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永遠の別れでは無いので一向に構いません
しおりを挟むその日の夕食後。
「少しお時間を頂いてもよろしいかしら?」
私から言わせて欲しいとウベルト様にお願いしていたので全員が揃っている今、例の話しを切り出すことにした。
「……」
まだ何も言っていないのに、どこか不安そうな顔でアンジェロがこちらをじっと見つめている。聡い子だから、私がこれから何を言うつもりなのかをすでに感じ取っているのかも知れないわね。
「あら、どうしたの?」
一方、何も知らないジュリア様とチェーリアは首を傾げている。
「実はーー」
次の行き先が決まったので近いうちに出発するということ、アンジェロはこの家にこのまま居させて欲しいということ。全てを話した。
「まあ!嬉しいわ!チェーリアはどう?」
「もちろん、私も大歓迎よ」
ジュリア様とチェーリアの反応は良好ね。後はアンジェロがどんな反応をするかだわ。
「アンジェロ君、どうかな?」
ガタッ
「勝手に決めるなんて酷いよっ!」
少し緊張した面持ちでウベルト様がアンジェロに問いかけると、アンジェロは荒々しく椅子から立ち上がって勢いよく部屋を飛び出して行ってしまった。ウベルト様はただ呆然としている。
「アンジェロ!」
追いかけなければと慌てて立ち上がった私の腕をルベルが掴んで止めた。
「ここはお任せ下さい」
「えっ!?でも……」
ルベルとアンジェロは仲が悪いわけでは無いけれど、特に親しいというわけでも無い。急にどんな風の吹きまわしなの?
「お願いします」
疑問には思ったけれど、ルベルがいつになく真剣な顔をしていたので断るという選択肢は無くなってしまった。
「あなたを信じるわ」
「ありがとうございます」
恭しく一礼すると、ルベルはアンジェロを追って部屋を出て行った。私はそれを見送ってから椅子にまた座り直す。
「どうして彼が?君が行かなくて大丈夫なのかい?」
私達の様子を見ていたウベルト様が心配そうな顔でおろおろしながら尋ねる。
「きっと何か考えがあるのだと思います。信じて待ちましょう」
「……うん、そうだね。君がそう言うなら」
まだまだ心配そうではあるけれど一応私の言葉に納得してくれたようで、ウベルト様は気分を落ち着かせようと思ったのかお茶を飲んでいる。
私の大切な弟をルベルが傷つけるはずがないもの。大丈夫、よね?
バタンッ ガチャッ
「はぁー」
自分の部屋に入ってドアを閉めてから鍵を閉め、そのままドアに寄りかかって溜め息を吐く。
本当は外に飛び出してしまいたい気分だったけど、こんな時間に一人で外に出てまた拐われたりしたらまたみんなに迷惑かけちゃうから、結局自分の部屋に来た。
「ぐすんっ」
我慢していた涙が溢れてくる。
僕だけ置いて行くなんて酷い。しかも、僕の知らないところで勝手に決めたりして。
やっぱり僕って邪魔だったのかな?
暗い考えばかりがどんどん頭に浮かぶ。
「アンジェロ様」
「うわぁっ!」
いきなりルベルがドア越しに話しかけてきたので驚いてドアから少し距離を取った。
えっ?今、足音とか聞こえてたかな?全然気づかなかったんだけど。
「おや、ついクセで気配を消してしまいました。申し訳ありません」
「あっ、そうなんだね。僕こそ大げさに驚いてごめん」
驚いて大きな声を出してしまったのがなんだか恥ずかしい。それにしても、気配ってあんなに消せるものなんだ。初めて知った。すごいな。
「ドアを開けて頂けますか?」
「今は誰とも話したくないんだ。そっとしておいて」
「なるほど。わかりました」
ルベルはそう言ったから、これで諦めてくれるんだとてっきり僕は思った。
でも、それは勘違いだとすぐに気づかされる。
ガチャッ
「!?」
だって、鍵をかけていたのに何故かルベルは何事も無かったかのように普通にドアを開けて部屋の中に入って来たから。え?なんで?
「失礼します」
「……」
話したくないっていう僕の意見が思いっきり無視されちゃってるな。
「ああ、泣いていらっしゃったんですね。目が赤くなっています」
しかも、部屋に入って来たルベルは僕が泣いていたことをあっという間に見抜いた。
「っ見ないで!」
とっさに顔を隠そうとしてルベルに背を向ける。もう泣いていたことはバレているんだから無駄な抵抗かも知れないけど。
「アンジェロ様はどうやら思い違いをしていらっしゃるようですね。リヴィアンナ様はあなたを疎ましく思っているから連れて行かないわけではありません。むしろその逆、愛しているからこそあの決断をされたのです」
「どういうこと?」
「今日、リヴィアンナ様はウベルト様とあなたの今後について話し合われました。そして、ウベルト様がかつて幼かったアンジェロ様を引き取ろうとしていたことを知ったのです」
「えっ!?」
何それ。そんなの聞いたことないよ。
「母親と新しい家族と穏やかに暮らせる日々。そんな未来があなたには本来あったのだと知り、リヴィアンナ様は今からでもそうするべきだと思われたのでしょう。それは全て弟であるあなたの幸せを思えばこそ。これほど深く愛されているのですから、悲しむ必要などありませんよ。むしろ羨ましいくらいだ」
最後の言葉はぼそりと小さく呟かれた。お姉様に夢中なルベルらしいけど、ほの暗さを感じさせる目つきが怖すぎたので僕の前ではそういう愛の重さのアピールはやめて欲しかったな。
こういうことになりそうだと思っていたから、お姉様のいないところでルベルと二人きりになるのを実は今までなるべく避けていた。
「……僕が誤解してただけなんだね。勝手に思い込んで傷ついて部屋を飛び出したのが恥ずかしいよ。みんなに謝りたい」
「それなら一緒に皆さんのもとへ戻りましょう。皆さんあなたを待っていますから」
ルベルは僕に優しく微笑んでくれた。
二人だけでこんなに長く話すのは初めてだけど、思ったほど怖い人じゃないのかも。弟の僕にまで嫉妬するのはどうかと思うけどね。
お姉様が選んだ人なんだから、怖がらずにもっとたくさん話しておけばよかった。ちょっと後悔。
旅立つ前にもう少し話してみようかな。
「ルベルはさ、別に僕には全然興味無いでしょ?それなのにどうして優しくしてくれるの?」
「ふふっ、まだ子供だとばかり思っていましたが案外聡明なんですね。素晴らしい観察眼をお持ちだ」
「もう!子供扱いしないでよ!」
頬を膨らませてルベルを睨む。
あっ、いけない。多分こういうところを子供っぽいと思われてるんだ。
「すみません、質問に答えていませんでしたね。確かにあなた個人には何の興味もありませんし、弟としてリヴィアンナ様に愛されているのを恨めしく思うことすらあります。ですが、リヴィアンナ様が愛し慈しむものは私も出来れば大切にしたいので、アンジェロ様のこともリヴィアンナ様を害するようなことさえしなければ大切にしますよ」
「あははっ、ルベルは本当にお姉様のことが好きだね」
あまりにも明け透けに言うから思わず苦笑いしてしまう。答えはほぼ予想通りだったけど、これだけお姉様のことが好きだと信用出来るよね。
きっとこれからも、ルベルならお姉様を絶対に守ってくれる。
「私にとってリヴィアンナ様は、ただそばにいるだけで心を満たして下さるかけがえのない唯一無二の方ですから」
うっとりと幸せそうな表情でルベルはそう言った。
「……僕だってお姉様のこと大好きだもん。やっぱり離れるのは寂しいな」
お姉様が僕の為を思ってくれてるのはわかったけど、寂しいものは寂しいよ。家族と離れちゃうんだから。
「別に永遠の別れというわけでも無いでしょう。リヴィアンナ様はあなたを大切に思っていらっしゃるんですから、いずれまた会いに来ることは確実。しばしの別れをそこまで悲しまなくてもよろしいのでは?」
「じゃあ、そう言うルベルはもしお姉様としばらく離れることになったらどう思うの?」
ルベルの言葉にむきになってつい言い返してしまった。
「は?そんな状況になることはありえません」
「でも、もしも」
「ありえません。絶対に。何があっても」
僕の言葉を遮ったルベルは瞳孔が開いていて、今にも人の一人や二人は殺してしまいそうな恐ろしい顔をしていた。
「ひぅっ!ごめんなさい!」
神様、ルベルの圧力に屈した弱い僕をどうか許して下さい。情けないのはわかってるけど、怖すぎて無理です。
「わかって頂ければ結構です」
にっこりと満足そうに笑うとルベルはすぐにいつも通りに戻ったので一安心した。不用意にルベルを刺激するようなことを言ってはいけない。しっかり心に刻んだ。
「そろそろみんなのところに戻ろうか。ルベルと二人で話せて楽しかったよ」
なんだかルベルと仲良くなれたような気がして嬉しい。
「ありがとうございます。私もアンジェロ様とはちゃんとお話ししてみたいと常々思っていたので良い機会でした。では、行きましょう」
二人で廊下に出て、みんながいる部屋に向かって歩き出した。
「お姉様のことよろしくね」
離れても僕とお姉様が家族なのは変わらないし、永遠の別れでも無いんだってルベルがわからせてくれたから、この家に残るのを嫌だとはもう思わない。
「くすっ、もちろんです。言われるまでもなく心得ております」
「ルベルなら安心してお姉様を任せられるよ」
「アンジェロ様」
「なに?」
「リヴィアンナ様以外の人間のことはどうでもいい有象無象としか思えませんが、その中であなたを一番好ましく思っています」
「んふふっ、ありがとう。僕もルベルのこと結構好きだよ」
どうやら僕は、ルベルの中で有象無象のナンバーワンになったらしい。たぶん喜んでもいいこと、だよね?
応援ありがとうございます!
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