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I.少女が本を抱く理由
怪しい場所、怪しい人
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ところ変わって妙な場所に来てしまった。エルサ教の発祥地。ナヴェール神殿という場所だ。写真だけなら観光雑誌で見た。
説明無しでいつまでも勘違いしていた僕に、ジャッジはそのうち呆れて告げた。
「ハライ? 何だそりゃ。祓いに来たんだよ。ばーか」
「ああ、なんだ。てっきり地名かと思った」
正解は目的だった。にしても馬鹿呼ばわりはちょっと心外なんだけど。
そのやりとりをしたのはもう手遅れで小さめの扉を開ける直前だった。
僕から何を祓うって言うんだよ! と、ジタバタする前に、二人は狭い個室の中に収まってしまっている。
扉もひとりでに閉まったかのように怪しく音を響かせた。
「どうぞお掛けになって」
僕らの到着を予知していたみたいに、ちょうど二席の丸椅子が用意されている。
「探し物ね。女の子。赤髪の女の子の居場所は……」
卓上蝋燭の火がゆらめき、水分不足みたいなガラガラ声が響く。
僕もジャッジも固唾を飲んでその続きを待っていた。
「居場所は……ああ。見えたわよ。北西の日陰の家に向かうわね」
「……日陰の家」
それはまたざっくりな。
コツンッ。音を鳴らして石同士がぶつかり合う音だ。目を見張るけど、占い師が触らずとも自分で動ける石だった。
そんなことはありえない。この薄暗さに隠れて黒子が机の下から磁石か何かで動かしているんだろう。
「他に情報はねぇのかよ」
苛立ってジャッジが足を揺らしていた。
占い師は低い獣のような唸り声をあげてから、何か呪文みたいなものをムグムグと続けて言った。
その間に横からジャッジが指で突いてくる。
「おい。もう行こうぜ」
「え?」
「居場所は分かっただろ?」
占い師はムグムグに集中していてこちらの話は聞いていない。
さすがに途中退室は良くないんじゃないかと思ったけど、ジャッジが言う「時間の無駄だ」についてはちょっとその通りに感じた。
そして二人でそっと後ろの扉からひょいと外へ出てしまった。
細かい雪の降る屋外に出ると、占い師の声も石の音もしなくなる。
「良いのかな」
「良いって。タダなんだから」
神殿内では孤立した場所にある掘っ立て小屋だった。看板も木板にペンキで文字を書いただけのものだし、あの占い師も相当怪しいものだ。
「……って、おい。占い師は除霊する仕事じゃないだろ!?」
雑木林の中だけど枝の葉は枯葉になっていて絨毯だ。ジャッジが隠れようとしたってすぐに見つけ出せる。
ひとりでまた何処かへ進んで行ってしまうところだった。
「どこ行くんだよ」
「北西だろ?」
まさか鵜呑みにする気なのか。
「日陰の家ってだけで分かるはず無い!」
「んなもん片っ端から当たっていきゃぁ良いんだよ」
無茶苦茶な話だ。非現実的でしかない。
方角をアドバイスするくらいなら僕にだって出来る。日陰の家なんて、いくら日当たりが良くても一日のうち数回は日陰になるだろう。
「ぼ、僕の人生が掛かっているんだぞ!?」
「はあ? 知るか」
数分前には親友だと言った口からそう言われた。
「じゃあお前は一生闇雲に聞き回って追われ続ければ良いさ。俺はスパッと探し当てちゃうぜ」
「なんでお前がアルゼレアを探すんだよ!」
「良いだろ別に。ちょっと顔が見てみたいだけっ」
ジャッジが浮かべる妙な笑みには品が無いから、僕はさらにカッとなっていた。
そんな僕たちの声を聞きつけてひとりの女性が駆けつけてくる。
「ちょっとちょっとお兄さんたち。静かにしてもらえませんかね」
掴み合いになったまま散歩道に出てきた僕らだった。注意を受けて、女性越しに奥の催しを見させられる。
一番メインの聖堂が聳え立つ足元で結婚式のようなイベントがされていた。
たくさんの来賓やカメラマンもいて、数人は僕らの騒ぎにこっちを見ている。
「す、すみません」
「分かればよろしい。……あれ?」
彼女が何かに気づくように僕も同時に気付いた。
大きなガラスメガネとまん丸な目は、この最近に見た覚えがあった。
「あ。死相のお兄さん」
名前を伝えていないから、そういうあだ名にしてしまったみたいだ。
「観光ですか?」
「ええ。まあ……」
誤魔化そうとしたけどやっぱり現地の人は詳しい。
僕らが出てきた雑木林の奥に建物があるのを知っていて、そこを軽く覗いてから僕を見た。
「もしかして死相気にしました? あれ冗談ですよ」
監修員の時と違ってカジュアルな服装で言われるから気楽だ。僕も落ち着いて「ですよね」と返すことができた。
そこにジャッジがぬっと現れた。
「なーんかコイツ。今ヤバそうな男に追われてるらしくって。だいぶ落ち込んでんのよ」
僕に首に腕を回して「なあ?」と求めてくる。
僕のことについて勝手に色々話さないで欲しいのもそうだし、だいぶ落ち込んでいるっていうのも勝手に決めつけないで欲しかった。
「あー。だからあの時も落ち込んでたんですねー」
言葉の「あの時」というところにジャッジが反応して、実は僕と彼女が二度目の再会だと話すと悔しそうに地団駄を踏んだ。
「それよりあっちの方は良いんですか?」
僕から言い、催し物の方を指差した。
「ああ。私はいちカメラマンをしていただけなので平気です」
「趣味で?」
「はい」
彼女は首から下げたカメラを掲げて言う。
カメラに詳しくない僕は、普段見ることも少ないその小さな機械を眺めた。丸いレンズを覗いていたらカシャっとささやかな音で写真を撮られた。
「……お兄さん、追われてるって言ってましたっけ?」
そうだった。写真を撮られるなんてまずいことじゃないか!
彼女は上着のポケットに片手を入れて何か取り出す素振りを見せている。まさかカメラマンに扮した捜索機関だったらと、今更あせっても遅すぎた。
「実は私、こういう者で」
彼女が僕に向けたのは一枚の名刺だ。
僕が受け取った後、ジャッジの方にも丁寧に渡される。
「マニア研究所……」
書かれたままに読んだ。
「マニアを研究してるってこと?」
「いやいや、マニアによる研究所ってことです。私は神話マニアとして情報収集」
さっき僕のことを撮影したカメラが持ち上げられる。
僕の写真も神話のひとつにされてしまうんだろうか。
「えー、名前書いてないじゃん!」
隣でジャッジが残念がった。それに対して神話マニアは「当たり前です!」と、なぜか誇らしげに言う。
「研究員は秘密機関の秘密を取り扱っているので、お互いをコードネームで呼び合うんです」
「君のコードネームは?」
「教えませんよ。部外者なんですから」
それについてはもっともだけど。名前の無い名刺を渡された僕らはどうしたら良いんだろう。
もしかしたらちゃんとした組織じゃなくて、大学サークルみたいな個人間で出来た交流会なのかもしれない。
彼女とジャッジの会話は盛んに行われた。ただしジャッジの口からポロポロと僕の個人情報までがこぼれていった。
色々な情報をまとめて彼女が言う。
「それきっと政府警察ですよ。ヤバくないですか?」
言われたジャッジが「それ俺に言われても」と僕を盾に差し出す。
「お兄さんたちもしかしてテロリスト?」
「い、いや違うよ」
苦笑まじりで僕は否定する。その目をまたあの時のように彼女がじーっと見つめてくる。
嘘なんてひとつも付いていないけど逸らさずにいられない。
もしかしたら僕の瞳の中に、自覚の無いテロリストの素質でも見つかったら大変だ。まだ死相が残って見えると言われるのも嫌だ。
しかし彼女は肩の力を抜いてフッと笑うだけに終わった。
「面白い話、待ってます」
僕の手にあるマニア研究所の名刺を爪で弾いたら、催しの人混みに戻って行ってしまった。
僕らはその背中が分からなくなるまで見守り、消えてしまってからジャッジが「好みじゃ無えわ」と失礼なことを言う。
説明無しでいつまでも勘違いしていた僕に、ジャッジはそのうち呆れて告げた。
「ハライ? 何だそりゃ。祓いに来たんだよ。ばーか」
「ああ、なんだ。てっきり地名かと思った」
正解は目的だった。にしても馬鹿呼ばわりはちょっと心外なんだけど。
そのやりとりをしたのはもう手遅れで小さめの扉を開ける直前だった。
僕から何を祓うって言うんだよ! と、ジタバタする前に、二人は狭い個室の中に収まってしまっている。
扉もひとりでに閉まったかのように怪しく音を響かせた。
「どうぞお掛けになって」
僕らの到着を予知していたみたいに、ちょうど二席の丸椅子が用意されている。
「探し物ね。女の子。赤髪の女の子の居場所は……」
卓上蝋燭の火がゆらめき、水分不足みたいなガラガラ声が響く。
僕もジャッジも固唾を飲んでその続きを待っていた。
「居場所は……ああ。見えたわよ。北西の日陰の家に向かうわね」
「……日陰の家」
それはまたざっくりな。
コツンッ。音を鳴らして石同士がぶつかり合う音だ。目を見張るけど、占い師が触らずとも自分で動ける石だった。
そんなことはありえない。この薄暗さに隠れて黒子が机の下から磁石か何かで動かしているんだろう。
「他に情報はねぇのかよ」
苛立ってジャッジが足を揺らしていた。
占い師は低い獣のような唸り声をあげてから、何か呪文みたいなものをムグムグと続けて言った。
その間に横からジャッジが指で突いてくる。
「おい。もう行こうぜ」
「え?」
「居場所は分かっただろ?」
占い師はムグムグに集中していてこちらの話は聞いていない。
さすがに途中退室は良くないんじゃないかと思ったけど、ジャッジが言う「時間の無駄だ」についてはちょっとその通りに感じた。
そして二人でそっと後ろの扉からひょいと外へ出てしまった。
細かい雪の降る屋外に出ると、占い師の声も石の音もしなくなる。
「良いのかな」
「良いって。タダなんだから」
神殿内では孤立した場所にある掘っ立て小屋だった。看板も木板にペンキで文字を書いただけのものだし、あの占い師も相当怪しいものだ。
「……って、おい。占い師は除霊する仕事じゃないだろ!?」
雑木林の中だけど枝の葉は枯葉になっていて絨毯だ。ジャッジが隠れようとしたってすぐに見つけ出せる。
ひとりでまた何処かへ進んで行ってしまうところだった。
「どこ行くんだよ」
「北西だろ?」
まさか鵜呑みにする気なのか。
「日陰の家ってだけで分かるはず無い!」
「んなもん片っ端から当たっていきゃぁ良いんだよ」
無茶苦茶な話だ。非現実的でしかない。
方角をアドバイスするくらいなら僕にだって出来る。日陰の家なんて、いくら日当たりが良くても一日のうち数回は日陰になるだろう。
「ぼ、僕の人生が掛かっているんだぞ!?」
「はあ? 知るか」
数分前には親友だと言った口からそう言われた。
「じゃあお前は一生闇雲に聞き回って追われ続ければ良いさ。俺はスパッと探し当てちゃうぜ」
「なんでお前がアルゼレアを探すんだよ!」
「良いだろ別に。ちょっと顔が見てみたいだけっ」
ジャッジが浮かべる妙な笑みには品が無いから、僕はさらにカッとなっていた。
そんな僕たちの声を聞きつけてひとりの女性が駆けつけてくる。
「ちょっとちょっとお兄さんたち。静かにしてもらえませんかね」
掴み合いになったまま散歩道に出てきた僕らだった。注意を受けて、女性越しに奥の催しを見させられる。
一番メインの聖堂が聳え立つ足元で結婚式のようなイベントがされていた。
たくさんの来賓やカメラマンもいて、数人は僕らの騒ぎにこっちを見ている。
「す、すみません」
「分かればよろしい。……あれ?」
彼女が何かに気づくように僕も同時に気付いた。
大きなガラスメガネとまん丸な目は、この最近に見た覚えがあった。
「あ。死相のお兄さん」
名前を伝えていないから、そういうあだ名にしてしまったみたいだ。
「観光ですか?」
「ええ。まあ……」
誤魔化そうとしたけどやっぱり現地の人は詳しい。
僕らが出てきた雑木林の奥に建物があるのを知っていて、そこを軽く覗いてから僕を見た。
「もしかして死相気にしました? あれ冗談ですよ」
監修員の時と違ってカジュアルな服装で言われるから気楽だ。僕も落ち着いて「ですよね」と返すことができた。
そこにジャッジがぬっと現れた。
「なーんかコイツ。今ヤバそうな男に追われてるらしくって。だいぶ落ち込んでんのよ」
僕に首に腕を回して「なあ?」と求めてくる。
僕のことについて勝手に色々話さないで欲しいのもそうだし、だいぶ落ち込んでいるっていうのも勝手に決めつけないで欲しかった。
「あー。だからあの時も落ち込んでたんですねー」
言葉の「あの時」というところにジャッジが反応して、実は僕と彼女が二度目の再会だと話すと悔しそうに地団駄を踏んだ。
「それよりあっちの方は良いんですか?」
僕から言い、催し物の方を指差した。
「ああ。私はいちカメラマンをしていただけなので平気です」
「趣味で?」
「はい」
彼女は首から下げたカメラを掲げて言う。
カメラに詳しくない僕は、普段見ることも少ないその小さな機械を眺めた。丸いレンズを覗いていたらカシャっとささやかな音で写真を撮られた。
「……お兄さん、追われてるって言ってましたっけ?」
そうだった。写真を撮られるなんてまずいことじゃないか!
彼女は上着のポケットに片手を入れて何か取り出す素振りを見せている。まさかカメラマンに扮した捜索機関だったらと、今更あせっても遅すぎた。
「実は私、こういう者で」
彼女が僕に向けたのは一枚の名刺だ。
僕が受け取った後、ジャッジの方にも丁寧に渡される。
「マニア研究所……」
書かれたままに読んだ。
「マニアを研究してるってこと?」
「いやいや、マニアによる研究所ってことです。私は神話マニアとして情報収集」
さっき僕のことを撮影したカメラが持ち上げられる。
僕の写真も神話のひとつにされてしまうんだろうか。
「えー、名前書いてないじゃん!」
隣でジャッジが残念がった。それに対して神話マニアは「当たり前です!」と、なぜか誇らしげに言う。
「研究員は秘密機関の秘密を取り扱っているので、お互いをコードネームで呼び合うんです」
「君のコードネームは?」
「教えませんよ。部外者なんですから」
それについてはもっともだけど。名前の無い名刺を渡された僕らはどうしたら良いんだろう。
もしかしたらちゃんとした組織じゃなくて、大学サークルみたいな個人間で出来た交流会なのかもしれない。
彼女とジャッジの会話は盛んに行われた。ただしジャッジの口からポロポロと僕の個人情報までがこぼれていった。
色々な情報をまとめて彼女が言う。
「それきっと政府警察ですよ。ヤバくないですか?」
言われたジャッジが「それ俺に言われても」と僕を盾に差し出す。
「お兄さんたちもしかしてテロリスト?」
「い、いや違うよ」
苦笑まじりで僕は否定する。その目をまたあの時のように彼女がじーっと見つめてくる。
嘘なんてひとつも付いていないけど逸らさずにいられない。
もしかしたら僕の瞳の中に、自覚の無いテロリストの素質でも見つかったら大変だ。まだ死相が残って見えると言われるのも嫌だ。
しかし彼女は肩の力を抜いてフッと笑うだけに終わった。
「面白い話、待ってます」
僕の手にあるマニア研究所の名刺を爪で弾いたら、催しの人混みに戻って行ってしまった。
僕らはその背中が分からなくなるまで見守り、消えてしまってからジャッジが「好みじゃ無えわ」と失礼なことを言う。
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