クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
55 / 172
Ⅰ.ネザリア王国

仮面社交界1

しおりを挟む
 明かりを付けない自室でひっそりと夜が更けるのを待った。窓から夜闇を眺めながら、ここはなんと静かで明かりのない国なのだろうと思う。おかげで良い形の丸い月が主役とばかりに明るく輝ける。
 さて、 と、俺は外套を羽織り部屋を出る。足早に廊下を駆け抜けると、中庭に出て白幹の樹木の元へとタイミングを合わせて滑り込んだ。
 暗闇の中で木や草を頼りに進み、時々小川の中に足を突っ込んでしまったりする。半分凍った小川の水は叫びだしそうなくらいに冷たかったが、ここは我慢で俺は町へと抜け出した。
 この寝静まった町で、家の中から明かりを漏らすところがある。そこの主人は卸業者で、朝夕逆転の生活を送っているのを知っていた。俺は戸を叩き、中からすっかり目が冴えた大男が出てくる。
「誰だあこんな時間に」
「俺だ。すまんが頼み事がしたい」
「ああん? 頼み事だと?」
 大男は俺の胸ぐらをグッと掴み上げて、部屋の明かりに晒した。
「なっ!? バ、バル様ではありませんか。す、すみません無礼を!」
「俺こそこんな時間に尋ねて来るのが無礼というやつだ。申し訳ない」
 大男は態度を急に小さくして、お茶でも入れましょうかと棚の中をガチャガチャ鳴らした。
「たしか結婚祝いのやつが眠ってあったはずなんだ」
 盗賊ばりに引き出しの中をヒックリ返しながら目当てのものを探しているようだ。しかしゆっくりしている時間は無いので、俺は大男に聞こえるよう物音に負けない声量で頼みを告げた。
「今夜はとある屋敷で仮面社交会が行われているだろう。そこへ急ぎで送って欲しいのだが連れて行ってくれるか?」
 ”とある屋敷の仮面社交会”と聞けば、華やかなことに無縁そうなこの大男でも心当たりがあるようだ。
「あの屋敷に? それはもちろん今すぐにでも送って行きますが……」
 可憐なティーセットを箱ごと持ち上げたまま、大男は目だけをぱちくりした。
「そんな目で見てくるな。ちょっと話をせねばならん人がそこに来ているかもしれないだけだ。あそこの催事に興味なんかあるわけないだろう」
 知った口で話すが俺は出席したことは無い。ただ噂だけはずっと前から耳にしていた。町外れの屋敷で行われる仮面社交界というやつは、世界中の大富豪や権力者をシークレットゲストとして招くらしいと。
 大男の引きつった表情が戻り「それは良かった」とまで言われるくらいだ。一体どんな怪しいことが行われているのか、ちょっとした興味があると言えばある。
 早速大男は外に馬を出してきた。夜でも機嫌を損ねない良い馬であった。
 大男が馬への愛情の掛け方を語りだすと話が長引きそうで、「乗りながら聞こう」と言うと本当に馬を走らせながら延々と語られた。

 町から遠ざかり真っ暗な森の中を駆け抜けた。今宵は月も出ている明るい夜だというのに、森の中に入った途端に光を食う魔物でも住んでいるかのごとく闇に飲まれている。
 このまま雑木林の道は上り坂となっていき、国の国境ともなる高峰にぶち当たるのかと思うと、森の終わりには急に眩し過ぎる明かりが現れるのだ。
「悪いんですが、ここまでで勘弁して貰えますか」
 大男は眩しい明かりに目を細めながら言った。
「ああ。ありがとう。助かった」
 まだ森が終わらないうちに俺は馬を降りて、去っていく大男の背と馬の尻を少しの間見送った。それらは瞬く間に闇に飲み込まれてしまったかのようであった。
 不気味なほど暗い森をひとりで抜けると、その先は煌々と明かりが灯される集落になる。ここは第二の町とも捉えて良いほどよく栄えたように見えるのだが、恐るべきことに昼間は廃墟が並ぶ死んだ町なのだ。
 夜間の様子は旅人や遊び人などで賑わいを見せており、飲み屋と宿を営む店が多く看板を連ねていた。なお、看板を出していない店はもっと非道なものを商品にしていると聞く。
 そんな小さな密集地の中に一際デカい建物が目立っていた。例の”とある屋敷”である。かの大富豪が倒産した際に残ったとされる歴史的建造物である。
 昼間はあらぬ噂などで人を寄せ付けないが、夜間は何やら楽しげな音楽やら光がカーテンから漏れていた。中には人がたくさん居そうだ。俺はその屋敷のベルを鳴らした。
 扉が数センチだけ開いて中の音楽がより大音量で聞こえてきた。弦楽器や管楽器を優雅に鳴らすようなものではなく、打楽器のリズムをメインに扱うような音楽だ。
「ゲストカードを」
 しわがれた声が聞こえた。しかし俺がそんなものを持っているはずが無い。
「ゲストカードは持っていない」
 言うと突然、屋敷しもべが顔を出した。顔は随分と低いところにあって気難しそうな老婆だ。眉間に山の谷よりも深い皺を作って俺のことを下から舐めるように見上げてくる。
 俺の方はドレスコードに合わせており、きちんとしたタキシードに立派な仮面まで装着済みだ。正体がバレることも無いだろうと思っていた。しかし老婆の目は通常の人間のものではないらしい。
「あなたのような方がこんなところに何用ですかな」
 ところが同時に別のところからも声が掛かった。
「もう! やっと来た。遅いじゃない!」
 こちらの声は若い女性であった。女性は手加減なしに屋敷しもべのことを体で押しのけ、俺の目の前にやって来た。彼女の言い方はまるで俺が来ることを端から知っていたかのようだが、どちらかというと人違いのような気がしてならない。
「こ、こちらの方はゲストカードをお持ちでないと……」
「当たり前じゃない。あたしが呼んだんだから」
 よろけた老婆を放置したまま、女性は俺に微笑みかけた。どう受け取るべきか分からない上に、その胸部が大きく開いた艶やかな格好に思わず目線を反らしてしまう。
「さあ、入って!」
 見ず知らずの積極的な女性に手を引かれ、俺は屋敷の中に入ることが出来たのである。
「なあに、これ。地味じゃない?」
 言いながら女性は、俺がポケットチーフにしている淡いラベンダーカラーのハンカチをするりと抜き取った。そしてその場で匂いをくんくん嗅がれている。
「やだ女の匂い~」
 口を四角にして歯を剥き出した。仮面をしていても嫌だという顔をしているのが分かる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...