君と私の恋愛教室〜女性アレルギィの恋愛小説家と恋を知らない女性たち〜

凪司工房

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第二章 「ナチュラルに恋して」

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 原田はパソコンの画面を前に、落ち着かない気分を誤魔化ごまかそうと何度も適当にキーボードを叩いてみる。打ち出されたのは「いい加減にしてくれ」と「これは一体何の罰ゲームなんだ」という文章で、それが表示されては直ぐに削除するという作業を繰り返しているが、一向に彼の動悸は治まる気配がなかった。

「なあ」
「もうちょっと待って。洗い物終わらせちゃうから」

 振り返ると、右肩越しに覗き見えるオープンキッチンで、エプロンを着けた沖愛里おきあいりが昼食に使った茶碗や皿を洗っている。まるでもう一年くらい一緒に暮らしているかのような馴染みように、原田のチーズ入りのオムレツで満たされた胃袋がきりきりと痛んだ。

「その彼……涌井祐介わくいゆうすけ? にも、同じように駆けつけて同棲を始めたのか?」
「違うよ」

 腕まくりをした手を洗いながら愛里は答える。細い腕で、すっと伸びた柔らかそうな手から泡が洗い落とされた。

「そもそも、どうして恋愛を教えるのに僕の家にやってくる必要があるんだ」

 タオルで手をぬぐいながら彼女は原田の方にやってくる。真っ赤な爪が血液を想像させて、どうにもまともに見られなかった。

「だってただで教えてもらうのは悪いじゃん? だからご奉仕しつつ、センセに教えてもらおうと思って。アタシさ、こう見えても家事系得意なんだよ」

 袖を下ろしてエプロンを取ると、手早くそれを畳んで部屋の隅、彼女の大きなバッグが置かれたその上に載せた。露出ろしゅつを少なくして欲しいと頼んだら脹脛ふくらはぎまでをおおう黒のレギンスを履いてくれたが、ピンクと白のストライプになったスカートの丈は相変わらず短かった。

「それに、恋愛以外にも色々と教えてもらおうかなって」

 愛里は転がっていたブルーのバランスボールを持ってきて、原田から一メートルほど距離を取って座ると、じっと彼を見ながらにこにことする。

「僕が教えられることなんて、大半はネットか本に載ってるよ」
「書かないの?」
「何を?」
「小説。どんな風に書くのか、見せてよ」

 屈託くったくがない。という文字を画面に打ち込んで、その言葉を今後は恐怖の表現として使ってやろうかと考える。

「……小説なんて、僕に書ける訳がないんだ」

 ぼそりとつぶやいたが、愛里はクエスチョンマークを浮かべている。

「いや……あのさ、君」
「愛里」
「沖君さ」
「愛里って呼ばないとアンタが結城貴司ゆうきたかしセンセだってネットに書き込む」

 三秒だけ逡巡しゅんじゅんしたが、すぐに彼女の笑顔に屈した。

「あの、愛里さん」
「なぁに?」

 これ、と原田はプリントアウトしておいたものから一枚手に取ると、それを彼女の目の前に差し出す。

「恋愛教室の……始め方?」
「ああ。君のために一応考えておいた」

 愛里はそれを受け取ると、ずらりと箇条書きに書かれた項目を指差ししながら追っていたが、徐々に険しい表情にゆがんでいき、最後まで見終えると原田に視線を戻した。

「何これ」
「だから恋愛教室。恋愛っていうのは一般化が難しい。だから君専用の恋愛のステップを作ってみたんだよ」
「だからさぁ、アタシもう二十歳だよ? 子供じゃないんだよ? 何よこれ。相手を知る。名前を呼ぶ。自分を知ってもらう。手を繋ぐ。一緒に映画を見る……こんなのちっとも恋愛じゃない!」

 バランスボールの上で器用に飛び跳ねて見せたが、原田はそれに背を向けて続ける。

「子供でもできることなら教える必要ないだろ? 教えてもらいたいって言ったのはそっちなんだから、大人しく従えないのなら、さっさと帰ってくれていい」

 そこまで言うと愛里は黙り込む。
 あまりにも相手に主導権を握られているようだったから、これくらい強く言ってやった方が良いとは思ったが、ここまで効果があるとは思わなかった。
 原田は何も言わない彼女に、おもむろに視線を向けた。

「……わかってるよ。アタシ、まだガキなんだって」

 その大きな瞳から、涙がぼろぼろと落ちていく。

「けどさ、恋愛って学校とかで誰かが教えてくれる訳じゃないじゃん? どうやって始めるとか、続けるとか、終わるとか。そんなの分かんないんだよ!」
「だから僕がちゃんと教える。そう言っただろう?」
「でもこれ……アンタ、絶対適当に書いたでしょ」

 原田は苦笑を見せてから、もう一枚別のプリントアウトを彼女に渡す。

「今度はちゃんとしたのだよね?」
「いいから。それを持って……喫茶ブラウンシュガーに行ってきてよ」
「え?」
「君のバイト先にいるんだろ、その涌井祐介って男は」

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