千文字小説百物騙

凪司工房

文字の大きさ
53 / 100
第六乃段

二千字の迷宮・前編

しおりを挟む
「私が入山清秋いりやませいしゅうを殺したのです」

 入山は昨年末に自殺した小説家だ。それを四月の今頃になって自分が殺ったと出頭してきた。久慈は眠い目をこすりつつ、改めてその女、岸野笑美きしのえみを見る。
 小豆色あずきいろ作務衣姿さむえすがたの彼女は髪を後ろできつく縛り上げ、化粧気のない顔に眼鏡を掛けた地味な女だ。印象としては入山のところで世話係として働いていた太田ふみに似ている。ただそのふみは入山が亡くなる一月ほど前に病死していた。

「入山さんについては服毒自殺を図ったというのが我々の見解ですが、あなたが彼を殺したというのはその毒薬を手に入れて使った、ということですか?」

 事件発生当初、自殺と他殺両面から捜査が行われた。しかし毒薬も入山自身が購入し遺書が残されていたこと、一週間ほど前から部屋の整理が行われ当日の人払いもされていたことから、警察は自殺と判断した。

「これを読めば、分かります」
「こちらは?」
「入山の遺稿です。私が預かっていました」

 笑美が封筒から取り出したのは手書きの原稿用紙だった。確かに入山清秋とサインがある。

「読ませてもらっても宜しいですか?」

 久慈は原稿を受け取り、ぺらぺらと捲る。枚数そのものは多くない。十枚程度だ。ただ字の癖が強く、随分ずいぶんと読み辛い。

    ※

 薄暗い納屋の中で私はずつと其の時を待つていたのです。窓を押し上げて眺め遣れば山の稜線が光を放ち、朝日が昇ろうとしていました。其れを目にして私は、何故彼女が陽の昇るのを見みながらの死と云うものを選んだのか、しかすると此の美しさの内で果てる事に意味を見出しているのであろうか、と思つた次第です。手許には彼女より託された毒薬、其れに私が用意した灯油と燐寸マッチが有りました。
 手に吹き掛ける息は闇の中でも充分な白さを保つているようでした。其の白さと温もりに、私は生きているのだと云う事を唐突に思い知らされ、自分達の考えの恐ろしくもまた何と愚かな事か、幾らふみさんの親に認めてもらえない我が身でも、で一緒になろう等とは早まつた考えでは無かつたのかと思つたのです。
 果たして、軽い音で木戸は叩かれました。私は其の音にいささか軽薄さを感じて、どうにも開ける事を戸惑つていましたら開けない内に二度、三度と強く叩かれるものですから、やおら立ち上がつて木戸を開けました。其処そこに立つていた彼女の母親が手にした洋灯で私の顔を照らし、彼女は口元をゆるめましたが、其の意味を私が知るのはずつと後の事に成るのです。
(続)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】追い詰められた悪役令嬢、崖の上からフライング・ハイ!

采火
ファンタジー
私、アニエス・ミュレーズは冤罪をかけられ、元婚約者である皇太子、義弟、騎士を連れた騎士団長、それから実の妹に追い詰められて、同じ日、同じ時間、同じ崖から転落死するという人生を繰り返している。 けれどそんな死に戻り人生も、今日でおしまい。 前世にはいなかった毒舌従者を連れ、アニエスの脱・死に戻り人生計画が始まる。 ※別サイトでも掲載中

その人事には理由がある

凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。 そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。 社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。 そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。 その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!? しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!

闇姫化伝

三塚 章
ファンタジー
荒ぶる神を和神(にぎがみ)に浄化する巫女、鹿子(かのこ)。彼女は、最近荒ぶる神の異変を感じていた。そんななか、行方不明になっていた先輩巫女柚木(ゆずき)と再会する。鹿子は喜ぶが……

処理中です...