千文字小説百物騙

凪司工房

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第六乃段

二千字の迷宮・後編

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 私はよく事情も説明されないままに大和田の家から放り出されました。ふみさんの事は何も教えてもらえず、結局彼女に会わないで私は実家へと舞い戻つたのです。つまり、私が彼女の、一人で自殺をしたと云う事を知つたのは、随分と後になつてからでした。
 其の命が消えてから一年余りの月日を経て訪れた大和田家の墓碑に彼女の名は有りませんでした。唯脇に彼女の名だけが記された小さな墓石が在つたのみです。
 思い立つた私は、其の足で大和田の屋敷を目指しました。勿論、不要に成つた私等、中に入れて呉れる筈が有りません。けれども二日三日、一週間と通う内に相手も観念したのか、お手伝いの女性が裏口から私を彼女の部屋へ案内して呉れました。其の部屋は扉を開けた途端にほこりが舞う有様で、正に物置として扱われ、彼女が生きていた頃の面影は何処にも見えません。それでも本棚は無事でした。私は其れを片つ端から読破してゆきました。
 ええ、其の通りなのです。入山清秋を生み出したのは彼女の死と、彼女が遺して呉れた此の文豪達の小説だつたのです。

    ※

 久慈は何度もその遺稿を読みながら、これが殺人の証拠だと言った岸野笑美の思考を考えていた。そこに景山が戻ってくる。

「どうだった?」
「編集部に確かめたところ確かに入山の字らしいです」

 そうか、と眉に皺を寄せる。

「それから実は岸野笑美ですが……」
「ゴーストライター?」

 入山は数年前から作品が書けなくなり、彼のファンで自作を持ち込んで読んでもらうほどだった岸野笑美がゴーストライターとして彼の作品を書いていたらしい。
 久慈は取調室に戻る。顔を上げた岸野笑美は彼を見て「どうでした」と尋ねた。

「編集部はあんたがゴーストライターと認めたそうだ。一つ訊きたいんだが、あんたはどんなつもりであの遺稿を書いたんだ?」
「私が先生を殺しました。ただそれだけです」
「作中では自殺したのはふみであり、その存在が入山を作家にしたと書かれている。だが現実は二人とも亡くなった。一体この物語のどこにあんたの役割があるんだ?」
「私は……入山清秋です」


 後日分かったのは、彼女は以前太田ふみと名乗り、作品をネットに投稿していたということだ。本物のふみは学生時代から入山の恋人であり、共に作家を目指した仲でもあった。

「最初は太田ふみになり、次は入山。今度は何になるつもりなんだろうな」

 久慈は遺稿を封筒に仕舞いながら、ゴーストにしかなれない女に憐れみを感じていた。
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