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第三章 「恋心」
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原田が村瀬ナツコとの打ち合わせに出かけてしまい、愛里は夕食に何を作ろうかぼんやりと考えながら、スマートフォンを操作していた。
別に愛里だってアルバイトの件をそのままにしておいて良い、とは思っていなかった。ただ店に出かけるのは気が引けたし、電話を掛けて小田川さんが出たら何て説明すれば良いか分からない。
スマートフォンの写真のデータを覗くと、そこには僅か三ヶ月の間に撮り溜めた涌井祐介とのツーショットが沢山残されていた。祐介は時に笑顔、時に不満げで、それに対して愛里だけはいつも幸せそうにキラキラと笑っていた。
――幸せだった。
確かに涌井祐介は彼氏としてはあまり良い男ではなかったのかも知れない。けどそれでも愛里にとっては素敵な男性であり、彼氏だった。
ただ、こんな思い出をいつまでも残しておく訳にもいかない。
削除しよう。
そう決めて指を置こうとした時だ。
LINEの通知がある。涌井祐介からだった。
> この前は悪かった。
今更謝ってもらっても、愛里の中では既に終わらせた関係だった。
それでもその謝罪を皮切りに次々と送られてくる誠実な文面に、愛里は目を逸らすことができず、ずっと読んでしまう。
> 明後日バイト入ってるだろ?
> もし辞めるつもりなら言っておいてやるけど
返事をしても、良いのかな。
原田はさっさとアドレスやIDを削除するなり何なりして関わり合いにならないようにしておけ、と言っていたけれど、まだ手付かずのままだった。
確かにアルバイトの件はどうにかしなければならないし、逆にこれは良い機会かも知れない。
そう考えて「お願い」と返信をする。
涌井はすぐ返事を送ってきて、
> やっと答えてくれた
> 細かい手続きとかあるから
> 明日、直接会わないか?
そこから続け様にメッセージが届く。
愛里は時刻や場所の相談をしてから、最後にこう付け加えておいた。
> 言っとくけど、もう新しい人と付き合ってるから
部屋の主である原田貴明は、結局夕方になっても戻ってこなかった。
愛里はLINEで少し出かけると送っておいて、彼から貰った合鍵を手にマンションを出る。一応夕食はテーブルの上にラップをして置いておいた。冬だし、暫くそのままでも大丈夫だろう。ただクリームシチューだけはレンジでいいから温めて食べてとメモを残しておいた。
原田のグレィのダウンジャケットを借りてきたが、前にも一度借りたから文句は言われないだろう。愛里には一回りほど大きくて、着ていると何だか安心できる。
駅には仕事帰りの人が沢山いて、それと逆行するように列を進んで改札を潜った。
涌井祐介と同棲していた頃は仕事帰りにはいつも乗っていた電車だったが、数日訪れなかっただけでもう懐かしさを感じた。
灰色のボディに朱色のラインが引かれた車両が金切り音をさせてホームに滑り込んでくる。ドアが開くと背中を押されるようにして乗り込むが、入り口付近に立っているだけで精一杯で、とても座るなんて無理だ。小柄な愛里はスーツの男性たちに潰されそうになりながらも、動き出した電車の揺れに耐えていた。
彼氏がいない。
その事実が不意に体を覆い、急に周りの男性たちの視線が恐くなった。
別に愛里だってアルバイトの件をそのままにしておいて良い、とは思っていなかった。ただ店に出かけるのは気が引けたし、電話を掛けて小田川さんが出たら何て説明すれば良いか分からない。
スマートフォンの写真のデータを覗くと、そこには僅か三ヶ月の間に撮り溜めた涌井祐介とのツーショットが沢山残されていた。祐介は時に笑顔、時に不満げで、それに対して愛里だけはいつも幸せそうにキラキラと笑っていた。
――幸せだった。
確かに涌井祐介は彼氏としてはあまり良い男ではなかったのかも知れない。けどそれでも愛里にとっては素敵な男性であり、彼氏だった。
ただ、こんな思い出をいつまでも残しておく訳にもいかない。
削除しよう。
そう決めて指を置こうとした時だ。
LINEの通知がある。涌井祐介からだった。
> この前は悪かった。
今更謝ってもらっても、愛里の中では既に終わらせた関係だった。
それでもその謝罪を皮切りに次々と送られてくる誠実な文面に、愛里は目を逸らすことができず、ずっと読んでしまう。
> 明後日バイト入ってるだろ?
> もし辞めるつもりなら言っておいてやるけど
返事をしても、良いのかな。
原田はさっさとアドレスやIDを削除するなり何なりして関わり合いにならないようにしておけ、と言っていたけれど、まだ手付かずのままだった。
確かにアルバイトの件はどうにかしなければならないし、逆にこれは良い機会かも知れない。
そう考えて「お願い」と返信をする。
涌井はすぐ返事を送ってきて、
> やっと答えてくれた
> 細かい手続きとかあるから
> 明日、直接会わないか?
そこから続け様にメッセージが届く。
愛里は時刻や場所の相談をしてから、最後にこう付け加えておいた。
> 言っとくけど、もう新しい人と付き合ってるから
部屋の主である原田貴明は、結局夕方になっても戻ってこなかった。
愛里はLINEで少し出かけると送っておいて、彼から貰った合鍵を手にマンションを出る。一応夕食はテーブルの上にラップをして置いておいた。冬だし、暫くそのままでも大丈夫だろう。ただクリームシチューだけはレンジでいいから温めて食べてとメモを残しておいた。
原田のグレィのダウンジャケットを借りてきたが、前にも一度借りたから文句は言われないだろう。愛里には一回りほど大きくて、着ていると何だか安心できる。
駅には仕事帰りの人が沢山いて、それと逆行するように列を進んで改札を潜った。
涌井祐介と同棲していた頃は仕事帰りにはいつも乗っていた電車だったが、数日訪れなかっただけでもう懐かしさを感じた。
灰色のボディに朱色のラインが引かれた車両が金切り音をさせてホームに滑り込んでくる。ドアが開くと背中を押されるようにして乗り込むが、入り口付近に立っているだけで精一杯で、とても座るなんて無理だ。小柄な愛里はスーツの男性たちに潰されそうになりながらも、動き出した電車の揺れに耐えていた。
彼氏がいない。
その事実が不意に体を覆い、急に周りの男性たちの視線が恐くなった。
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