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反省してくれるなら一向に構いません

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 出発の日の朝。

 昨日まで連日雨が降り続いていたのが嘘のように晴れ渡る空の下で、寂しがりつつも温かく送り出してくれたアンジェロとチェーリアとジュリア様に手を振り、私とルベルはオリーヴァ家を後にした。

 それにしても、アンジェロがルベルと離れることもだいぶ惜しんでいたから驚いたわ。二人はそれほど仲が良くないと思っていたのに、いつの間に仲良くなったのかしら?不思議ね。

 アンジェロのことは、亡くなった息子にそっくりな孤児を見つけたジュリア様にどうしてもと頼み込まれて引き取ったということにする、とウベルト様が言っていた。息子を亡くして悲しみに暮れていた母親に訪れた奇跡的な出会い。きっと、とても感動的な話しとして周りに受け入れられることでしょう。

 ちなみに、ウベルト様の国境の近くまで送って貰うといいという親切な言葉に甘えて仕事に行くウベルト様の乗る馬車に私とルベルも同乗させて頂いたので、オリーヴァ商会に着くまではウベルト様とお話しをしていた。



 そして、ウベルト様と別れた今。

「「……」」    

 とある理由で私とルベルの間には気まずい空気が流れている。結局、それは馬車が目的地に到着するまで続いた。

「さあ、着きましたよ」

 御者の声を聞き、ルベルが先に荷物を持って馬車を降りて私に手を差し出した。

「お手をどうぞ」

「ありがとう」

 お礼を言ったものの、目は合わせず足元だけを見て降りた。当然よ。私は怒っているんだから。

「それでは、良い旅を!」

「ありがとうございました。あなたもお気をつけて」

 笑顔で挨拶をしてくれた御者に手を振り別れを告げると、そのまま馬車は走り去っていった。

 近くにはもう誰もいないし、これでやっと二人きりね。

 ルベルの方を見ると、旅をするのに手ぶらでいては不審に思われるから、とあえて持ち運んでいた荷物を影の中に入れていた。

「ねぇ、私に何か言わなければいけないことがあるんじゃない?」

 キッとルベルを睨んで問い詰める。御者に聞かせるわけにはいかない話しだったから馬車の中では何も言えなかったけれど、今なら思う存分言えるわ。

「申し訳ありませんでした……」

 言い訳もせず、しょんぼりと落ち込んだ顔で弱々しく素直に謝るルベルを見ても、珍しくまだ許す気にはなれなかった。こんな顔をされるといつもならついつい許してしまうけれど、今回ばかりはそうもいかないみたい。

「あのね、ルベル。こういう大切なことはちゃんと教えておいて貰わないと、何かあった時に対処出来ないかも知れないから困るのよ。次からは今回みたいに何かしたら必ず私にも報告して。いいわね?」

「はい。わかりました」 

「絶対よ?それにしても、あんなことを一体いつしていたの?」

 実は、先ほど馬車の中でウベルト様から聞いたとある話しに私が怒っている原因はあった。

「アントーニア家を出る為にお二人が荷造りをしていた間にです。どうしても、あの王子を甘やかして野放しにしていた国王と王妃が許せなくて……。つい、王宮に忍び込んで国王が部屋に隠していた酒にワラウタケの粉末を大量に入れて、王妃が使っている化粧品には皮膚から吸収されるタイプの毒を混ぜてしまいました」

 ルベルは照れくさそうな顔をしながらそう言った。

 何故照れくさそうにしているのかわからないし、明らかに『つい』でやっていいことの範疇を越えている。

 ワラウタケというのは食べると一定期間笑いが止まらなくなることで知られている有名なキノコで、笑いが止まらなくなる以外には特に害が無く、食べても死んだりすることは無い。でも、だからって大量に摂取していいわけじゃないのよ。

「私とアンジェロが荷造りをしている間になんてことをしているの!ウベルト様から世間話として最近のヴェルデについて聞かされた私がどれだけ驚いたか、あなたわかる?」

「すみません。深く反省しております」

 命を奪ったわけでは無いから報告しなくていいとでも思ったのかしら?全く。あれは、あらかじめ伝えておいて欲しかったわ。



『なんでも、国王が一週間笑いが止まらなくなって死にかけたり、王妃は顔の皮膚が酷く爛れて部屋に引きこもったり、国内のあちこちで魔物が増えたりと最近のヴェルデは散々らしい。それで、この一連の騒動は王家に恨みを持つアントーニア公爵家の祟りだと噂されているみたいなんだ。君達は生きているから全く関係無いっていうのに迷惑な話しだよね』

 知り合いの商人から聞いた話しだ、と言ってウベルト様が馬車の中で何気なくその話しをした時。

 まさかと思いつつ反射的にルベルの方をちらりと見ると、視線をすーっと明後日の方に反らすといういかにも怪しい反応をしたので、確実にルベルが関わっているのだと私は悟ってしまった。まあ、魔物が増えたことだけはさすがに違うと思うけれど。だって、人間が魔物を操ったりすることは出来ないはずだもの。

 その後は、内心ルベルがちゃんと報告してくれなかったことに少し腹を立てながら、動揺していると知られないように気をつけてウベルト様と話しを続けていた。二人きりになったら、絶対に問い詰めようと思っていたわ。



「隠し事をするなんて酷いじゃない。私、傷ついたわ」

 腕を組んで、ふんっと顔を横に反らす。

 王族に危害を加えるなんて大それたことをしたくせに私に言ってくれなかったことが寂しかったから。もう反省してくれているのはわかっているけれど、ちょっとした仕返しとしてルベルを困らせたくなった。

 こんな態度を取れば、少しは困ってくれる?
 
「っっ!隠し事なんて、そんなつもりじゃなかったんです!ただ、あいつらのことをあなたにこれ以上考えて欲しく無かっただけで……」

「きゃっ」

 ルベルが突然勢いよくギュウッと強い力で抱きついてきたので、驚いて小さく悲鳴を上げてしまった。

「嫌いになりましたか?」

 今にも泣き出しそうな顔でそう言ったルベルは、私の肩にすりすりと頭を擦り付けてきた。

 ああ、なんて可愛らしいのかしら。こんなに過剰に反応するとは思わなかったわ。

「うふふっ、ごめんなさい。ほんの少し、仕返しとして困らせようと思っただけよ。本当はそこまで怒ったり傷ついたりしていないの。だから、そんな顔をしないで。嫌いになんてならないから」

 頬を優しく両手で包み込んで目を合わせれば、さっきまで泣き出しそうだったのが嘘のようにルベルはうっとりと甘えるような顔をした。

「本当ですか?」

「もちろん。どこかの誰かさんと違って、私は正直だもの」

「意地悪なことを言わないで下さい。もう隠し事なんてしないとあなたに誓いますから」

「神様じゃなくて私に?」

 こういう時は普通、神様に誓うのに。

「そんなものは信じていないし、俺にとってはあなたの方がずっと何よりも大切な存在なので。いけませんか?」

「す、好きにしたらいいわ!別にいけないことではないもの」

 真剣な顔でそんなことを言うから、恥ずかしくてルベルの頬から手を離した。私、今絶対に顔が赤くなっているわ。だって、頬が熱く火照っているのを感じるもの。

「リヴ……」

 今度はルベルが私の頬に手で触れて、ゆっくりと顔を近づけてきたからますます恥ずかしくなったけれど、そっと目を閉じた。

 したいなら、すればいいわ。ルベルになら、いつこういうことをされても嫌じゃない。むしろ嬉しいから。

 そう思って身構えていたのに、お互いの吐息が伝わるほど顔が近づいたところでルベルは急にぴたりと止まって動かなくなってしまった。

 気になって目を開けると、何故かルベルはとても険しい顔で一点を見つめていて、いつの間に魔法を使ったのか私とルベルの周りには結界まで張られている。

「どうし」

 キィンッ カランッ

 どうしたの?と言おうとした瞬間。

 私とルベルの方に向かって鈍く銀色に光る何かが飛んで来て、結界に弾き飛ばされた。離れた場所に落ちたそれを改めて見て、飛んできた物がナイフだったのだと気づいた私は、思わずルベルの服を強く握り締める。

「大丈夫です。必ず守りますから」

 力強くそう言ったルベルが私の頭を優しく撫でてくれたから、不安は一瞬で消え失せた。

 そうよね。ルベルなら何があっても必ず守ってくれるわ。大丈夫。今までも、ずっとそうだったじゃない。

 ガサガサガサッ

「!!」

 何かが茂みを掻き分けてこちらに近づいて来る音が聞こえると、ルベルはまた険しい顔をしてそちらを睨んだ。

「あー、やっぱり当たんなかったか。よお、ルベリウス。久しぶりだな!」
  
 すると、茂みの中から一人の男性が現れて、ルベルに明るく笑顔で話しかけてきた。

 
 え?この人がナイフを投げてきたのよね?それにしてはずいぶん親しげだけど、ルベルの知り合いなのかしら?
 

 
 
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