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トランザ国 国王の執務室にて
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「ようやくだったな」
トランザ国の国王は、執務室で手紙を読み終えた。机の上にあるのは、二通。一通は息子であるワーレ。もう一通はパーソンズ伯爵家で侍女をしているアンネからだった。
王はずっと控えていた宰相に手紙を渡した。
それから椅子から立ち上がって、壁にかかっている女帝と5人の夫たちの肖像画を眺めた。
「王の思惑通り、事が運んでよかったですね」
宰相が、二通の手紙を読み終えてこうつぶやいた。
「私の思惑通り? そう思うか? はっはっはっ」
王はさもおかしそうに笑いながら、眺めていた肖像画からくるりと宰相の方に顔を向けた。
宰相は王の顔に唖然とした。笑っていたからてっきり喜んでいるものとばかりと思っていたのだが、王の顔は笑い顔とは程遠いものだった。
「ワーレ王太子は、フェロメナ嬢を手に入れたんですよね。努力が実って良かったではないのですか?」
「まあな。フェロメナ嬢が、ワーレを選んでくれて余分な心配がなくなったのには安心した」
「余分な心配ですか?」
「ああ。なあ、ここまでこの国を大きくしたエレメル女帝はすごいと思わないか?」
「そうですね。夫たちが皆それぞれ才能を発揮してくれたおかげですね」
「そうだな。でも5人の夫たちが、それぞれの分野で才能を発揮するなんて奇跡だと思わないか?」
「そうですね。まあそんな奇跡があったからこそ、この国が大国にまでのし上がったのですよね。本当に奇跡としか言いようがありませんね」
「奇跡だったらな」
王は、それ以上何も言わずまた机に向かい、仕事を始めた。宰相も、ワーレ王太子と未来の皇太子妃を出迎える準備のために、さきほどの王の言葉を気にしながらもそそくさと執務室を出て行った。
王は、宰相が出て行ったのを確認して、机の中から鍵を取り出した。
おもむろに立ち上がり壁にかかっている肖像画の前に立った。肖像画を少しだけ動かすときに、前を向いているはずの女帝と目が合った気がした。自然に体がぶるっと震えた。少しだけ動かすと、鍵穴があり机の引き出しから取り出した鍵を差し込んだ。すると、肖像画が動いて奥に棚が見えた。
その棚には、一冊の日記しか入っていなかった。王は、その棚から日記を取り出した。これは肖像画に描かれている女帝が書いた日記だった。
王は、机に向かい少し震える手で日記を読み始めた。
日記を読み進めるうちに頭と目が急に疲れた気がして、目頭を押さえた。首も動かす。やっとのことで読み終えた王は、先ほどの手順でまた日記を元に戻した。ただ先ほどと違うのは、あまりに手が震えていて、鍵穴に鍵がうまく入らなかったことだ。
日記をしまった後には深いため息が出た。何回読み返しても、男の自分には怖いとしか言いようがない。この日記は将来、女帝と同じ能力を持つフェロメナ嬢に託されるのだが、女性としてはどういう感想を持つのだろうか。聞いてみたいような聞きたくないような。まあ自分は絶対に聞くことはできないだろうなと思ってはいるが。
日記の最初のページにはこう記されていた。
私の血を受け継ぐものに、この日記を託す。
日記にははじめこそ他愛のない日常生活が書かれていたが、ある日を境に、がらっと様子が変わっていった。まるで自分自身の観察日記のようなものへと。
そして最後にこう記されていた。
私の能力は、王以外の者には誰でも番になれる能力だと言ってほしい。しかしこの能力を受け継ぐものが出たら、この日記を見せてほしい。
女帝の本当の能力。それは誰でも番になれるというより、自分の思ったことを相手に無意識にさせる能力だ。女帝は、この国を豊かにするために夫たちを選んでいった。そして夫たちが持つそれぞれの才能を、この国が豊かになるように使わせた。夫たちは、まさか自分たちが操られているとも思わずに、国のために尽くした。
フェロメナも同じ能力を受け継いでいる。
彼女が初めてその能力を発揮したのは、お茶会だ。フェロメナは、はじめこそ自分に群がっていた男の子たちが、かわいい女の子たちに行ってしまったのが無意識のうちに許せなかった。そして無意識に能力を使い、自分に意識を向けようとしたが、能力の使い方がうまくできずに、男の子たちは喧嘩を始めてしまった。
そしてフェロメナは、その喧嘩と自分の怪我に驚いて、これまた無意識に救いを求めた。それが幼馴染のリチャーズだった。またフェロメナは、過去の経験から番というものに嫌悪していた。だからこそ婚約者となったリチャーズには、無意識に『冷静さ』を求めた。
しかし女心は複雑だ。冷静さを求めながらも自分だけを見てくれる唯一を求めはじめた。そう思いはじめたところにちょうど隣国からワーレがやってきた。ワーレには、素の自分を見せてほしいと無意識に願った。
ワーレは、フェロメナの無意識の欲求にこたえるべく、王太子としてではない飾らない自分をフェロメナに見せていった。もちろんフェロメナの前にだけ素の自分を見せることができると思い込んだワーレは、フェロメナに惹かれていく。
また長年フェロメナから無意識とはいえ、力を使われていたリチャーズはなかなか呪縛が解けない。フェロメナは、リチャーズの『冷静さ』に心惹かれなくなっていたのにもかかわらず。しかし真の番ができたのだ。いつか解けるのを待つしかない。
これがすべてフェロメナが、無意識にやっている能力のせいだとは誰一人として気づかない。
フェロメナに渡すように言ったあのピンクの薬は、本当は白い薬と何ら変わりがない。いくら飲んでもフェロミナには、効果がない。
しかし国王は、自分の息子であり唯一の王太子であるワーレに持って行かせた。それは、フェロメナの行動を見極めるため。もしフェロメナがワーレを使い、国家を揺るがすような行動をするようならワーレもろとも切り捨てる覚悟だった。あの能力は、恐ろしすぎる。もしこの国に手に入れることができるのならいいが、他国に渡ればどうなるかわからない。それにあの能力は決して公にできるものではない。
フェロメナには、ぜひワーレにだけ愛情を注いでほしい。そしてワーレにこの国をよくするように働きかけてほしい。王は切に願った。
おわり
いままでありがとうございました。
トランザ国の国王は、執務室で手紙を読み終えた。机の上にあるのは、二通。一通は息子であるワーレ。もう一通はパーソンズ伯爵家で侍女をしているアンネからだった。
王はずっと控えていた宰相に手紙を渡した。
それから椅子から立ち上がって、壁にかかっている女帝と5人の夫たちの肖像画を眺めた。
「王の思惑通り、事が運んでよかったですね」
宰相が、二通の手紙を読み終えてこうつぶやいた。
「私の思惑通り? そう思うか? はっはっはっ」
王はさもおかしそうに笑いながら、眺めていた肖像画からくるりと宰相の方に顔を向けた。
宰相は王の顔に唖然とした。笑っていたからてっきり喜んでいるものとばかりと思っていたのだが、王の顔は笑い顔とは程遠いものだった。
「ワーレ王太子は、フェロメナ嬢を手に入れたんですよね。努力が実って良かったではないのですか?」
「まあな。フェロメナ嬢が、ワーレを選んでくれて余分な心配がなくなったのには安心した」
「余分な心配ですか?」
「ああ。なあ、ここまでこの国を大きくしたエレメル女帝はすごいと思わないか?」
「そうですね。夫たちが皆それぞれ才能を発揮してくれたおかげですね」
「そうだな。でも5人の夫たちが、それぞれの分野で才能を発揮するなんて奇跡だと思わないか?」
「そうですね。まあそんな奇跡があったからこそ、この国が大国にまでのし上がったのですよね。本当に奇跡としか言いようがありませんね」
「奇跡だったらな」
王は、それ以上何も言わずまた机に向かい、仕事を始めた。宰相も、ワーレ王太子と未来の皇太子妃を出迎える準備のために、さきほどの王の言葉を気にしながらもそそくさと執務室を出て行った。
王は、宰相が出て行ったのを確認して、机の中から鍵を取り出した。
おもむろに立ち上がり壁にかかっている肖像画の前に立った。肖像画を少しだけ動かすときに、前を向いているはずの女帝と目が合った気がした。自然に体がぶるっと震えた。少しだけ動かすと、鍵穴があり机の引き出しから取り出した鍵を差し込んだ。すると、肖像画が動いて奥に棚が見えた。
その棚には、一冊の日記しか入っていなかった。王は、その棚から日記を取り出した。これは肖像画に描かれている女帝が書いた日記だった。
王は、机に向かい少し震える手で日記を読み始めた。
日記を読み進めるうちに頭と目が急に疲れた気がして、目頭を押さえた。首も動かす。やっとのことで読み終えた王は、先ほどの手順でまた日記を元に戻した。ただ先ほどと違うのは、あまりに手が震えていて、鍵穴に鍵がうまく入らなかったことだ。
日記をしまった後には深いため息が出た。何回読み返しても、男の自分には怖いとしか言いようがない。この日記は将来、女帝と同じ能力を持つフェロメナ嬢に託されるのだが、女性としてはどういう感想を持つのだろうか。聞いてみたいような聞きたくないような。まあ自分は絶対に聞くことはできないだろうなと思ってはいるが。
日記の最初のページにはこう記されていた。
私の血を受け継ぐものに、この日記を託す。
日記にははじめこそ他愛のない日常生活が書かれていたが、ある日を境に、がらっと様子が変わっていった。まるで自分自身の観察日記のようなものへと。
そして最後にこう記されていた。
私の能力は、王以外の者には誰でも番になれる能力だと言ってほしい。しかしこの能力を受け継ぐものが出たら、この日記を見せてほしい。
女帝の本当の能力。それは誰でも番になれるというより、自分の思ったことを相手に無意識にさせる能力だ。女帝は、この国を豊かにするために夫たちを選んでいった。そして夫たちが持つそれぞれの才能を、この国が豊かになるように使わせた。夫たちは、まさか自分たちが操られているとも思わずに、国のために尽くした。
フェロメナも同じ能力を受け継いでいる。
彼女が初めてその能力を発揮したのは、お茶会だ。フェロメナは、はじめこそ自分に群がっていた男の子たちが、かわいい女の子たちに行ってしまったのが無意識のうちに許せなかった。そして無意識に能力を使い、自分に意識を向けようとしたが、能力の使い方がうまくできずに、男の子たちは喧嘩を始めてしまった。
そしてフェロメナは、その喧嘩と自分の怪我に驚いて、これまた無意識に救いを求めた。それが幼馴染のリチャーズだった。またフェロメナは、過去の経験から番というものに嫌悪していた。だからこそ婚約者となったリチャーズには、無意識に『冷静さ』を求めた。
しかし女心は複雑だ。冷静さを求めながらも自分だけを見てくれる唯一を求めはじめた。そう思いはじめたところにちょうど隣国からワーレがやってきた。ワーレには、素の自分を見せてほしいと無意識に願った。
ワーレは、フェロメナの無意識の欲求にこたえるべく、王太子としてではない飾らない自分をフェロメナに見せていった。もちろんフェロメナの前にだけ素の自分を見せることができると思い込んだワーレは、フェロメナに惹かれていく。
また長年フェロメナから無意識とはいえ、力を使われていたリチャーズはなかなか呪縛が解けない。フェロメナは、リチャーズの『冷静さ』に心惹かれなくなっていたのにもかかわらず。しかし真の番ができたのだ。いつか解けるのを待つしかない。
これがすべてフェロメナが、無意識にやっている能力のせいだとは誰一人として気づかない。
フェロメナに渡すように言ったあのピンクの薬は、本当は白い薬と何ら変わりがない。いくら飲んでもフェロミナには、効果がない。
しかし国王は、自分の息子であり唯一の王太子であるワーレに持って行かせた。それは、フェロメナの行動を見極めるため。もしフェロメナがワーレを使い、国家を揺るがすような行動をするようならワーレもろとも切り捨てる覚悟だった。あの能力は、恐ろしすぎる。もしこの国に手に入れることができるのならいいが、他国に渡ればどうなるかわからない。それにあの能力は決して公にできるものではない。
フェロメナには、ぜひワーレにだけ愛情を注いでほしい。そしてワーレにこの国をよくするように働きかけてほしい。王は切に願った。
おわり
いままでありがとうございました。
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