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第54羽 1人目は?
しおりを挟む午前の修行を孤児院で終え、午後からは私が使っている岩場の修行場所に向かった。
ヴィネアさんと戦った場所ですね。
「それではミルさん、魔術の修行を始めましょう」
「はい! よろしくお願いします、先生!」
ピシッと手を挙げて返事をするミル。その姿に思わずクスリと笑みがこぼれる。
「じゃあ魔術について簡単に説明しますね。魔術っていうのは――――」
――――少女説明中。
「ふんふん。つまり魔法と違って陣が必要。でも発動が簡単で素早くて、再現性も高い。代わりに自由度が少ないって感じなんだね」
「その通りです。あとは効果の維持も簡単ですね。陣さえ作ってしまえば、魔力を送るだけで発動し続けます」
魔術はことわざみたいなもの。
『猿も木から落ちる』と言えば、これだけでなにが言いたいか一瞬でわかる。けれど、似た状況でしか有効には使えない。
魔術はできることは限られているけれど、即した場面ならこの上なく有効に作用する。
魔法は言葉そのもの。
『どんな達人だろうと、ミスをすることはある。例えば――』といった風にあらゆる状況を説明できるけど、時間がかかるし、詳しく説明しようとすると難しい。できることが多い分、迷いが生まれる。
魔法はできることに限りがないけど、その都度最適な答えを"作らなくては"ならない。
事前に準備をしておく魔術と、その場での対応が求められる魔法。
どちらが好みかは人によりますが、断然私は魔術派ですね。
「へ~、すごい便利なんだね。……でも、なんで広まってないんだろう」
「そ、それは師匠がこの世界に広めようとしなかったからですよ!」
嘘じゃないですから……! 広めたのは別の世界ですから!
「そっか。つまり秘匿された技術ってことなんだね……」
ミルは一瞬思案し、すぐに目を輝かせて手を取ってきた。
「貴重な技術は冒険者にとっては生命線なのに……、そんなすごい技術を教えてもらえるなんて、あたしすごく嬉しい! 本当にありがとう!」
「い、いえ、気にしないでください。師匠も気にしないと思うので……」
「そっか……。でもメルの大切な技術を教わるのに、あたしが最初ってちょっと申し訳ないな~……なんて」
「ふふ、そんなこと気にする必要はないのに、ミルさんは謙虚ですね。でも安心してください。ミルさんは2人目ですよ」
「え」
「ミルさんは2人目ですよ?」
1人目はフレイさんですね。出立前夜に教えを請われて、陣を形成するところまでは教えました。
その後、基本の陣と、少し難しい応用、それから簡単な解説を手記にまとめて渡しました。伝えたのは火属性のものばかり。
小さな陣を、紙に焼き付けて見本として渡したので、時間はそれほどかかりませんでしたが……次に会うときには、もう使いこなしているかもしれませんね。
「あたしは……2人目の女……?」
「ミルさん? ぼうっとしてどうしたんですか?」
「……ううん、なんでもないよ」
何かを振り払うように首を横に振ったミルの顔には、ほんのりと複雑な色が浮かんでいた。
「じゃあ実際に陣を作ってみましょう。私が見本を見せるので、それを覚えて形を作ってください」
「う、うん」
魔力が流れ出し、手元に幾何学的な白の陣を形作る。
「《白陣:壁盾》」
ミルは陣の形状を真似をして、外に出した魔力を手元で固定していく。
やはり最初は難しいのか眉を寄せて苦心している。
ミルが作った陣は大まかな形ができているものの、ところどころ歪んでしまっている。
これでは効果を発動することはできません。
「う、く……」
「焦らないで。ゆっくりで大丈夫です。ミルさんは魔法が使えるので、必ずできます。最初は大まかな形から。徐々にきれいに整えていきましょう」
「……うん!」
そしておよそ2時間。
白く輝く盾の魔術が、ミルの手元に出来上がっていた。
「やった……! できたよ、メル! ありがとう!」
喜びのあまり飛び跳ねたミルは、その勢いのまま抱きついてきた。
「……おっと。ふふ、おめでとうございます。元から魔法が使えたとは言え、補助なしでこの早さはすごいですよ」
「補助? メルはその補助を使っていたの?」
「そうですね、私は――――」
師匠が『準備していたブツがもう少しで届くからな』と、あのとき用意してくれていたもの。
「粘土を使いました」
「粘土? 粘土って……あの?」
「そうです。でもただの粘土ではありません。魔力を通す特別な粘土です」
「魔力を通す……。そんなやり方もあるんだね」
粘土をこねて、陣の形を作りながら魔力を込める。
そうすることで粘土が型になり、魔力がそれに沿って陣を作る。私はそうやって魔術の練習をしました。
粘土ありで魔術を発動できるようになるのに一年。それから粘土無しで魔術を使えるようになるのに……、まあ、師匠には見せることができませんでした。それは大きな心残りです……。
「まだまだいけるよ! 次はどんな魔術に挑戦するの?」
「しばらくは盾の魔術を素早く発動できるようになりましょう。まずは身を守ることからですよ?」
「……そうだった」
近接戦闘の訓練でもミルに教えているのは護身術です。まずは生き残ることが重要、攻撃はその後です。
最強の護身術は敵を作らないこと。その次が逃げること。そして身を守る手段を身につけることは、その後だと言われているくらいですからね。
危険な相手ならまず生き残って時間を稼ぐことが重要です。格上相手に運良く勝てるほど世の中甘くはありません。
ミルは魔法が攻撃手段として存在するので、防御主体で時間を稼ぎつつ、魔法で攻撃して牽制するように行ってあります。声が届くなら、必ず私が助けに向かいますので。
その後はひたすら盾の魔術を発動する練習を行った。魔力がなくなりヘトヘトになったミルが地面に転がっている。
反射的に使えるようになるのが目標ですが、それでも発動はかなり早くなりました。ミルは筋が良いですね。
あ、そうそう。
未だ荒くなった息を抑えようとしているミルに近づいた。
「はいこれ、プレゼントです」
「これは…………本?」
「そうです。魔術についてまとめられた本です」
「そんなものがあるの!?」
「ええ、師匠が残してくれました」
「え、そんなものもらえないよ! これはメルのために書かれたものでしょ!?」
「安心してください。それは写本なんですよ。それに全てを写しているわけではないので、読み終わったら教えて下さいね。続きを渡します」
……実のところ、本物はもう手元にはありません。当時はアイテムストレージがなかったので、転生の際に持ち越すことはできませんでしたからね。
あるのは、記憶の中だけです。
「わかった。ありがとう! 大事にするね!」
ミルはその本を、壊れ物でも扱うように、そっと胸に抱いた。
そして次の日の朝――
「あの……ミル?」
「……はい」
「昨日、寝ました?」
「寝てません……」
現れたミルは明らかに眠そうだった。
何やってるんですか!?
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