29 / 88
第四章 「恋するフォーチュンクッキー」
3
しおりを挟む
駅を下りてからそのまま構内を進む。
平日の昼間なのにスカイタワーの見物客だろうか。外国語も飛び交っていたので観光のルートになっているのかも知れない。
原田は編集の村瀬ナツコから一度は見に行っておいて下さいと言われたけれど、タワー下の施設ですらまだ足を踏み入れたことがなかった。そういう意味では前を楽しげに歩く彼女たちのお陰で一つ宿題を消化できた、とも言える。
「こんなところに水族館があるのか?」
「作家センセの癖に何も知らないんだね。ほら」
そう言って愛里は自分のスマートフォンの画面を見せた。
スカイ水族館のホームページが表示されていて、今はマゼランペンギンがトップに表示されている。よく見れば『恋するペンギンたち』と題し、今から春に向けて恋の季節のピークを迎えるのだと書かれていた。
「このシングルの可哀想なペンギンが、センセだね」
大きな口を開けて笑った愛里だが、自分が失恋中なことをすっかり忘れているようだ。
「先生はどちらかといえばこちらの飼育員の人じゃない? だって恋をプロデュースする側だもの」
桜庭美樹は口元に笑みを浮かべてそう言うが、原田にはペンギンたちを飼育するのは難易度が高すぎる。寂しくなってウサギのように死んでしまうのかどうかは分からないが、どのペンギンも番にすることができず、水族館ごと閉鎖になってしまうんじゃないだろうか。
そんな想像をすると、何とか作家として仕事ができているものの、そうでなかったら今頃何をして暮らしていたのだろうかと、気分が塞いでしまった。
「センセ?」
「ああ、今行く」
「折角のデートなんだから、もっと笑いなよぉ」
そう言いながら顔に触れようとするから、原田は慌てて飛び退いた。
「ほれほれ。女子大生のもち肌だぞ」
「ちょっと愛里。なんでわたしなのよ」
彼女は桜庭美樹の手を掴んで、原田に近づける。
「遊んでないで、さっさと並んだ方がいいんじゃないのか?」
階段の先を見やると、既に人が列を成していた。
――だから人が多い場所は嫌なんだ。
そう口から漏れそうになるが、手を繋いで楽しげにステップを踏んでそちらに並びに行く二人を見ていると、これも良い経験か、と思い直した。
行列もそうだが、何より入場券を購入する列の混雑の方が原田の精神をすり減らした。前売り券を買っておけばこんなことに余計な時間を取られなくて済むのに、どうして前もって教えておいてくれなかったんだ。そう背中から文句を言ってやろうかと何度も思った。
それでも何とか無事に館内に入場できると、彼女たちは真っ先に大水槽の前に駆けていく。
「お、おい。ちょっと待ってくれって」
「センセ、さっさとしないと見られなくなるよ」
「何だって?」
左手の奥に駆けていく彼女らを追って人混みを掻き分けていくと、五メートルほど高さがあるだろうか。壁一面が水槽になっている。だがその前には子供を最前列にして、既に五十人以上の人だかりができていた。
腕章を巻いたツアーガイドがいるから旅行客の一団なのだろう。
愛里と美樹はその人群れの中を構わず進み、最前の子供たちと同じように目の前をエイやサメを見上げている。海水の中を再現しているのだろう。上から光が降り注ぎ、さながらダイビングでもしているかのような気分になれた。
水族館も悪くないじゃないか。
と一瞬だけ思ったが、
「あ、ごめんなさい」
自分の周りに女性客が増えてきたので、原田は慌ててその場を離れた。
平日の昼間なのにスカイタワーの見物客だろうか。外国語も飛び交っていたので観光のルートになっているのかも知れない。
原田は編集の村瀬ナツコから一度は見に行っておいて下さいと言われたけれど、タワー下の施設ですらまだ足を踏み入れたことがなかった。そういう意味では前を楽しげに歩く彼女たちのお陰で一つ宿題を消化できた、とも言える。
「こんなところに水族館があるのか?」
「作家センセの癖に何も知らないんだね。ほら」
そう言って愛里は自分のスマートフォンの画面を見せた。
スカイ水族館のホームページが表示されていて、今はマゼランペンギンがトップに表示されている。よく見れば『恋するペンギンたち』と題し、今から春に向けて恋の季節のピークを迎えるのだと書かれていた。
「このシングルの可哀想なペンギンが、センセだね」
大きな口を開けて笑った愛里だが、自分が失恋中なことをすっかり忘れているようだ。
「先生はどちらかといえばこちらの飼育員の人じゃない? だって恋をプロデュースする側だもの」
桜庭美樹は口元に笑みを浮かべてそう言うが、原田にはペンギンたちを飼育するのは難易度が高すぎる。寂しくなってウサギのように死んでしまうのかどうかは分からないが、どのペンギンも番にすることができず、水族館ごと閉鎖になってしまうんじゃないだろうか。
そんな想像をすると、何とか作家として仕事ができているものの、そうでなかったら今頃何をして暮らしていたのだろうかと、気分が塞いでしまった。
「センセ?」
「ああ、今行く」
「折角のデートなんだから、もっと笑いなよぉ」
そう言いながら顔に触れようとするから、原田は慌てて飛び退いた。
「ほれほれ。女子大生のもち肌だぞ」
「ちょっと愛里。なんでわたしなのよ」
彼女は桜庭美樹の手を掴んで、原田に近づける。
「遊んでないで、さっさと並んだ方がいいんじゃないのか?」
階段の先を見やると、既に人が列を成していた。
――だから人が多い場所は嫌なんだ。
そう口から漏れそうになるが、手を繋いで楽しげにステップを踏んでそちらに並びに行く二人を見ていると、これも良い経験か、と思い直した。
行列もそうだが、何より入場券を購入する列の混雑の方が原田の精神をすり減らした。前売り券を買っておけばこんなことに余計な時間を取られなくて済むのに、どうして前もって教えておいてくれなかったんだ。そう背中から文句を言ってやろうかと何度も思った。
それでも何とか無事に館内に入場できると、彼女たちは真っ先に大水槽の前に駆けていく。
「お、おい。ちょっと待ってくれって」
「センセ、さっさとしないと見られなくなるよ」
「何だって?」
左手の奥に駆けていく彼女らを追って人混みを掻き分けていくと、五メートルほど高さがあるだろうか。壁一面が水槽になっている。だがその前には子供を最前列にして、既に五十人以上の人だかりができていた。
腕章を巻いたツアーガイドがいるから旅行客の一団なのだろう。
愛里と美樹はその人群れの中を構わず進み、最前の子供たちと同じように目の前をエイやサメを見上げている。海水の中を再現しているのだろう。上から光が降り注ぎ、さながらダイビングでもしているかのような気分になれた。
水族館も悪くないじゃないか。
と一瞬だけ思ったが、
「あ、ごめんなさい」
自分の周りに女性客が増えてきたので、原田は慌ててその場を離れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる