閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
68 / 136
II.アスタリカとエルシーズ

デート1

しおりを挟む
 出かけ日和の晴天。気候はもうすっかり暖かい。陽が落ちてからの上着も持ってきたけど、朝の時点で薄いシャツ一枚で良さそうだ。
 バスの時点で鉢合わせになったらと心配したけど大丈夫だった。それもそうか。時計塔を見上げたら時刻は待ち合わせ時刻よりもより一周も早い。家でじっとしていられなく早々に出てきた僕だ。
 今日は何が何でも普通にデートする。
 強い思いで挑んでいる。アスタリカの観光地を定番から穴場までリサーチした。人気の名所も食事も十分調べてきたし、交通情報もおさえてある。
 僕はポケットから手帳を取り出した。今日までにずらりと書いた文字を眺めるのではなく、手帳に挟んだ紙をちょっと覗き見するためだ。硬めの切符みたいなお札の紙には、愛の神マソと、はかりごとの神アヴスの神託を頂いてある。
 今日は不幸に苛まれることはないんだ。僕は昨日、命懸けでナヴェール神殿に行って来たからね。ちゃんと一昨日のことも、それ以前のこともエルサ神に謝ってきた。だから大丈夫。
 ……バス停で自信を付けたら、国立図書館の広場へと歩き出す。途中で犬の散歩をしているご老人に挨拶もした。気持ちよく挨拶を交わすと幸福度が増すという。
 始業時間よりもずいぶん早くてもそれなりに人はいるようだ。空いているベンチを見つけて座り、少し読書でもして待とう。ちなみに、恋愛についての参考書も少し読んできた。抜かりはない。
「よし!」
 今日の僕はいつもとは違う。
 とはいえ、困ったことに読書本の内容が全く頭に入って来なくて、何度もページを戻っては読み直すの作業でなかなか進まなかった。
 おかしいなぁ。疲れちゃってるのかなぁ。そんな風に思って過ごしていたけど、ベンチに座って少ししか経っていないのに「フォルクスさん!」と、名前を呼ばれた時点で理由が分かる。
 約束の時間を知らせる鐘が鳴る前に、僕の名前を呼ぶ人が現れた。それは紛れもなくアルゼレアだったし、途端に僕はドギマギしてしまった。心の準備が整っていなかったんだ。
「おはようございます。は、早いですね……」
「お、おはよう。アルゼレアもね……」
 どちらも歯切れの悪い挨拶をするのは緊張のせいだった。

「あの。兄からフォルクさんに手紙を預かっていて」
「お兄さんから?」
 僕がアルゼレアの服を褒める先に、白い封筒が手渡されてしまった。せっかくアルゼレアの他所行きなワンピースが春色で素敵だって思ったのに。だけどお兄さんからの手紙とやらも相当気になる。
 手紙は頑丈にテープでぐるぐる巻きに封をされていた。アルゼレアのお兄さん……クオフさんがそんなに不器用な人だとは思えないけど。たしか学校の先生をやっているくらいだし。とにかく懸命に綺麗に剥がして開けてみる。
『お久しぶり。フォルクス君。今日はアルゼレアをよろしく頼みます。妹が帰ったら君との話を聞くのが楽しみだ。寝ずに待っているよ』
 僕はその文章の意味がすぐに読み取れた。
「何て書いてあったんですか? 兄にはフォルクスさんから聞けば良いって」
 クオフさん……。それでこんなにテープでぐるぐる巻きに……。手紙は封筒に直して懐に入れておく。
「アルゼレアをよろしくねって書いてあったよ。優しいお兄さんだね」
 夜は必ず家に返してくれよとお兄さんが妹さんをめちゃくちゃ心配している……。
 お兄さんからの愛情をアルゼレアが喜ぶかと思ったら逆だった。彼女は勢いよく僕の隣に座ったら俯く。垂れた赤髪から覗けるのは若干唇を尖らせた不服そうな顔だ。
「過保護で困ります。もう大人なのに」
 小言を漏らすアルゼレアを見るのは新鮮だった。また僕の胸は勝手に跳ね上がってしまう。もちろん表面上では落ち着いている。急に抱きしめたりなんかはしないけどさ。
 彼女が知らない隙に優しくその頭を撫でてみた。触り心地はまるで小動物だね。アルゼレアはモルモットとかハムスターに似てる。癒され効果は抜群だ。
「今日はよろしくね、アルゼレア」
「……」
 何も言ってくれないけど。たぶん彼女は恥ずかしいだけ。

 アスタリカを観光として歩いたことがなかった。そもそもアスタリカに来たのも観光目的じゃなかったから当然と言えば当然なんだけど。色々あったこの国は旅行の定番として有名な土地だ、とはもう何度も伝えている。
 西の街は国の中心街。国立図書館がシンボルな場所。
 東の方は田舎町。ジャッジと一緒に港の方まで電車で行った。同じ国でもその地は吹雪が吹き付ける土地だった。そこは寝泊まりするのに人気だと旅行誌が書くように、たしかに町の人も優しかった印象がある。
 南の街は物流が盛んだそうだ。治安は少し落ちるけど、観光客が買い物や食事をするには外せないスポットなんだそう。流行の発信地とも言われるらしい。
「カイロニア、メルチ、ベンブルク。王様の時代にあった三国が合致した場所が現アスタリカ帝国です。それぞれ王国の特徴をある程度引き継いでいるみたいですよ」
 アルゼレアの方から解説が入る。彼女は昨日、観光地を調べていくうちに歴史が気になってしまって、調べ物が止まらなくなったんだって。勉強熱心だ。
「歴史遺産ならナヴェール神殿のほかに、リンネルの街並みと、ヴァレンシアの壁画が有名ですよ。あとは、三立の檻とかもありますけど」
 三立の檻。みりつのおりって読む。
「それは僕も聞いたことだけあるよ。でも今回はやめておこう」
 場所が遠いということもあったけど、その観光地はどちらかというとネガティブな歴史で作られた場所だ。あえて今日という日に行かなくても良いかなって思ったんだ。
 話し合いの末に僕らはバスに乗り込んだ。行き先はショップ街。国立図書館から南下した場所へと向かう。
 歴史の話を聞いたからか、バスの窓から眺める景色に思いを馳せていた。その昔の王様の時代には、この道を乗馬や馬車で行き来していたんだろうなぁと。別の国だったら戦争とかもあったのかな……とは、考えるのは中断だ。
「歴史の本も読んだりするの?」
「たまにですけど。気になることがあったら読みます」
 アルゼレアは本が好きだ。でもそういえば、彼女が読書家であるとは思ったことがない。どちらかというと本を運んでいる姿ばかり見ていて、読んでいるところはあまり見たことがなかった。図書館で出会う司書さんだから当然といえばそうだけど。
「普段はどんな本を読んでいるの?」
 聞けば意外にもロマンス小説を読むのが好きらしい。
「読むのは早い方?」
 どうでしょう、と困っている。だったらきっと僕が読むより相当早いはず。
「最近のオススメは?」
 いくつか本を教えてもらったけど。実は僕から聞いておいて、そんなに興味を持てなかった。だからアルゼレアから質問返しが来たら若干身構えてしまった。
「フォルクスさんはどんな本を読まれますか?」
 正直に答えるべきだと思って話す。
「僕はあんまり読まないかな。文字を読むのが遅いんだよね。あと、数ページ読んだだけで眠たくなっちゃう」
 本屋巡りは好きだし、本を買うのも好きだし、図書館で毎回本を借りては返しているんだけど。実は最後まで読めた本がほんの数冊だってことは話しても大丈夫なんだろうか。
「あ、医療系の専門書はちょっとずつなら読むよ」
 それだって数ヶ月もかけて要所要所をさらっただけなんだけどね。でも嘘はついていないしセーフかな。……そうだ。僕がさっき読んでいた本は映画の原作本だった。
「あとは原作派ってほどでも無いんだけど。映画になった作品を読むかな」
「私も文庫版が好きです」
「うんうん。一度映像で触れているから読みやすいし。映画を二回観るより安くて良いかなって」
 ひとりで照れ笑いをした僕だった。調子良く回ろうとしていた会話が急に静かになったのをひしひしと感じた。照れ笑いだってだんだんと苦笑いになっていく。
 アルゼレアが作り笑いを添えてくれないことが悪いんじゃない。ボロを見せてしまった僕のせい。「安くて良いかなって」が、さすがにダメだったよね。失敗した。
「フォルクスさんってそんなに本が好きじゃないんですね」
 本好きの彼女の一言は余計に冷たく感じる。
「そういうわけではないんだけど……」
 アルゼレアは自分のカバンをギュッと抱きしめたまま、窓の外に目を向けてしまった。他の話題を話そうにも、バスは早くてそろそろ目的地に着く。
 だからここではもう二人黙ったままでやり過ごすしかなかった。……いや、大丈夫だ。まだまだ取り返せる。午後にもまだなっていないんだから。



(((次話は明日17時に投稿します

Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

処理中です...