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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国
人生経験2
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「こっちだー! 急ぐよー!」
事を終えて駅に戻ると予定の時刻はとうに過ぎていた。しかし次の発車時刻がせまっていたらしい。
何かに時間を急かされて走るのはあまり経験の無いことである。
初めて間近に見られる汽車をよく眺められずに、空いたところから内部に乗り込んだ。全員収まったら外側から車掌によって扉が閉められてしまった。
もう停車するまでは降りられないと聞いて物怖じしていたが、汽車の中は意外に広い。右にも左にも歩くことが出来て快適である。
しかも馬車よりも上質な座席と、景色を見るためのデカい窓もある。
「この辺に座ろう」
マルク王が言ったその時、足元から地鳴りと共に振動が起きた。
何事だと慌てたが単に汽車が動いただけである。
カイロニアの端から端までをこの汽車で楽々移動し、終着駅に降りたてばマルク王は「ようし!」と意気込んで颯爽と外へ歩き出した。
次は何だととりあえず着いて行っていると、王は車の前に立つ年寄りにいきなり金を払っていた。
そして俺と兵士らを振り返って告げる。
「僕とバル君はこれで行くから、君たちは好きなようにして宿で落ち合おう」
ええー。など言う声はひとつも上がらない。
かれこれ突拍子も無いこと続きであるので、俺を守ってくれるメルチの護衛はもう機能していないのである。
彼らがオロオロしている間に俺は腕を引かれてマルク王に車に乗せられた。
車は馬車のようであり違う。俺とマルク王と、さっき金を受け取っていた老人も俺の前の座席に乗り合わせている。馬が引かずとも自力で走れる車の方だ。
黒い煙を尻から出したかと思うと、もう兵士らはずいぶん離れたところに置き去りにした。
「あれ? 自動車に乗るのも初めてだったかな?」
年寄りの首まで掴まん勢いで目の前のものにしがみつく俺に、マルク王は余裕な態度で言うのであった。
汽車よりは遅く、馬車よりは早いスピードで走る自動車に揺られながら、俺はマルク王に思っていたことを問うことにする。
「銃の経験があったのですか?」
日が暮れた外の景色をひたすらに眺めていた王だった。声をかければそっちをやめて俺の方を向いた。
「戦いでは使ったことが無いけどね。いざという時に使えた方が良いだろうと思ってあの店で練習したんだ」
言いながらあの大銃を持つ手を表現している。
重さがネックでも感触はよっぽど気に入ったらしい。何度も唸ってから「良いね」と独り言を漏らしているのだ。
俺はそんなマルク王が意外でたまらなかった。しかし彼が銃を持った頃に、ふとアルゴブレロの言葉を思い出したのだ。
アルゴブレロは何の気があってかマルク王のことを信用するなと俺に言ったことがある。
それで俺は、マルク王には勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
「これからは弓と馬から、銃と車の戦争になるのかもしれないね」
俺の知らないマルク王がしんみりとそんな発言をしている。
「驚きです。てっきり戦争はお嫌いなのかと」
「そりゃあ誰だって嫌いだよ」
失笑を買い、よくよく考えれば当然のことであったと俺も微笑した。
「僕の場合は、勝利するために戦う以外の方法を考えただけ」
その方法こそが政略結婚だった、とはマルク王は口にしないが。それもある種の勝利であると俺は考えた。
どの国もニューリアンを攻めて来ない現在こそ何よりの結果である。
考え事にふけり、座席シートの縫い目をぼんやり眺めていると真ん丸な顔が覗き込んだ。
「難しいことを考えているね? あっ。もしかして、シャーロットと結婚したくなった?」
「いやっ……」
違います。ともはっきり答えられずに言葉を濁している。
「そういえばキースのことはいつからお考えに?」
話をすり替えると真ん丸な顔が引っ込んだ。
前のめりな話じゃないと分かりやすく身を引いている。マルク王は背もたれに深く飲み込まれるように俺から遠ざかっていった。
「……い、いつからかなぁ?」
苦笑しながら思い出す風であるが、この話については誤魔化すばかりで何も教えてはくれない。
車はトンネルを二つほど越えた。そしてその先に出た開けた大地がセルジオであった。
宿では兵士たちが待ちくたびれており、酒も飲まずに何をすれば良いんだという状況だ。
兵士らには悪いが、俺は今日かなり充実したと感じている。図らずもマルク王のおかげで刺激的な一日を過ごすことが出来た。
その夜は王の壮大なイビキを隣に置いてあっても気にならない。
半月にも満月にもなりきらん月をずっと見上げて、俺は何を思っていただろう。
事を終えて駅に戻ると予定の時刻はとうに過ぎていた。しかし次の発車時刻がせまっていたらしい。
何かに時間を急かされて走るのはあまり経験の無いことである。
初めて間近に見られる汽車をよく眺められずに、空いたところから内部に乗り込んだ。全員収まったら外側から車掌によって扉が閉められてしまった。
もう停車するまでは降りられないと聞いて物怖じしていたが、汽車の中は意外に広い。右にも左にも歩くことが出来て快適である。
しかも馬車よりも上質な座席と、景色を見るためのデカい窓もある。
「この辺に座ろう」
マルク王が言ったその時、足元から地鳴りと共に振動が起きた。
何事だと慌てたが単に汽車が動いただけである。
カイロニアの端から端までをこの汽車で楽々移動し、終着駅に降りたてばマルク王は「ようし!」と意気込んで颯爽と外へ歩き出した。
次は何だととりあえず着いて行っていると、王は車の前に立つ年寄りにいきなり金を払っていた。
そして俺と兵士らを振り返って告げる。
「僕とバル君はこれで行くから、君たちは好きなようにして宿で落ち合おう」
ええー。など言う声はひとつも上がらない。
かれこれ突拍子も無いこと続きであるので、俺を守ってくれるメルチの護衛はもう機能していないのである。
彼らがオロオロしている間に俺は腕を引かれてマルク王に車に乗せられた。
車は馬車のようであり違う。俺とマルク王と、さっき金を受け取っていた老人も俺の前の座席に乗り合わせている。馬が引かずとも自力で走れる車の方だ。
黒い煙を尻から出したかと思うと、もう兵士らはずいぶん離れたところに置き去りにした。
「あれ? 自動車に乗るのも初めてだったかな?」
年寄りの首まで掴まん勢いで目の前のものにしがみつく俺に、マルク王は余裕な態度で言うのであった。
汽車よりは遅く、馬車よりは早いスピードで走る自動車に揺られながら、俺はマルク王に思っていたことを問うことにする。
「銃の経験があったのですか?」
日が暮れた外の景色をひたすらに眺めていた王だった。声をかければそっちをやめて俺の方を向いた。
「戦いでは使ったことが無いけどね。いざという時に使えた方が良いだろうと思ってあの店で練習したんだ」
言いながらあの大銃を持つ手を表現している。
重さがネックでも感触はよっぽど気に入ったらしい。何度も唸ってから「良いね」と独り言を漏らしているのだ。
俺はそんなマルク王が意外でたまらなかった。しかし彼が銃を持った頃に、ふとアルゴブレロの言葉を思い出したのだ。
アルゴブレロは何の気があってかマルク王のことを信用するなと俺に言ったことがある。
それで俺は、マルク王には勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
「これからは弓と馬から、銃と車の戦争になるのかもしれないね」
俺の知らないマルク王がしんみりとそんな発言をしている。
「驚きです。てっきり戦争はお嫌いなのかと」
「そりゃあ誰だって嫌いだよ」
失笑を買い、よくよく考えれば当然のことであったと俺も微笑した。
「僕の場合は、勝利するために戦う以外の方法を考えただけ」
その方法こそが政略結婚だった、とはマルク王は口にしないが。それもある種の勝利であると俺は考えた。
どの国もニューリアンを攻めて来ない現在こそ何よりの結果である。
考え事にふけり、座席シートの縫い目をぼんやり眺めていると真ん丸な顔が覗き込んだ。
「難しいことを考えているね? あっ。もしかして、シャーロットと結婚したくなった?」
「いやっ……」
違います。ともはっきり答えられずに言葉を濁している。
「そういえばキースのことはいつからお考えに?」
話をすり替えると真ん丸な顔が引っ込んだ。
前のめりな話じゃないと分かりやすく身を引いている。マルク王は背もたれに深く飲み込まれるように俺から遠ざかっていった。
「……い、いつからかなぁ?」
苦笑しながら思い出す風であるが、この話については誤魔化すばかりで何も教えてはくれない。
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宿では兵士たちが待ちくたびれており、酒も飲まずに何をすれば良いんだという状況だ。
兵士らには悪いが、俺は今日かなり充実したと感じている。図らずもマルク王のおかげで刺激的な一日を過ごすことが出来た。
その夜は王の壮大なイビキを隣に置いてあっても気にならない。
半月にも満月にもなりきらん月をずっと見上げて、俺は何を思っていただろう。
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