4 / 172
Ⅰ.ネザリア・エセルの使命
休日のおしごと
しおりを挟む
国の休日は国民のためにあるはずなのだが、何故だか公務に休日など存在しないのだ。休日明けに皆がよく働けるように、こちらはあくせく判を押す日々が続くばかりである。
しかし今日はカイセイに少々無理を言った。俺は廊下の隅にて若干の悪気を感じている。
植え込みの物陰に身を潜めて、少し奥にある部屋をうかがっていた。俺の横を行き過ぎる侍女が驚いて声を上げたりしていたが、だんだんとそれもお互い慣れてきた。
日の出しているものの廊下は薄暗く、侍女たちも手にランプを持って移動していた。このような早朝であるのに、他人のための衣類や食事を用意する彼女たちを尊敬する。
さて、その俺が見張っている部屋なのだが、あれはエセルが使っている部屋である。今日は一日公務をカイセイに託し、俺はエセルとリトゥの生活を探りに来た。
手元の懐中時計で時刻を確認すると、そろそろ朝食が運ばれる時間だ。そのうちにカタカタとワゴンを押す侍女が、向こう側からやって来るのが見えた。
エセルの部屋をノックし、開けられた扉の向こう側で何か話す声と共に、ワゴンごと侍女が部屋に入っていった。特段変わりはない。侍女が部屋から廊下に戻ってくる。
さすがに俺でもデリカシーくらいはある。女性の部屋を覗いたりはしない。
「おい、ちょっと」
植え込みから突然に声をかけられたら飛び上がるだろう。まして暗がりの廊下であるぞ。
ワゴンを運び終えた侍女は、小さく叫びながら見事に尻もちをついていた。
「中にいるのはエセルだけか?」
ひいひい言っていただけの侍女であったが、これが俺だと分かると声を震わせながら、
「リ、リリ、リトゥ様も、ごいっしょで」と言った。
「そうか。ありがとう」
侍女は白い壁に手を添えながらゆっくりと立ち上がっている。
だいたいは朝食を自分の部屋でとるのが普通だ。ネザリアでもそこは同じらしい。
次の動きは思っていたよりもずっと早かった。リトゥが部屋から出てきたのだ。手には朝食を乗せていた先程のワゴンを押している。意外と早食いなのか、それともあまり食が進まないのだろうか。ここからではワゴンの皿の上までは見えないので、俺はリトゥのあとをつけることにした。
仕事の邪魔にならないよう配慮しながら、リトゥの行動が見える位置に陣取る。ワゴンはキッチンに運ばれた。リトゥはそこで皿やらを片しているようだ。
いつも俺の前ではだいたい不機嫌でいるリトゥが、普通の顔をしてゴミと皿を分別している。人間誰しも一日中怒っているわけでは無いのに、この時は非常に珍しいものを見た感覚に陥った。
手際の良さにも感心する。この城の侍女よりもよく動いているのではないだろうか。
その次は洗濯だ。
自国では見たことのない器具を取り出して来た。水に漬けた衣類をそれで挟んだり、しごいたりしながら、慣れた手付きでこなしていく。そこにいるのは俺の知っているリトゥとはまるで違う。
リトゥは他の侍女と接触せず、淡々と自分の職務をまっとうするだけのようだった。勝手な想像では、侍女をいびり倒して女王のように振る舞っているのかと思っていたが、こちらのやり方に倣っている場面も多く見られた。
見直したと共に若干期待外れである。
俺はエセルの部屋の方へ戻った。
それからまた植え込みの影から様子を伺っていたが、そこへ侍女が近づいて来て、
「エセル様ならお出かけになられましたよ」と言ってきた。
ハッとし、懐中時計を急いで見る。いかん完全に忘れていた。走ってエセルの元へ向かわなければならない。
俺は中庭に出て芝生の上をひた走っていた。けれどエセルの姿はどこにも無さそうであった。俗に言うデートをすっぽかしてしまった男が今ここにいる。彼女は待っていてくれなかったのか、何処へ行ったんだ。
爽やかな朝の空気が気持ち良い。せっかくの休日に俺は何をしているのだろうと思わないようにしたい。
「あー……」
流れていく雲を眺め思いついた。書物庫だと。
俺はまた走り書物庫へ向かう。
思った通りにエセルはいた。そういえばいつかの去り際、次からは一人で来ても良いと俺からエセルに言ったのだったと思い出した。
こんなにも汗だくの男が入ってくるのに、エセルは訳を聞かないし遅刻を咎めたりもしない。いつもの場所に座っていて、俺と目が合うと「おはようございます、王子」と高くも低くもないテンションで言っただけであった。
居眠りしないよう丸椅子に座っていたから大丈夫であった。エセルはいつものように本に没頭していて、昼の時刻になる頃に俺から声をかけて別れることになる。
自室に戻るエセルの後ろを、離れてとぼとぼ歩きながら、俺から話しかけなければエセルは一言も声をかけて来ないのだな……と思っていた。
げんなりしていると、先でエセルを呼ぶ声が聞こえて慌てて柱に身を隠した。その声はリトゥだと分かる。声が大きいので内容までまる聞こえだ。
たいそう心配していたのだろう。今にも泣き出しそうな声で、俺との時間がどのようなものだったのか聞き出しているようであった。
けれど内容はこうだ。
酷いことはされていないか。または言われていないか。
危険なことはなかったか。
怖くはなかったか。
辛くはなかったか。……聞いていると、まるで俺がエセルを拉致したような酷い扱いだ。
エセルはそれに対して「そんなことはありませんでしたよ」と優しい声でちゃんと答えている。
昼食は簡単に食べられるものを腹に入れた。エセルは自室で運ばれたワゴンのものをゆっくり食べていることだろう。朝食と同様に短い時間で済まされ、ワゴンを運ぶリトゥが部屋を出て行った。
エセルはしっかり食べられているのか心配になる。
午後は何をするのだろうと見張っていると、扉が開いてエセルが顔を出した。何やらキョロキョロしていて見るからに怪しい動きをしている。
やはり一人になると動き出すのか、と固唾を飲んだ。
人気が無いのを確認していると見える。誰も廊下を通らない間にエセルはそろりと移動し、近くの扉に手をかけていた。なんだ盗みでも図ろうとしているのか。しかし扉が開かないらしい。
何度かガチャガチャやっていると、
「エセル様?」と背後から侍女に見つかってしまった。
ちなみに俺は、その一部始終を映画を観るようなワクワクで見守っている。
二人は何か話しているようであるが、リトゥのように大げさでないので会話の内容は途切れ途切れでしか聞き取れない。だがどうやら、あの部屋にエセルは欲しいものがあるようだ。
しかし侍女が若干困っているようで、なんだか消極的だが扉の鍵を開けだした。エセルを廊下に待たせておいて、侍女がそこから取り出してきたのはホウキと塵取りであった。
「ありがとうございます」
その二点をエセルは受け取ったのと、エセルの礼を言う言葉がはっきりと聞き取れた。
俺の頭上にはハテナが浮かんでいる。エセルが欲しがっていたものは掃除道具だったのか。そんなものでは掃除くらいしか出来んぞと、当たり前のことを脳内でツッコんでいた。
エセルは部屋に戻るとしばらく籠もったきりになり、廊下の拭き掃除をしている侍女をなんとなく眺めているところで、再びエセルが現れた。
そこの侍女に対して、また何だかお礼を言っているようである。
侍女にペコペコ頭を下げている姫などあるか普通。慎ましやかにも程があるぞ。俺はそれを見ながらかなり呆れてきた。
その場に現れたのはリトゥだ。彼女は用事の最中であったが、エセルと侍女とで何かトラブルがあったのかと過敏になり飛んできた。
「掃除はあなた達の仕事でしょう?! こんなものをエセル様に持たせるなんて何を考えているの!」
可哀想なことだ。全くの筋違いであるのに侍女はあんなにも怒鳴られている。
やはりエセルの事になると当たりが厳しいようだな。リトゥの優秀さを認めかけていたのだが、これほどまでに感情的になられるのは大きなマイナス評価だ。
ここでエセルがどのような対応に出るのかが肝になる。専属の下働きが横にいれば、無意識にも自分をよく見せようとするはずだ。
植え込みからじっと見守る。集中力を最大限使い、目を凝らし耳を澄ませている。
エセルの声が聞こえてきた。
「違うの、リトゥ。私から無理を言って貸してもらったんです。どうかその方を怒らないで下さい」
それからエセルは侍女の肩にそっと手を添えた。
「私のせいですみません。おかげで良い運動になりました、ありがとうございました」
侍女は滅相もないと首を振っていた。それからその掃除道具を仕舞いに行ったようだ。
リトゥは目眩がするのか額に手を当てていて、力無い声で言う。
「エセル様はそんな事をしなくても良いのですよ。掃除なら侍女やこの私にお申し付け下さい」
「でも私に出来ることは自分でしたいんです」
ちょっぴり駄々をこねるように言っている。
「それでは困るのですよ。ご自身のお立場をお考え下さいな」
その後も二人は何かを話しながら部屋の中に入って行った。
俺はその場で呆然としていた。思いがけない発見があったからだ。それはエセルが思いのほか優しい人物であることでも、あのリトゥが困っているということでも無い。エセルと俺の意外な共通点を見つけたからである。
夕刻までは中庭の散策であった。リトゥとエセルとで草木を眺めて時々話をしているようだ。あんなに言葉を話すエセルに、俺はまだ一度も出会ったことがない。それにいつも彫刻のようであったエセルが、まれに笑顔を見せる時すらあった。
こうして柱に身を隠して眺めていないと、俺には見せてくれない表情だ。俺と彼女の間にはまだまだ広い溝があるのだと知った。
俺の中でのエセルは完全に誤解されており、本当は根心の優しい人のように思えた。またリトゥも怒るだけの生物でないのだと理解した。ただやはり姫は姫らしくない。しかしどういう訳か、そのことについての疑問は、今になってはどうでもいいものとなりつつあった。
しかし今日はカイセイに少々無理を言った。俺は廊下の隅にて若干の悪気を感じている。
植え込みの物陰に身を潜めて、少し奥にある部屋をうかがっていた。俺の横を行き過ぎる侍女が驚いて声を上げたりしていたが、だんだんとそれもお互い慣れてきた。
日の出しているものの廊下は薄暗く、侍女たちも手にランプを持って移動していた。このような早朝であるのに、他人のための衣類や食事を用意する彼女たちを尊敬する。
さて、その俺が見張っている部屋なのだが、あれはエセルが使っている部屋である。今日は一日公務をカイセイに託し、俺はエセルとリトゥの生活を探りに来た。
手元の懐中時計で時刻を確認すると、そろそろ朝食が運ばれる時間だ。そのうちにカタカタとワゴンを押す侍女が、向こう側からやって来るのが見えた。
エセルの部屋をノックし、開けられた扉の向こう側で何か話す声と共に、ワゴンごと侍女が部屋に入っていった。特段変わりはない。侍女が部屋から廊下に戻ってくる。
さすがに俺でもデリカシーくらいはある。女性の部屋を覗いたりはしない。
「おい、ちょっと」
植え込みから突然に声をかけられたら飛び上がるだろう。まして暗がりの廊下であるぞ。
ワゴンを運び終えた侍女は、小さく叫びながら見事に尻もちをついていた。
「中にいるのはエセルだけか?」
ひいひい言っていただけの侍女であったが、これが俺だと分かると声を震わせながら、
「リ、リリ、リトゥ様も、ごいっしょで」と言った。
「そうか。ありがとう」
侍女は白い壁に手を添えながらゆっくりと立ち上がっている。
だいたいは朝食を自分の部屋でとるのが普通だ。ネザリアでもそこは同じらしい。
次の動きは思っていたよりもずっと早かった。リトゥが部屋から出てきたのだ。手には朝食を乗せていた先程のワゴンを押している。意外と早食いなのか、それともあまり食が進まないのだろうか。ここからではワゴンの皿の上までは見えないので、俺はリトゥのあとをつけることにした。
仕事の邪魔にならないよう配慮しながら、リトゥの行動が見える位置に陣取る。ワゴンはキッチンに運ばれた。リトゥはそこで皿やらを片しているようだ。
いつも俺の前ではだいたい不機嫌でいるリトゥが、普通の顔をしてゴミと皿を分別している。人間誰しも一日中怒っているわけでは無いのに、この時は非常に珍しいものを見た感覚に陥った。
手際の良さにも感心する。この城の侍女よりもよく動いているのではないだろうか。
その次は洗濯だ。
自国では見たことのない器具を取り出して来た。水に漬けた衣類をそれで挟んだり、しごいたりしながら、慣れた手付きでこなしていく。そこにいるのは俺の知っているリトゥとはまるで違う。
リトゥは他の侍女と接触せず、淡々と自分の職務をまっとうするだけのようだった。勝手な想像では、侍女をいびり倒して女王のように振る舞っているのかと思っていたが、こちらのやり方に倣っている場面も多く見られた。
見直したと共に若干期待外れである。
俺はエセルの部屋の方へ戻った。
それからまた植え込みの影から様子を伺っていたが、そこへ侍女が近づいて来て、
「エセル様ならお出かけになられましたよ」と言ってきた。
ハッとし、懐中時計を急いで見る。いかん完全に忘れていた。走ってエセルの元へ向かわなければならない。
俺は中庭に出て芝生の上をひた走っていた。けれどエセルの姿はどこにも無さそうであった。俗に言うデートをすっぽかしてしまった男が今ここにいる。彼女は待っていてくれなかったのか、何処へ行ったんだ。
爽やかな朝の空気が気持ち良い。せっかくの休日に俺は何をしているのだろうと思わないようにしたい。
「あー……」
流れていく雲を眺め思いついた。書物庫だと。
俺はまた走り書物庫へ向かう。
思った通りにエセルはいた。そういえばいつかの去り際、次からは一人で来ても良いと俺からエセルに言ったのだったと思い出した。
こんなにも汗だくの男が入ってくるのに、エセルは訳を聞かないし遅刻を咎めたりもしない。いつもの場所に座っていて、俺と目が合うと「おはようございます、王子」と高くも低くもないテンションで言っただけであった。
居眠りしないよう丸椅子に座っていたから大丈夫であった。エセルはいつものように本に没頭していて、昼の時刻になる頃に俺から声をかけて別れることになる。
自室に戻るエセルの後ろを、離れてとぼとぼ歩きながら、俺から話しかけなければエセルは一言も声をかけて来ないのだな……と思っていた。
げんなりしていると、先でエセルを呼ぶ声が聞こえて慌てて柱に身を隠した。その声はリトゥだと分かる。声が大きいので内容までまる聞こえだ。
たいそう心配していたのだろう。今にも泣き出しそうな声で、俺との時間がどのようなものだったのか聞き出しているようであった。
けれど内容はこうだ。
酷いことはされていないか。または言われていないか。
危険なことはなかったか。
怖くはなかったか。
辛くはなかったか。……聞いていると、まるで俺がエセルを拉致したような酷い扱いだ。
エセルはそれに対して「そんなことはありませんでしたよ」と優しい声でちゃんと答えている。
昼食は簡単に食べられるものを腹に入れた。エセルは自室で運ばれたワゴンのものをゆっくり食べていることだろう。朝食と同様に短い時間で済まされ、ワゴンを運ぶリトゥが部屋を出て行った。
エセルはしっかり食べられているのか心配になる。
午後は何をするのだろうと見張っていると、扉が開いてエセルが顔を出した。何やらキョロキョロしていて見るからに怪しい動きをしている。
やはり一人になると動き出すのか、と固唾を飲んだ。
人気が無いのを確認していると見える。誰も廊下を通らない間にエセルはそろりと移動し、近くの扉に手をかけていた。なんだ盗みでも図ろうとしているのか。しかし扉が開かないらしい。
何度かガチャガチャやっていると、
「エセル様?」と背後から侍女に見つかってしまった。
ちなみに俺は、その一部始終を映画を観るようなワクワクで見守っている。
二人は何か話しているようであるが、リトゥのように大げさでないので会話の内容は途切れ途切れでしか聞き取れない。だがどうやら、あの部屋にエセルは欲しいものがあるようだ。
しかし侍女が若干困っているようで、なんだか消極的だが扉の鍵を開けだした。エセルを廊下に待たせておいて、侍女がそこから取り出してきたのはホウキと塵取りであった。
「ありがとうございます」
その二点をエセルは受け取ったのと、エセルの礼を言う言葉がはっきりと聞き取れた。
俺の頭上にはハテナが浮かんでいる。エセルが欲しがっていたものは掃除道具だったのか。そんなものでは掃除くらいしか出来んぞと、当たり前のことを脳内でツッコんでいた。
エセルは部屋に戻るとしばらく籠もったきりになり、廊下の拭き掃除をしている侍女をなんとなく眺めているところで、再びエセルが現れた。
そこの侍女に対して、また何だかお礼を言っているようである。
侍女にペコペコ頭を下げている姫などあるか普通。慎ましやかにも程があるぞ。俺はそれを見ながらかなり呆れてきた。
その場に現れたのはリトゥだ。彼女は用事の最中であったが、エセルと侍女とで何かトラブルがあったのかと過敏になり飛んできた。
「掃除はあなた達の仕事でしょう?! こんなものをエセル様に持たせるなんて何を考えているの!」
可哀想なことだ。全くの筋違いであるのに侍女はあんなにも怒鳴られている。
やはりエセルの事になると当たりが厳しいようだな。リトゥの優秀さを認めかけていたのだが、これほどまでに感情的になられるのは大きなマイナス評価だ。
ここでエセルがどのような対応に出るのかが肝になる。専属の下働きが横にいれば、無意識にも自分をよく見せようとするはずだ。
植え込みからじっと見守る。集中力を最大限使い、目を凝らし耳を澄ませている。
エセルの声が聞こえてきた。
「違うの、リトゥ。私から無理を言って貸してもらったんです。どうかその方を怒らないで下さい」
それからエセルは侍女の肩にそっと手を添えた。
「私のせいですみません。おかげで良い運動になりました、ありがとうございました」
侍女は滅相もないと首を振っていた。それからその掃除道具を仕舞いに行ったようだ。
リトゥは目眩がするのか額に手を当てていて、力無い声で言う。
「エセル様はそんな事をしなくても良いのですよ。掃除なら侍女やこの私にお申し付け下さい」
「でも私に出来ることは自分でしたいんです」
ちょっぴり駄々をこねるように言っている。
「それでは困るのですよ。ご自身のお立場をお考え下さいな」
その後も二人は何かを話しながら部屋の中に入って行った。
俺はその場で呆然としていた。思いがけない発見があったからだ。それはエセルが思いのほか優しい人物であることでも、あのリトゥが困っているということでも無い。エセルと俺の意外な共通点を見つけたからである。
夕刻までは中庭の散策であった。リトゥとエセルとで草木を眺めて時々話をしているようだ。あんなに言葉を話すエセルに、俺はまだ一度も出会ったことがない。それにいつも彫刻のようであったエセルが、まれに笑顔を見せる時すらあった。
こうして柱に身を隠して眺めていないと、俺には見せてくれない表情だ。俺と彼女の間にはまだまだ広い溝があるのだと知った。
俺の中でのエセルは完全に誤解されており、本当は根心の優しい人のように思えた。またリトゥも怒るだけの生物でないのだと理解した。ただやはり姫は姫らしくない。しかしどういう訳か、そのことについての疑問は、今になってはどうでもいいものとなりつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」
仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる