クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
57 / 172
Ⅰ.ネザリア王国

宿‐君はとんでもない馬鹿野郎だな‐

しおりを挟む
 ひとりでいる部屋にノックが鳴った。俺の返事も待たずに訪問者は勝手にドアを開けて入って来た。そして早々に呆れて物を言われた。
「ずいぶん落ち込んでいるな」
 それはたぶん、部屋の片隅で丸くうずくまっている俺のことを見て言ったのだと思われる。
 その男、リュンヒンはランプに火を灯した。いつの間にやら隙間風か何かで消えてしまってそのままだった。明るくなるとログハウスの古臭い壁やタンスなどが照らされる。
 ランプの炎を見つめていると、何故だか話そうと思っていた以上のことが口からスラスラ出てきてしまうものだ。また勘の良いリュンヒンの質問もあって、経緯から言動、要所要所での俺の気持ちまで洗いざらい全部話すことになった。
 話し終えるとリュンヒンは俺を憐れんだ目で見ていた。
「つまり君は、最愛の妻を失った寂しさで、趣味でもない女性と関係を持ってしまったってことだね」
「誤解だらけだ。やめてくれ」
 俺はより一層膝を強く抱き寄せ顔までうずめた。もうどんな穴にでも入ってしまいたいような俺のことを、リュンヒンは呑気に笑っており謝る気配も無かった。
「元気を出しなよ。彼女にはもう二度と会えないんだから大丈夫さ」
「信用できん。会わせたのはお前だろうが……」
 膝の隙間から俺はもごもごと言った。これにはリュンヒンも笑い混じりに謝罪のようなものを軽く口にしている。
「で、何か伝えることがあるのか?」
 俺は少しだけ顔を上げて言った。
「おやおや君はおかしなことを言うな。僕をここへ呼び出したのは君じゃないか」
「いいや、元はと言えば俺がお前に呼ばれたようなものだ」
 リュンヒンの素っ頓狂な顔を向けられている。しらを切るようだ。
「俺とお前の架け橋になるものをわざわざ見せつけておいて、いかにも使ってくれと言っているのが俺にはバレているぞ」
 すると、ふっとリュンヒンが笑みを溢した。
「……まあ。これぐらい意思疎通してもらわないと逆に古友としてどうかと思うよ」
「一体どんな悪いことを思いついたんだ」
「そりゃあとんでもなく悪いことに決まっているだろう?」
 リュンヒンはいつもの優しげな顔を仕舞い、この時は不気味な笑みを浮かべて言った。
「でもまずは僕のことよりもエセルさんのことだ。早く助けてあげないと心配だね」
 さも当然のごとくリュンヒンが言い放った”心配”という言葉が謎に心に突き刺さった。俺はちょっとした疑問が浮かんでおり、思ったままを口にする。
「エセルは自国に戻れて良かったのではないか。誓約も消えたことで俺との関係も無くなり全て元通りだ。これでまたエセルは気負いなく自身の好きなように生きられるのでは無いかと……痛い」
 話の途中でリュンヒンに鼻を強めにつままれた。息が苦しい以上に、指先の力が込められていて痛いが勝っている。
「君はとんでもない馬鹿野郎だな」
 ようやく開放されたと思ったら非難を浴びた。
「男は女を守るために生きているんじゃないか」
 どこかで聞いたことのある台詞をリュンヒンは真面目な顔で言った。それは彼が常に持ち歩いているポリシーに似た持論であった。
 だが俺は唸り声を上げながらその名言にも首を傾げている。
「俺はそうは思わん。世の中には男の守り無しで生きれている女性は多くいる」
 鼻の次は耳をやられるのかと構えていたが、リュンヒンは手を出して来ずに俺のことを座った目で見つめてくるだけだ。
「なんだよ……」
 急に怖くなり俺は聞いている。
「……いや。僕から君にキスでもすれば、君は目覚めてくれるのかなと考えていた」
 リュンヒンは冷静におぞましいことを口にした。ちゃんと「冗談だよ」と後には朗らかな笑顔に戻るが、案外冗談ではなさそうに見えたので怖かった。
「エセルさんは檻に入れられているんだろう? そんな状態で好きなように生きられているとは僕は思えないね。彼女はこれからも身寄りもない場所で、利用されていることも知らずに暮らすんだと考えてみろ。君はそれが彼女の望んだものだって思うのか? だとしたら君はとんでもない男のクズだ」
 リュンヒンは指を立てながら続けた。
「いいかい? ここでの話は一般論じゃなく、エセルさんの話をしているんだ。彼女はきっとあの国では誰からも守られない。彼女ひとりで辛い道を歩ませるなんて君に出来るのかい? 契約書が無くても君とエセルさんはもう無関係では無いじゃないか。ならば君しか助けられないんじゃないのか」
 反論する余地もない。全くリュンヒンの言う通り正しかった。
「そうだな。それに元はと言えば俺が差し向けたことだ」
「でも本心でそうしたかったわけじゃないんだろう?」
 俺は膝を抱えたままでコクリと頷いた。
「そりゃそうさ。だって君と彼女ってとても静かだったけど、お互い心では愛し合っているようだったからね」
 よくもそんな恥ずかしいことが言えるなと、いつもならベエと舌を出しているところである。しかし今夜は素直に聞いておこうと思う。俺はコクリと頷いていた。
「そうそう。それで良いんだよ」
 何故かリュンヒンの手のひらで転がされている感がある。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...