かん子の小さな願い

にいるず

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かん子のある日

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 3月のとある日曜日。

 朝から太陽が顔を出し、昨日までのお天気とは一変春のような陽気に包まれている。こんなに暖かくさわやかな休日の朝、気分はさぞいいだろう。
 コーヒーをのんびり飲むのもよし、日頃の疲れをとるためにベッドの中でまどろむのもよし。

 そんないいお天気の朝9時から、籐乃かん子は車を運転していた。母親とその仲間達を会場まで送るために。

 かん子の母親は趣味で踊りをやっている。どうも近所に人に誘われたらしい。

 踊りといっても演歌に振付をして、なんだか派手な着物で踊るというもの。かん子は母親が家で演歌をバックに踊りを踊っている姿を見たとき、何をしているんだろうと呆れてみてしまった。
 普段は近くの公民館で仲間たちとサークル活動のようにやっているのだが、介護施設などにも慰問に行くようになった。しかも結構喜ばれているらしい。
 年一回は、他のサークルとホールを貸し切って披露までする。

 今日はその大事なお披露会だ。車の中のおばさんたちは、披露するための小道具や着物やその他やらいっぱい持って車に乗り込んでいる。

 かん子は、今日その送迎というありがたくもない大役を仰せつかったのだ。車の中には、かん子の他にはにぎやかとはとてもいいがたいほどのさわがしい3人のおばさん達。
 ひとりはかん子の母親、あとの二人はかん子の母親のお友達であるおばさん達。一人が口を開けば、もう止まらない。
 せめて好きな曲を聴きながら、運転でも思ったのに・・・・。

 「ねえ知ってる?佐和子さんとこの息子さん、3月からこちらに戻ってきてるんですってよ」

 「そう~?いままではどちらにいらっしゃったのかしら?」

 「なんでもアメリカのどっからしいわよ」

 「エリートよねえ。確かかん子ちゃんと同じ中学校じゃなっかったかしら?」

 かん子は、アメリカのどっか発言に一瞬吹きそうになってしまった。

 確かにどっかだろうけど。そこに突っ込みを入れずに、そのままスルーしているのにもあきれたのだが。と急に、かん子の名前がでてきたのにはびっくりした。

 (いったい何の話なの?)

 かん子が一人考えていると、いくら待っても返事が返ってこないのがわかったのか、かん子の母親がいった。


 「かん子!いっしょに踊りをやっている佐和子さんの息子さんでかん子より一つ下よ。名前は『朝居 正也』さんというのよ」

 かん子はいろいろ思い出そうとしてみたが、この名前に覚えがない。自分の学年の子でさえ、皆覚えているかといえばろくに自信がないのに、一つ下となると完璧なまでに自信がない。 
 かん子は、皆が自分の返事を待ってるだろうと思い返事をしようとした。しかしおばさんたちは、どうやらかん子の返事は待っていなかったようだ。というより、もう他の話になっている。 
 かん子は、おばさん達のパワーに、めまいがしそうだった。

 かん子には、もう一人兄弟がいる。二つ上の兄しかも今家にいる。
 なのにどうしてかん子が送迎に選ばれたのか。それはかん子が暇だから、それが一番の理由だ。

 かん子は、今年大学院を卒業し4月からは社会人だ。すったもんだの末、やっと決まったのだ。やはりというべきかコネでゲットした。
 しかも母親のこのサークル仲間の紹介で。なぜか母親は、今いる仲間には内緒にしているが。

 4月から行く会社は、誰が聞いても名前を知っている優良大企業。よくぞはいれたと大学院仲間が、びっくりしたのは当たり前。
 当の本人かん子でさえ母親に、ここに面接に行けと言われた時には正直ドッキリかと思ったほどだ。

 籐乃かん子は、難関女子高、難関女子大学、大学院を出たものの、大学院で遅まきながら自分を知ってしまった。
 父親の影響か文学の研究者になりたいという夢を持ってはいたが、大学院で自分の実力を知るにつれ、それは夢だということに気づいてしまった。
 そこで就職しようということにしたのだが、いざ就職をしようにも就職活動はままならず、どうしようかと思っていた矢先とんでもない話が舞い込んできたのだ。
 
 あの母親から。
 かん子の母親はよくいえばマイペース、悪く言えば世間知らずの一言に尽きる。自分の父親も大学教授、自分の夫も大学教授、その息子は容姿端麗、頭脳明晰、かん子から見れば性格はちょっと残念な人だが、就職は両親になんの迷惑もかけずに決めてしまった。
 だからかかん子の就職活動もなんの心配もしていなかった。というより何にも考えていなかったというほうが、正しいであろう。
 まあ当のかん子自身ちゃんと考えていたのかといえば、母親といい勝負だったのであるが。
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