絵が飾ってあるのが目についた。
「こら、どこへ行くんだ」
お父様の声は聞こえたけれど、私はその絵が見たかったから走っていく。
すごく大きな絵画。金の額縁に入って壁にかけられている。青色と白色の絵の具だけで描いた珊瑚礁だった。
「ミリアム。ひとりで行くんじゃない」
「ごめんなさい」
お父様の足音が近くに寄り、私は口で謝ってはいたけど絵画から目を離せないでいる。
「絵が描きたいのかい?」
「ううん。見ていたいの」
「そうか。じゃあ行くよ?」
「もうちょっとだけ……」
それからどれくらい立ち尽くして眺めていたか分からない。はっと思い出してお父様を探したら、奥のソファーの空いたところで居眠りをしていた。
これじゃまた怒られてしまう。
急いで駆け出した時、私は誰かにぶつかってしまう。二人とも硬い石の地面に倒れた。駆けつけて来たのはお父様じゃなく、ぶつかった人物の母親らしかった。
「怪我はない? ごめんなさい」
私は痛かったけれど涙を堪えた。だけど、ぶつかった男の子の方は泣きじゃくってしまう。だからすぐに母親が抱いて連れて行ってしまう。
「どうしたんだい、ミリアム」
その泣き声が私のものと思ったらしくて、お父様は居眠りから目覚め、駆け寄って来てくれた。
「ううん。床が綺麗だと思っただけ」
「なら良いんだ。じゃあ行こうか」
「うん」
立ち上がって私の部屋へ行く。その間、膝が痛くて歩きにくかった。
初めての手術が終わると、私のお母様が手を握ってくれていた。
「おはよう、ミリアム。調子はどう?」
「うん……最高よ」
嘘じゃない。生きているんだもの。最高に決まっている。
お母様は涙もろくて、いつも私と二言会話するたびに涙を流す。そして抱きしめ「大好きだよ」と言ってくれる。だから私もお母様が大好き。
「ずっと横になっていたら足が辛いでしょう?」
お母様がシーツを剥ぎ、あっと声を出した。
「どうしたの!? この膝は!」
「ああ、えっと。転んじゃったの」
忘れていた。体を動かせない私の代わりにお母様が言うには、両膝が赤紫になっているみたい。きっと大袈裟に言っているんだと思う。ただの打撲なのに。
「お医者様にお薬をもらってくるわね!」
お母様はひとりで部屋を出て行ってしまった。私は顔を動かして、窓の方を見やる。
「打撲に効く薬なんかより、カーテンを開けて欲しいのに」
薄黄色のカーテンは透けないから、外の景色を全然教えてくれなかった。
「開けようか?」
「……え?」
念が通じてカーテンが喋った……? いいえ。私の視界の裏から男の子がスタスタ歩いてカーテンを開ける。太陽が覗いているわけでもないけど、一気に光が差して目が痛いほどに明るくなった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま男の子は病室を去ろうとする。
「待って。あなた誰? 幽霊?」
ピタッと止まった男の子。振り返って私に顔を見せた。
「……血が垂れていることもないし、目も飛び出て無いし。首が伸びるのかしら」
「伸びないよ」
男の子はきっぱり答えた。それに、自分の顎を両手で持って上に押し上げても見せてくれた。
「ほらね」
「本当だ」
ついでに足を高く持ち上げて私に見せてくれる。半ズボンから覗く特に打撲もない綺麗な足だけど。
すると男の子は急に「君、動けないの?」と私に聞いた。「うん。手術をしたから」と、答えたら男の子は何か納得している。それが私には何のことか分からなかった。
男の子が私の近くに来てくれて教えた。
「俺のことを幽霊って言っただろう? 普通、幽霊かどうかなんて、足があるのを見れば一発で分かるはずだ」
私は、そっか。と、腑に落ちる。そして男の子には「あなたって賢いのね」と、素直な感想を伝えた。
「じゃあな」
男の子が去っていき、その入れ替わりに主治医の先生とお母様が戻ってくる。その後ろから知らない先生も入ってくるのは外科の先生なんだと教えてもらった。
「さっきの子はお友達?」
お母様が聞いてくる。私は、違うと答えた。
「そう。それにしても今日はいい天気ね」
カーテンが空いた窓を見て、お母様が微笑みを浮かべている。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
いつもと違う馬車に乗って見慣れない街を進む間は、これが最後の思い出なんだと記憶に刻んだ。
「ルーデン・ミリアム様。紹介状を拝見します」
私の名前で呼ばれたけれど、お話はお父様と受付の人が二人でしているから私はずっといろんな場所を見ている。
具合の悪そうな人ばかり。私も彼らと同じ顔色をしているのね。白くて、青い……。
ふと、飾り柱の向こうに大きな絵が飾ってあるのが目についた。
「こら、どこへ行くんだ」
お父様の声は聞こえたけれど、私はその絵が見たかったから走っていく。
すごく大きな絵画。金の額縁に入って壁にかけられている。青色と白色の絵の具だけで描いた珊瑚礁だった。
「ミリアム。ひとりで行くんじゃない」
「ごめんなさい」
お父様の足音が近くに寄り、私は口で謝ってはいたけど絵画から目を離せないでいる。
「絵が描きたいのかい?」
「ううん。見ていたいの」
「そうか。じゃあ行くよ?」
「もうちょっとだけ……」
それからどれくらい立ち尽くして眺めていたか分からない。はっと思い出してお父様を探したら、奥のソファーの空いたところで居眠りをしていた。
これじゃまた怒られてしまう。
急いで駆け出した時、私は誰かにぶつかってしまう。二人とも硬い石の地面に倒れた。駆けつけて来たのはお父様じゃなく、ぶつかった人物の母親らしかった。
「怪我はない? ごめんなさい」
私は痛かったけれど涙を堪えた。だけど、ぶつかった男の子の方は泣きじゃくってしまう。だからすぐに母親が抱いて連れて行ってしまう。
「どうしたんだい、ミリアム」
その泣き声が私のものと思ったらしくて、お父様は居眠りから目覚め、駆け寄って来てくれた。
「ううん。床が綺麗だと思っただけ」
「なら良いんだ。じゃあ行こうか」
「うん」
立ち上がって私の部屋へ行く。その間、膝が痛くて歩きにくかった。
初めての手術が終わると、私のお母様が手を握ってくれていた。
「おはよう、ミリアム。調子はどう?」
「うん……最高よ」
嘘じゃない。生きているんだもの。最高に決まっている。
お母様は涙もろくて、いつも私と二言会話するたびに涙を流す。そして抱きしめ「大好きだよ」と言ってくれる。だから私もお母様が大好き。
「ずっと横になっていたら足が辛いでしょう?」
お母様がシーツを剥ぎ、あっと声を出した。
「どうしたの!? この膝は!」
「ああ、えっと。転んじゃったの」
忘れていた。体を動かせない私の代わりにお母様が言うには、両膝が赤紫になっているみたい。きっと大袈裟に言っているんだと思う。ただの打撲なのに。
「お医者様にお薬をもらってくるわね!」
お母様はひとりで部屋を出て行ってしまった。私は顔を動かして、窓の方を見やる。
「打撲に効く薬なんかより、カーテンを開けて欲しいのに」
薄黄色のカーテンは透けないから、外の景色を全然教えてくれなかった。
「開けようか?」
「……え?」
念が通じてカーテンが喋った……? いいえ。私の視界の裏から男の子がスタスタ歩いてカーテンを開ける。太陽が覗いているわけでもないけど、一気に光が差して目が痛いほどに明るくなった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま男の子は病室を去ろうとする。
「待って。あなた誰? 幽霊?」
ピタッと止まった男の子。振り返って私に顔を見せた。
「……血が垂れていることもないし、目も飛び出て無いし。首が伸びるのかしら」
「伸びないよ」
男の子はきっぱり答えた。それに、自分の顎を両手で持って上に押し上げても見せてくれた。
「ほらね」
「本当だ」
ついでに足を高く持ち上げて私に見せてくれる。半ズボンから覗く特に打撲もない綺麗な足だけど。
すると男の子は急に「君、動けないの?」と私に聞いた。「うん。手術をしたから」と、答えたら男の子は何か納得している。それが私には何のことか分からなかった。
男の子が私の近くに来てくれて教えた。
「俺のことを幽霊って言っただろう? 普通、幽霊かどうかなんて、足があるのを見れば一発で分かるはずだ」
私は、そっか。と、腑に落ちる。そして男の子には「あなたって賢いのね」と、素直な感想を伝えた。
「じゃあな」
男の子が去っていき、その入れ替わりに主治医の先生とお母様が戻ってくる。その後ろから知らない先生も入ってくるのは外科の先生なんだと教えてもらった。
「さっきの子はお友達?」
お母様が聞いてくる。私は、違うと答えた。
「そう。それにしても今日はいい天気ね」
カーテンが空いた窓を見て、お母様が微笑みを浮かべている。
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