クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
156 / 172
lll.エシュ神都、パニエラ王国

エシュの言葉です

しおりを挟む
「どうぞお入りください」
 二度目に聞くこの言葉である。しかしそれは明らかに昨日とは違う重みのある景色で告げられている。
 長辺が無茶苦茶な扉を前にしていた。縦に大人を二人積んでも頭を擦らんほど高い扉だ。
 これが古代人の遺跡であるというのが本当ならば、古代人の身長は今の俺の二倍あったのか。早速驚かされることになっていた。
 地面の岩を削るようにしてその扉は開かれる。もちろんとんでもなく重いのでエシュの者が四人がかりで扉を押し開けた。
 その先は王室だと聞いていた。
 しかし先に目が行くのは王座よりもデカくて立派なオブジェの方だ。
「おお……」
「わあ……」
「……」
 それぞれが声にならん声を上げていた。
 後ろに続く兵士も利口で声は出さんが、目はそのオブジェに釘付けである。
 吹き抜けの天井から吊るされた巨大なガラス瓶のようなものだ。俺も周りと同じで口を開けたまま見上げている。
「古代人の創造物です。当時は時計のような役割を果たしていたと言われていますけど、実際はどうだか分かりませんね」
 適当に頷きながら解説を聞いていた。だが話をする人物を見てみれば、俺だけは「あっ」と声が出る。
「中に砂のようなものが見えるでしょう。砂時計を模していておよそ三分ごとに砂が運ばれます。ですがこれは失敗作であると現在の研究では言われていますよ」
 解説者はふっふっふと鼻で笑った。
 俺に正体を気付かれていると知ってからも、この者はずっとオブジェを俺たちに紹介した。
 やっと自身が名乗る気になったのは、幾つかの質問に応じた後である。
「シルヴァーです。昨夜は会えずにすみません」
 初対面の時と同じ、白髪の頭と痩せた頬の印象は変わらない。
 だが、思いのほか物腰の柔らかそうな人物だ。ルイスに対してもニコリと笑顔を向けている。
 九カ国首脳会談ではあまり喋らない人物だと思っていた。実際あまり出しゃばる事が無かったので余計そうに思っていたのだ。
「お嬢さんは歴史がお好きなんですね?」
「はい。あまり詳しくは無いんですけど……ロマンを感じます!」
「そうですか、そうですか」
 嬉しそうにまたシルヴァーは笑っている。
 俺が簡素な手紙から受け取っていたイメージもここで撤廃された。
「では本をお貸ししましょうか。ここには古い文献がたんまりあるんです」
「本当ですか!」
「おい、待て」
 俺が急に制したことでシルヴァーとエセルが足を止める。
 シルヴァーの目を気にした俺は「待ってください」と後出しだが言葉を変えておいた。
「盛り上がっているところ申し訳ないのですが……」
 おずおずとするとシルヴァーがエセルを連れて戻って来てくれる。ついそこに見えている本棚の方へ行ってしまうところであった。
「そうでしたね。時間が無いんでした」
 早速始めましょうとシルヴァーは俺たちを席に案内する。
 王座とオブジェが構える大空間の隅に、真っ白なクロスを敷いたテーブルセットが備えてあった。
 茶が運ばれてくるまでは、どうしてもあの巨大な砂時計をまた見つめてしまう。
「またゆっくり観光に来てくださいな」
「はい。そうさせて頂きます。この創造物は素晴らしい」
 お世辞抜きでそう思う。
 運ばれてきた茶をすすりながら眺めるとまた一興。窓の光がガラスに透過して床に虹を作っているのまで見事である。
「我が国の誇りのひとつです」
 少し照れくさそうにシルヴァーは言うのであった。

 誓約書類を提示する。手紙のやりとりをしながら同時進行で用意していたものだ。
 シルヴァーは銀縁の眼鏡を掛けてから、よくよく読んでくれたようだ。
 最後のページまで行くと、きちんと表を向けて真正面に置いてから、微小な傾きまで正していた。
「お時間が無いようなので単刀直入に」
 銀縁の眼鏡が外される。端の方に置いて、これも傾きをそっと正した。
「我が国とパニエラ王国とを統合することは出来ません。さらに言えば、我が国がメルチ王国と軍事的な繋がりを持つのも合意しかねます」
 鋭い眼光がキラリと光った。
 こちらは奈落に落ちるほど落胆するが、外面は冷静を装って「そうですか」と言う。
「あまり落ち込まないで下さいね」
 完璧な俺の何を受け取ってかシルヴァーは気を遣ってきた。
「……いえ。パニエラ王国との統合はさて置いても、そちらの国とはどうしても協力関係を築いて行きたいのです。是非お話し合いを」
 俺からは少し頭を下げている。
 シルヴァーの方からは小さなため息のような音がした。
「我がエシュ王国は、どこの国とも協力関係を持たないと断言しております」
「承知です。お手紙でもその事は読みました。しかしどうしてもお力をお借りしたい境地にあるのです。メルチ王国には時間がありません」
 下げた頭はさらに深くなる。隣のエセルも一緒に下げてくれていたようだ。
 ここで頼み込む以外で救いの道はほとんど無い。
 パニエラに渡ったとしても、おそらく手遅れだろうと俺は踏んでいた。
 希望をかけるなら今の方がまだ現実的だった。
「……それは、この国の制度を変えてまで守るべきものなんですか?」
 その質問に一瞬顔を上げそうになったが、まだ頭を下げたままで続きを聞く。
 シルヴァーは「エシュの言葉です」と言った。神の言葉をここで伝えるというので息を呑む。
「情けにより突き動かされる貴方の、本当に守りたいものは国ですか? 国を失ってしまえば貴方の身は滅びてしまうのですか?」
 神などは信じていない俺だ。だが、頭の中ではどうだろうかと答えを探し始めている。
「誘導です。そのような発言はお控え下さい」
 頭を下げていないルイスである。
「貴方も迷う気持ちを絶って」
「お控え下さい」
 淡々とした物言いで即座に遮ると、シルヴァーは神の言葉を仕舞ったようだ。
 ルイスの指示で顔を上げるようにと叱られた。話し合いの場は対等でなければならないのだ。冷静さを欠いていたことをルイスには詫びることになる。
 全員の表情がテーブルの上に並ぶが「困りましたね……」と言いながら、シルヴァーだけは苦笑していた。
 王室の一角で砂の流れる音が響く。
 一時間分くらいの砂が一気に流れ落ちる仕組みである。それは壮大な量であるから、なかなか洪水に近い轟音が聞こえてきた。
 古代の物が起動したとなると、いくら感動した代物でもガラスが割れてしまうのではないかとヒヤヒヤする。
「パニエラ王国に向かう予定ですね?」
 シルヴァーの声でまたテーブルの方に注意を戻した。
「はい。この後すぐに参るつもりです」
「では私も一緒に行きますよ。その方が話も早いでしょう」
 砂時計はまた、三分ごとに砂を溜め込み始めている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...