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プロローグ
原点
しおりを挟む――城が燃えている。草原に死体が積みあがっている。
空からは黒い雨が降り、兵士は疲弊しきっていた。
絢爛豪華な調度品が無残に焼け落ちていくその城に、男が二人。壁に背を預け、死を目前にした男がこの国の王だ。国王は腕の中のものを大事そうに抱えた。――赤子であった。
「約束してくれ。この子を必ず守ると――」
「……なぜ敵国の兵士である私に、子を託す?」
赤子を抱く敗戦国の王に、帝国陸軍特攻隊のバルドロイ准将は問う。
たった今、滅んだこの国はバルカ。その国王テセウス・ハンニバル・バルカは血を吐きながら笑った。
「貴様が、私を見て涙を流すからだ」
「……」
バルドロイはその時初めて自分の頬に涙が流れていることを知った。
「頼む。――もうこれ以上、過ちを繰り返してはならない」
「……」
バルドロイはその言葉に歯を噛みしめた。
テセウス国王の声はまるで子供に言い聞かせるように穏やかだった。
(なぜ、あなたのような名君が――――)
悔しい。
バルドロイは敵本陣を落とした名誉を得たばかりであったが、その胸には虚しさと身を焼くほど行き場のない怒り、そして無力さが残った。
テセウス国王の腕が震える。もう赤子を抱きしめておくだけの力もないようだ。おそらくもう目も見えていないのだろう。美しい青い瞳が宙を泳いでは瞼に隠れることを繰り返している。
バルドロイは拳銃を床に置いて赤子を抱きかかえた。
「この子の、名は?」
赤子はバルドロイの腕の中でスヤスヤと眠っている。
「この子の名前は、ブラン・ハンニバル・バルカ。バルカ王国玉座の唯一の後継者であり、―――― “すべてを喰らう者”」
街が崩れていく。
国王がゆっくりと目を閉じ、最後の息を吐きだした。
バルドロイはそれを見届け、数多の死体を踏み越えながら崩落する城を脱出した。全てが燃え尽きた草原に立ち、バルドロイはただ涙を流す他なかった。
死者456万、負傷者3700万。バルカ王国の4分の1の国土が焼かれ、王家と7家紋の貴族が滅亡した。この戦争が始まって以来、地獄は3年に渡りついに終戦である。
血にまみれた頬を伝い、涙が赤子の肌に落ちる。ゆっくりと開かれた小さな瞼から、美しい水色の瞳が現れた。
「お前の名前はブラン。今日から私の息子だ——。」
――これはすべてを失った少年が、“すべてを喰らう”物語である。
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