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I.少女が本を抱く理由

吹雪の土地1

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 北西とだけ言われても、僕の立つ場所からその方角に見える全てが当てはまるわけだ。それは一件の家にとどまらず、大きな街ごとと捉えて僕らは動いた。
 地下鉄では、切符売り場の窓口にジャッジが顔ごと突っ込んで問う。
「北西に行きたいんだけど。何に乗れば行ける?」
 もちろん駅員は頭上にハテナを浮かべた。
 とりあえず路線図を持ってきて、今いる場所から北西の方向を教えてくれる。
 まずは近場からかな。小さめの隣町へ行こうと僕から提案するが却下され、僕らは特急電車に乗った。
 目指す場所は最果ての港町。そこで日陰の家を探すのか。
 バカみたいな話だけど特急電車は真面目に急いでくれている。
 しばらく地下道が続き、最終停車駅は地上だった。
「おいおい……」
 外は吹雪だ。まさに大雪になるとニュースが流していた光景の何倍もの雪が降って積もっている。
 それに空は当然雲が一面覆っていた。つまり今、この街にある家が全て日陰の中にあるってことだろう。
「どうするんだよ、これ」
「俺に聞くなよ」
 ホームに降り立った途端、僕らは手加減なしの寒さに震えていた。
 引き返すにしても数分電車が停まっただけで車輪が雪に埋まる。それでしばらく動かないというアナウンスが鳴っていた。
 僕らは、慌ただしくスコップを動かす駅員を見守るだけだ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。やっぱり元凶のせいなのか。
「お前が負のオーラを持ち込むからだ。天気の神が怒ってんだよ」
 言われようのないことを責められても反論できない。
 ジャッジが僕にとって元凶であること以前に、僕の運勢はずっと落ち込んだままだしな。
 しかしジャッジはそんな不運な男を見捨てて行こうとはしないで、離れても見えなくなる前に僕を呼びかけている。
「まずは宿探しだな」
「そんなお金無いよ」
「じゃあ俺らはこの雪で凍死か~」
 生前の未練があると大袈裟なことを周りに言いふらしながら駅から離れて行く。
 駅前では徒歩で通う人は滅多にいない。みんな迎えに来てもらった車に乗り込むところだった。
 僕らだけだ。この吹雪の中で行く宛もないのは。
 そしてそろそろ僕は嫌になった。いつまでもジャッジの不純ったらしい未練を横で聞いていたくない。
「……分かったよ。宿を探そう。どこかで銀行を見つけたら寄るから」
「あいあいっ」
 それでこの男は僕を連れ歩く。最悪だ。

 中心部に来て、とにかく手当たり次第に家を回っている。
 こんな荒天候の日だからドアベルを鳴らせば必ず人は中に居た。それだけが救いだけど、ほんとそれしか救われない。
「赤髪の女の子を知りませんか」
 こう聞けばたまに知っていると言われる。
「黒いレースの手袋をした少女なんです」
 しかしこれを告げると全員外れた。
 赤毛で手袋で本を持っているなら結構な手掛かりになるはずだけど、捜索方法が無鉄砲だから当たれば奇跡に近いと思う。
「あんたらの知り合いなのかい、その子」
「ええ。そうなんです」
「そうかい……まだ明るいうちは良いけど。夜になると気温がぐっと下がるからね。早く見つけてあげないと……」
 そう言われて月が登ってくる方角の空を見る。曇り空がだんだん夜色に近づいている気がした。
 夜になったら彷徨い人がどうなるか。この住人は口にはしなかったけど、そんなのすぐに想像がつく。凍った大きな溜池さえ凍るのだから人だって簡単だ。
 しかし探せど探せどアルゼレアは見つからない。手がかりさえも無い。そのうち日没して街灯に灯りが付いていた。
「おかえり、どうだった?」
 僕が電話ボックスで用事を済ませたらジャッジが聞いてきた。
「カンカンに怒ってた。もうクビになったかもしれない」
「そっか。っま、ちょうど良かったじゃねーの。気にせず長旅が出来るな」
 シフトの時間を忘れていた上に「行けません」の連絡だ。一応ジャッジなりに僕を励ましてくれているのだと捉えておく。
 僕らはその足で近くの宿屋へと入って行った。
 一日目はこれにて終わり。二日目、三日目までも同じ結果が続くことになる。
「もうやっぱり居ないんじゃない?」
「いいや、絶対ここに居る」
「どこからそんな自信が沸くんだよ」
 数日経てばジャッジの中から、僕の悩みやアルゼレアの疑惑なんかは綺麗さっぱり消えたらしい。もう宝探しの一環になって探し回っている。
「俺は港側に行くから。お前は山側な」
「うーん……」
 捜索開始からこのやり方に納得のいっていない僕だ。
 曖昧な返事をしてから「やっぱり無駄だよ」と振り返るが、もうジャッジは居なかった。晴天に浮かぶ太陽で目を痛めるほど雪が白光りしているだけだ。
 持たされた地図で僕が任された方向を見れば、僕らが電車を降りた駅があるっぽい。だったらこのまま黙って帰ってしまおうか……とも頭をよぎる。
 失業中に旅費だけ浪費していくのも可笑しいことだろうと思うからだ。
 だけどこんな時にまで僕の良心がそれを否定してくる。
 かと言って家を訪ねて歩くのもくたびれている。僕は手当たり次第にドアベルを鳴らすよりも、近場にあった書店の方に足を向けた。

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