77 / 207
第71羽 すれ違い
しおりを挟む思わず目に入ったミルに向かって駆け出しそうになるのを我慢する。
腰に届きそうな黄金色の髪を作業の邪魔にならないように縛っている。視線は真剣でとても横から声をかけられるようなものでもない。
……彼女は今薬を作るのに集中しているようです。邪魔しないでおきましょう。
「どうかしたのか?」
ここで声をかけてきたのがログさん。その気遣いセンスで私の僅かな異変にも気づいたよう。でも今はうれしくないです。
「いえ、なんでもないですよ」
「そうか?」
「…………」
とっさに嘘をついてしまった。自分でもどうしてかはわかりません。訝かしげな様子ながらも視線を前に戻し、静かに薬を作っている様子を見守っています。
ここにいる全員が固唾をのんで視線を集中させている。それはそうでしょう。人の生死が関わっているのですから。
一拍おいて思考に冷静さが戻る。そもそもここで声をかけるのが間違いなのではないでしょうか。
通常、人は人として人生を送った方が幸せです。彼女は元々お母様に連れ去られて私達の巣にやって来ました。命が助かったとは言え、決して望ましい状態ではなかったはず。
彼女は無事に人間の文化圏に戻って来れたのです。怪我があるわけでも、辛そうでもありません。ならば余計な事はすべきではない。寂しいですがこれが本来の姿。それに縁があるのならまた会えます。一度巣に帰れば、その後は人間の文化圏を巡るつもりなので。その時に声をかければ良いでしょう。
なぜ彼女が巣から出られているのか、この大陸にいるのか。わからない事だらけですが、声をかけないと決めた以上彼女の口から聞くことはできません。
しかし、彼女が単独で人の住む場所までたどり着くことは不可能です。少なくとも私と対峙したときはそうでした。お母様か、はたまた他の誰かが手を貸したのか。ともかく無事で良かった。お母様も生きていることは確定しています。
弟妹達も無事だと文句なしですね。お母様がいるのでそこまで不安視していませんが、荒れ狂っているという事実は気になります。ミルがここにいることに関係があるのでしょうか。しかしお母様には「失せ物探し」なる魔法があったはず。見失うとは思えません。
でも私は探しに来て貰えていませんし……。効果範囲があるのでしょうか?前にも思いましたが見捨てられたのだったら泣いてしまうかも知れません……。
そんなとりとめもないことを考えているうちにも作業は進んでいく。
それにしてもミルはこの状況で薬を作るのを任されるほどの腕前だったのですね。お手伝いさんにテキパキと指示を出して手際が良い。彼女は村のおばあさんに教えられたと言っていました。彼女の才能と努力とその教えのおかげでしょうね。
「できた!!」
そこでミルの喜びの声が響いた。どうやら完成して用です。
近くのベットに寝かされているガードさんに今完成したばかりの薬を持っていく。灰色になって固まってしまった肌が悲壮感を煽る。しかしそれもこれまで。薬が効くのなら治ります。
ミルが立った反対には祈るように女性と小さな男の子が。ガードさんの奥さんと子供です。事件があった初日は悲しみに暮れていたそうです。私が目覚めてお見舞いに行ったときもその場にいました。
それほどに家族に愛されていたガードさん。その彼の額に、ミルが作った薬が一滴。
真剣な表情で推移を見守るミル。伴って空気が張り詰める。
そして――――薬が落ちた場所から肌色が広がっていった。
「すごい……!!」「これは……!!」「いけるか!?」
肌色が全身に広がって目が開く。
「あれ……?ここは……?」
「あなた!!」「パパ!!」
「おまえたちか?どうしたんだ?」
「体は!?なんともない!?」
奥さんの言葉にベットの上で体を確かめるように動かす。
「あ、ああ。全く問題ないが?」
未だ状況が良くわかっていないガードさんはそう答えた。
これは……成功だ!!ぱっと見、後遺症もなさそうです。文句なしの大成功。見守っていた冒険者の方達も喜びに沸いています。
「やった!!」「上手くいたぞ!!」「すげえな嬢ちゃん!!」
「よかったぁ……」
当の本人は胸をなで下ろしています。緊張していたのでしょう。よくぞやってくれました。
「良くやってくれたの。これで石になったもの達を元に戻せるわい。ありがとう」
報告を受けてやって来たのか、ギルドマスターがミルに労いの言葉をかけています。後はギルドマスターが上手くやってくれるでしょう。
家族の再会に水を差すのもなんです。私は邪魔しないでおきましょう。
喜びに沸く皆を背に私は退出した。
「ふう……」
ドアを閉めれば部屋の中の喧噪が嘘のように静かになった。業務に必要最低限の人数を除いて全員があの場に集まっていたのでしょうね。
誰もいない廊下を歩いて行く。
良かった。ガードさんはちゃんと元の戻りましたしミルも無事で、薬師として腕を振るっていた。ミルの姿が見られたのは偶然でしたが一つ悩みが消えました。石になった人たちは皆元に戻るでしょう。
もうこの街で思い残すことはありませんね。
「なあ……」
そこで正面から歩いて来ていた少年から声をかけられました。歳はミルと同じくらいでしょうか?目鼻立ちは整っていて髪は焦げ茶色。瞳はきれいな黒です。
「どこかで会ったことないか?」
「え~と、あなたは?」
「あ、悪い。俺はリヒト」
「私はメルと呼ばれています」
う~ん。リヒトという名前に心当たりはありません。彼の容姿は幼さを若干残しながらも結構目立つ方なので、一度話したらなかなか忘れられるものではありません。なのに私は覚えてない。従って私と彼は会ったことがないということ。つまり……。
「これは……ナンパというやつですか?」
「ぶっ!?ち、違うって!!ホントに既視感があったから!!」
会ったことがないのに「会ったことある?」と聞くのは私の知識の中では該当するのがこれしかなかったので。驚いて吹き出してしまった様子からナンパの意図は本当になさそうですが……。
う~ん……。そう言われれば既視感があるような気がしなくもない……、まあ気のせいですね。
「今会ったのが初めてだと思います。ほら」
そう言って背中から翼を出す。
「これ、見たことないでしょう?」
「……確かにそんなきれいな翼見たことない」
すぐに翼をしまってジトッとした目を彼に送った。
「ホントにナンパじゃないんですか?」
「ち、違うって!!今のはつい……!!」
ワタワタと慌てている彼を見てため息をこぼす。嘘はついていない様子。ついと言うことは本心と言うこと。まあ――
「褒められて悪い気はしません。ありがとうございます」
感謝を伝えれば彼はピシリと固まって、「俺用事があるんでッ!!」といって私が来た方へ風の様に駆けていってしまった。何だったんでしょうか……。
彼が消えていった方を呆然と見ていると今度は別の人がやって来た。
「メル!!」
「フ、フレイさん!?」
それは必死な形相のフレイさんだった。どうしたのでしょうか……?まさか、ガードさんになにか!?
私が焦燥感に駆られている間にガシリと肩を掴まれた。
「酷いじゃないか!なにも言わずに出て行こうとするなんて!」
「へ?」
「……ん?」
「…………」
「…………」
予想外の言葉に思わず声をもらせば、フレイさんもなにか違和感に気づいた様子。顔を見合わせ双方が疑問符を浮かべている。
つまり……どういうことだってばよ?
24
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる