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I.少女が本を抱く理由

あらま。そりゃ災難だ

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 ほとんど取り合うような形で一人前の料理は一瞬で空になる。
「食った気がしねぇな」とかを言いながら、ジャッジはメニュー表を睨んでいた。だけど話の方向は僕に向けられた。
「相変わらず暗い顔してんな。なんか問題発生か?」
「……メニュー表に穴でも空いてる?」
 それか人の顔色を紙越しに見れる特異体質かのどちらかだけど。いずれにしてもジャッジは僕の話を聞いていなくて、次の料理を注文してしまった。
「お前も食うだろ?」
「え? ああ。うん」
 大きいサイズのピザとシーザーサラダを頼んでいた。食中にアイスコーヒー二つとも景気良く言っていたのを聞いたけど。食事代を支払うのは僕なんだろうな。
「なーに死にそうになってんだよ。困ったことがあれば相談し合うのが親友ってやつだろうが」
 メニュー表を片付けたら話を聞く姿勢を取られている。
「全部吐いてスッキリさせちまえよ。なあ?」
「うーん……」
 普通なら嬉しいはずなんだけど、ジャッジの言い方はまるで宝の場所を聞き出すみたいに興奮している。
 その、前のめりな感じが信頼しきれなくさせているんだけど。それが分からなくて彼は「勿体ぶるなよ」と間違った念押しをしていた。
 これまでジャッジは僕にとって元凶である場面がほとんどだった。
 けど友人であることはその通りだ。親友とまで言うにはちょっと否定したいかもしれないけど。
 ……ひとりで抱え込まずに誰かに相談すること。これは僕が仕事上でよく患者さんに伝える文言だ。
 僕もきっとそうした方が良い。相手がどうであっても話すことに意味がある。
「あのさ。実は、心配になっている女の子がいるんだ」
「お、女の子!?」
 店中を駆け巡るジャッジの声を聞いたら、やっぱり聞いてもらう相手も選ばなくちゃいけないと早速痛感する。
 サッカーの試合の方でもシュートが外れたらしい。多大なブーイングの嵐が聞こえてきた。
「ど、どういうことだよ。お前、いつの間に彼女作りやがって」
「違う。違うよ。僕とは本当に関係の無い人なんだ」
「関係ない? お前……男女の問題に『関係ない』は、お前……」
 興味本意で前のめりだったジャッジが、話が変わったと態度を一転させた。
 急に警察官みたいな険しい顔になる。
「話を聞こうじゃねえかよ」
「だから話すってば」
 食事の音に紛らせて手短に僕は話した。
 二度あった偶然の出会い。
 アルゼレアが異国語の本を持っていた事。
 夜に二人の男から聞き取りをされた事。
 僕がアルゼレアを探していた事。
 そして僕が捜索されているという事。
 僕が船上からお金を払わずに逃げた事以外はだいたい伝えた。あと、アルゼレアのこととは関係ないけど、レーモンド伯爵との裁判の話もした。
「あらま。そりゃ災難だ」
「裁判のはお前が主犯だけどね!」
 もっと言ってやりたいところだったのに、タイミング良くピザとサラダが同時にやってきた。
 まあ、裁判のことは終わったわけだし。僕がジャッジの話に乗ってしまった結果だから。全責任が彼にあるわけじゃない……けど、とりあえず保留で良いや。
 思い返すとムカッ腹が込み上げてくるけど大人の対処だ。
「まあまあ落ち着けよ。話は分かったぜ」
 ジャッジはもうピザカッターを手に取っていた。
「お前はなんでその子を探してたんだよ。距離取るだろ普通」
「だってそんな悪いように見えなかったから」
「あーそう。でも見つけたとして何話すんだよ」
 そう言われたら、確かにと思ってしまう。
「君は悪人ですか? なんて聞いて素直に答えてくれるかよ」
 乾いた笑いをジャッジはアイスコーヒーで飲み込んだ。
 ぼんやり見つめる丸皿から四分割サイズのピザが抜き取られていく。視界の端にあるみずみずしい緑色も半分以上減った。
 大口の咀嚼がひと通り落ち着きだしてからジャッジが言った。
「だいたい悪人ってのは単独行動じゃ無ぇのよ。もし三度目の偶然で会えたとしても、お前は周囲の奴らに間違いなく消されてたな」
 あくまでも彼の憶測の話に過ぎない。現実に起こったらと考えるとかなり恐ろしいけど。
「でもやっぱりアルゼレアには、悪意とか裏の顔とかそういうものは無いと思うんだよな」
「女を過信するな」
 バッサリと言い切られる。ついでにサラダが空になった。
 このままでは払い損だと今更気付いて、僕は残ったピザだけは取り上げた。でも目の前では満たされた腹をさすりながらアイスコーヒーも底をついていた。
「……何でなんだ」
「ん?」
 地位も名誉も資格も仕事もお金も無くてフラフラしているだけの男なのに、この時だけ妙な説得力があるのは何でなんだ。
 その秘密を暴いてやるぞと躍起になって睨みつつ、僕はピザにかぶり付いている。

 ゆるりと流れる食事時間だ。しかし突然店長が叫びだした。
 ついにサッカーの試合に勝敗がついたのかと思った。店内にいる全員が振り返ったけど、それは違っていた。
 テレビ画面は試合中継の画面と変わってニュース画面になっている。
「番組の途中ですがニュースをお伝えします」と、たぶんこの時誰もが項垂れるだろう言葉をキャスターが並べていた。
 この店では、店長の声に反応した全員がニュースに目を向けていたはずだ。それは僕もだったけど、一人だけ逸脱していて氷を噛んでいるジャッジがいる。
「お前は細かいことにこだわりそうだからな……よし。じゃあちょっくら今からハライに行くか」
 まるで情勢なんて知る気も無い。この男は勝手にそう決めたら席を立った。
「え? ハ、ハライ?」
「早く食っちまえ。置いてくぞ」
 言ったそばから店を出て行ってしまう。外で待っていてくれるのかと思ったら、どんどん先へ歩いていくのが窓から見えた。
「ちょっ、ちょっと」
 大きなひと口でピザを頬張り、アイスコーヒーで流し込む。なんて酷い食べ方なんだと自分でも思うけど仕方が無い。
 支払いの後にジャッジを店の外で探したら居なかった。それなら店内に戻ってニュースを見たい……と、思ったところで「早く来いよー!」と聞こえた。
 かなり離れたところから居場所を示そうとする片手を見つけてしまう。
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