58 / 172
Ⅰ.ネザリア王国
宿‐シェード家の計画‐
しおりを挟む
リュンヒンは自身が持ってきた薄いカバンを用意した。
「じゃあ君の心が決まったところで、次は僕のターンと行こうかな」
中に手を入れるとすぐに大きな封筒を取り出し、鼻歌を歌いながら中身を出している。俺はそれよりも急に昔のことがよぎり、少し懐かしい気持ちに浸っていた。それはリュンヒンも同じらしかった。
「そういえば君ってチェスが弱かったのを思い出したよ」
「奇遇だな。俺も思い出していた。いつもお前の口に乗せられて手元が狂って負けていた」
「一度君は耳栓をして、それでも負けていたじゃないか」
乾いた笑いが起こる中、ベッドの上には数枚の用紙が並べられた。そしてネザリア付近の地図も傍に広げてある。これから戦争が待ち受けているという時に限り、平和に過ごした時のことを思い出すものなのだろうか。
「お互い歳を取ったね」
リュンヒンはポツリと呟いた。そして真面目な顔に戻り、この並べた用紙に関する事を話しだした。
「きっと親父から聞いていると思うけど、ネザリアが周りの諸国と軍事同盟を結んでいるのは、次に起こりうる大国との争いに備えてのことだ。ただし戦争はどこかで踏ん切りを付けて降参するだろう。そして同盟国の復興をフォローをするという肩書で主導権を奪おうという気がある。で、僕はそんなシナリオを黙って見ていられないからさ、ちょっと上の方に掛け合ってみたんだよね」
「上の方?」
リュンヒンは用紙のある国名が書かれたところに人差し指を置いた。それは俺でも分かるような国名で驚いた。あそこはものすごい人口増加と領地拡大が著しい国だ。たしか、人を乗せて空を飛ぶような乗り物を作ろうとする進んだ国だと聞いている。
リュンヒンが得意げに見下ろす。俺は口を開けたままになっている。まさかそんな言葉も通じないような星違いの国と、話し合いなど出来るわけがないと唖然としているのだ。
「オルバノ王がか?」
彼なら可能かもしれないと僅かながら考えた。政治的思考が長けており、その寛大さゆえに顔も広いはずだ。だが、リュンヒンはゆっくりと首を振った。
「いいや、僕だよ。僕の知り合いがこの国の偉いお方なんだ。ちなみに僕との関係は……」
だんだんと声を小さくしてリュンヒンが俺に耳打ちをする。一言で済まされた二人の関係は、口が裂けても他言できる内容では無い。
「お前……捕まるぞ」
何食わぬ様子でケラケラ笑うリュンヒンは悪い大人になってしまった。とだけ胸に留めておく。
リュンヒンが俺に見せた用紙とは、さまざまな国の名前がずらりと並んだもので、その後にはおそらく各国の統治者のサインが書かれているものだ。聞くとこの国というのはランダムで選ばれたのではないらしい。
「これらはネザリアと軍事同盟を結んだ国の名前だよ。まあ彼らは戦意なんて持っていないから、僕らに賛同するのは正当な判断さ」
「つまりこのサインは、お前の陰謀を許可するというものなのだな」
「そうだね。僕らは大群でネザリアという国を仕留めにかかろうと思う。負傷者を出したくないなら手出ししないことだよって。一応優しく言ったつもりだけど」
この台詞ならにこやかに言ったとしても、十分脅しのように聞こえそうである。
「火種になるものは置いておかない。いつも母が口酸っぱく言うよ」
「さすが千年続く国の息子だ。育ち方が違うのだな」
棒読みで褒めておき、俺は用紙の方に目を落としていた。上から順に国名を目でなぞり、三十もの羅列する文字を読み取った。最後は俺の国の名前が書かれており、この中にシャーロットの国は無いようで少し安堵する。
顔を上げるとニヤついたリュンヒンがこちらを伺っていた。
「今、君、ホッとしただろ? どうしてだい?」
顔色で心情を読み取ってくるリュンヒンに苛立ち、俺は彼が手にしていたペンを掻っ攫った。
「ここに名前を書けば良いのだな」
サラサラと俺の名前を書いた。これでここにある国のサインは全て揃った。
メルチは大国と共にネザリア制圧に乗り込み、ネザリアに絡む諸国はこの戦争に手出しをしないという約束事だ。よって俺の国も兵士を出さない決まりになった。
「あくまで大国は僕らに兵力を稼働してくれるだけだ。ネザリア王を討つのは依然として君の役目だからね。分かったかい?」
「ああ、了解した」
俺とリュンヒンは力強く握手を交わした。兵力ではネザリアに大きく劣るが、個人戦であればあのでっぷり腹の男に負ける気は無い。
翌日の城では、突然居なくなった俺のことを、総出で探していたようであった。途中の道まではリュンヒンの馬で帰ったが、そこからは堂々と歩いて玄関から帰還したものだから、兵士も侍女も目を白黒させていた。
とにもかくにも「カイセイ様が」と皆口を揃えて言ってくる。適当に返事をし追いやって、俺は王妃の部屋へ向かった。王妃は静かに頷くだけで話はすぐに終わった。
そこから廊下に出るとすぐ目の前に怒り震えた男が立っている。まあ、予想はついていた。
「バル様、昨夜はどちらに居たのですか」
「王妃の許可を得られた」
「質問に答えて下さい」
無視して歩くとカイセイも付いて来る。さすがに腕を取って引き止めたりはしないが、すぐ横に張り付いており、何があったのかと、何処に居たのかと、これからどうするつもりなのかと、質問攻めにするばかりである。
軽い返事で返していると、俺がカイセイを騙していた歴があってか疑心暗鬼になられた。それでも質問には真実を答え続けていると、リュンヒンの陰謀を理解し「なるほど……」と感心を抱いているようだ。
気になることが無くなると、カイセイからの質問も終わった。
「王は俺に討たせる。それがエセルにとって示しが付くだろうとリュンヒンは言っていたが、王が無くなったネザリアはメルチが引き取ると言ってきた。ただの戦争で勝利し手に入れるのは”奪う”だが、この場合は”引き取る”という形で実に上手い」
カイリュを討ち取ってもネザリアまで統治する力が俺には無いと分かっていて、リュンヒンは俺がピンチ状態になる今を待ったのだ。
「きっと俺達が想像するより遥か前から、この作戦は考えられていたんじゃないか」
古い友人で親友の類だ。メルチの次期王になるシェード・リュンヒン。物腰が柔らかくいつもにこやかで女性に優しい彼だが、よく頭が回り統治するのも使うのも巧みだ。
どうか、彼だけは敵にしたくないものである。
「じゃあ君の心が決まったところで、次は僕のターンと行こうかな」
中に手を入れるとすぐに大きな封筒を取り出し、鼻歌を歌いながら中身を出している。俺はそれよりも急に昔のことがよぎり、少し懐かしい気持ちに浸っていた。それはリュンヒンも同じらしかった。
「そういえば君ってチェスが弱かったのを思い出したよ」
「奇遇だな。俺も思い出していた。いつもお前の口に乗せられて手元が狂って負けていた」
「一度君は耳栓をして、それでも負けていたじゃないか」
乾いた笑いが起こる中、ベッドの上には数枚の用紙が並べられた。そしてネザリア付近の地図も傍に広げてある。これから戦争が待ち受けているという時に限り、平和に過ごした時のことを思い出すものなのだろうか。
「お互い歳を取ったね」
リュンヒンはポツリと呟いた。そして真面目な顔に戻り、この並べた用紙に関する事を話しだした。
「きっと親父から聞いていると思うけど、ネザリアが周りの諸国と軍事同盟を結んでいるのは、次に起こりうる大国との争いに備えてのことだ。ただし戦争はどこかで踏ん切りを付けて降参するだろう。そして同盟国の復興をフォローをするという肩書で主導権を奪おうという気がある。で、僕はそんなシナリオを黙って見ていられないからさ、ちょっと上の方に掛け合ってみたんだよね」
「上の方?」
リュンヒンは用紙のある国名が書かれたところに人差し指を置いた。それは俺でも分かるような国名で驚いた。あそこはものすごい人口増加と領地拡大が著しい国だ。たしか、人を乗せて空を飛ぶような乗り物を作ろうとする進んだ国だと聞いている。
リュンヒンが得意げに見下ろす。俺は口を開けたままになっている。まさかそんな言葉も通じないような星違いの国と、話し合いなど出来るわけがないと唖然としているのだ。
「オルバノ王がか?」
彼なら可能かもしれないと僅かながら考えた。政治的思考が長けており、その寛大さゆえに顔も広いはずだ。だが、リュンヒンはゆっくりと首を振った。
「いいや、僕だよ。僕の知り合いがこの国の偉いお方なんだ。ちなみに僕との関係は……」
だんだんと声を小さくしてリュンヒンが俺に耳打ちをする。一言で済まされた二人の関係は、口が裂けても他言できる内容では無い。
「お前……捕まるぞ」
何食わぬ様子でケラケラ笑うリュンヒンは悪い大人になってしまった。とだけ胸に留めておく。
リュンヒンが俺に見せた用紙とは、さまざまな国の名前がずらりと並んだもので、その後にはおそらく各国の統治者のサインが書かれているものだ。聞くとこの国というのはランダムで選ばれたのではないらしい。
「これらはネザリアと軍事同盟を結んだ国の名前だよ。まあ彼らは戦意なんて持っていないから、僕らに賛同するのは正当な判断さ」
「つまりこのサインは、お前の陰謀を許可するというものなのだな」
「そうだね。僕らは大群でネザリアという国を仕留めにかかろうと思う。負傷者を出したくないなら手出ししないことだよって。一応優しく言ったつもりだけど」
この台詞ならにこやかに言ったとしても、十分脅しのように聞こえそうである。
「火種になるものは置いておかない。いつも母が口酸っぱく言うよ」
「さすが千年続く国の息子だ。育ち方が違うのだな」
棒読みで褒めておき、俺は用紙の方に目を落としていた。上から順に国名を目でなぞり、三十もの羅列する文字を読み取った。最後は俺の国の名前が書かれており、この中にシャーロットの国は無いようで少し安堵する。
顔を上げるとニヤついたリュンヒンがこちらを伺っていた。
「今、君、ホッとしただろ? どうしてだい?」
顔色で心情を読み取ってくるリュンヒンに苛立ち、俺は彼が手にしていたペンを掻っ攫った。
「ここに名前を書けば良いのだな」
サラサラと俺の名前を書いた。これでここにある国のサインは全て揃った。
メルチは大国と共にネザリア制圧に乗り込み、ネザリアに絡む諸国はこの戦争に手出しをしないという約束事だ。よって俺の国も兵士を出さない決まりになった。
「あくまで大国は僕らに兵力を稼働してくれるだけだ。ネザリア王を討つのは依然として君の役目だからね。分かったかい?」
「ああ、了解した」
俺とリュンヒンは力強く握手を交わした。兵力ではネザリアに大きく劣るが、個人戦であればあのでっぷり腹の男に負ける気は無い。
翌日の城では、突然居なくなった俺のことを、総出で探していたようであった。途中の道まではリュンヒンの馬で帰ったが、そこからは堂々と歩いて玄関から帰還したものだから、兵士も侍女も目を白黒させていた。
とにもかくにも「カイセイ様が」と皆口を揃えて言ってくる。適当に返事をし追いやって、俺は王妃の部屋へ向かった。王妃は静かに頷くだけで話はすぐに終わった。
そこから廊下に出るとすぐ目の前に怒り震えた男が立っている。まあ、予想はついていた。
「バル様、昨夜はどちらに居たのですか」
「王妃の許可を得られた」
「質問に答えて下さい」
無視して歩くとカイセイも付いて来る。さすがに腕を取って引き止めたりはしないが、すぐ横に張り付いており、何があったのかと、何処に居たのかと、これからどうするつもりなのかと、質問攻めにするばかりである。
軽い返事で返していると、俺がカイセイを騙していた歴があってか疑心暗鬼になられた。それでも質問には真実を答え続けていると、リュンヒンの陰謀を理解し「なるほど……」と感心を抱いているようだ。
気になることが無くなると、カイセイからの質問も終わった。
「王は俺に討たせる。それがエセルにとって示しが付くだろうとリュンヒンは言っていたが、王が無くなったネザリアはメルチが引き取ると言ってきた。ただの戦争で勝利し手に入れるのは”奪う”だが、この場合は”引き取る”という形で実に上手い」
カイリュを討ち取ってもネザリアまで統治する力が俺には無いと分かっていて、リュンヒンは俺がピンチ状態になる今を待ったのだ。
「きっと俺達が想像するより遥か前から、この作戦は考えられていたんじゃないか」
古い友人で親友の類だ。メルチの次期王になるシェード・リュンヒン。物腰が柔らかくいつもにこやかで女性に優しい彼だが、よく頭が回り統治するのも使うのも巧みだ。
どうか、彼だけは敵にしたくないものである。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる