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第四章 「恋するフォーチュンクッキー」
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机が三十ほど並んだ教室に、美樹は入った。
授業で使ってないから暫くは大丈夫だと言う。
「テスト期間中だから普段よりずっと静かなんですよ」
美樹はホットレモンティー、原田はホットコーヒーを、愛里はペットボトルの水を選んだ。もちろん温かいものではなく、普通に冷たいやつだ。お湯も売ってくれたらいいのに、と常々思うのだけれど、コンビニですら売られていないから商品にしてはいけない規則でもあるのかも知れない。
「先生はいつも取材とかどうされてるんですか?」
先に座った美樹が原田に尋ねるが彼はそれに苦笑を浮かべて見せると、
「僕はそういうのはあまり」
と答えてから、愛里を見てこう言った。
「ところで二人は高校からの関係なんだよね?」
「うん。同じクラスで同じ班になって」
「愛里の方から話しかけてきたんだよね」
「そうだっけ?」
「教科書忘れたとか、何とかで」
美樹は「覚えてない?」と訊いたが、記憶をほじくり返してもそんな思い出は見つからない。それよりも、休み時間になれば花柄のブックカバーを掛けた本を開いて一人でじっと読み耽っていた姿ばかりが思い出された。
「じゃあ、桜庭さんは愛里君のお姉さんとは面識はないの?」
また姉のことだ。
美樹は「話は聞いてますけど」と付け加えて、首を横に振った。
「あのさ、愛里君」
「センセ、そんなにアタシのお姉ちゃんに興味があるの?」
「興味というか、どんな人なのか気になってね」
――それが興味あるというんじゃないだろうか。
言ってやろうかと思ったが、何か真剣な眼差しだったので気分が削がれてしまった。
「どんなって、だから、アタシとは全然違うよ」
姉妹、として比べても同じ女性として比べても、誰もが姉を素晴らしい人間だと評価する。頭がよく、周囲への気配りもできて、何より愛里のようにすぐに泣いたり怒ったり、子供みたいな感情の変化を見せない。
「小さい頃からね、何でもよくできた姉だった。うちの母親、あ、こう言うとお姉ちゃんが怒るんだわ。あの人がね、ほんと外に男作っては家を空けるような女だったから、アタシもお姉ちゃんもそれぞれにどうすればいいか、考えたんだと思う」
姉は大人たちに対して「良い子」を演じることで、一方愛里は他人に依存することで、その歪な家庭を乗り切った。それが良かったかどうかは分からないけれど、少なくとも今のところはそれほど不幸な人生にはなっていないと、愛里は思っている。
姉の本音は、全然分からないけれど。
「愛里のお父さんて確か高校の先生じゃなかったっけ?」
「高校じゃないよ。大学教授」
「よく、そんな奥さん許してくれたね」
「許さなかったよ。ただ、自分と一度は結婚した女だから教育できると思ったんだろうね。怒鳴るとか叱るとかじゃなくて、まるで校長先生の眠くなる話みたいなのを、一晩中聞かせたりはしてたみたい。アタシもお姉ちゃんも、そんなのどうでも良かったから、先に寝たけどね」
原田は愛里の顔をまじまじと見ていた。
「ん? どうしたの?」
「いや。続けてくれ」
何か考え込むように口元に手をやったが、原田はじっと愛里が口を開くのを待った。
「こんな話しても全然楽しくないよ?」
「そうかも知れない。ただ、君にとってとても大事なことだと思うんだ」
原田はそう言って缶コーヒーを一口飲んでから、机の上に肘をついて右の頬を載せた。
授業で使ってないから暫くは大丈夫だと言う。
「テスト期間中だから普段よりずっと静かなんですよ」
美樹はホットレモンティー、原田はホットコーヒーを、愛里はペットボトルの水を選んだ。もちろん温かいものではなく、普通に冷たいやつだ。お湯も売ってくれたらいいのに、と常々思うのだけれど、コンビニですら売られていないから商品にしてはいけない規則でもあるのかも知れない。
「先生はいつも取材とかどうされてるんですか?」
先に座った美樹が原田に尋ねるが彼はそれに苦笑を浮かべて見せると、
「僕はそういうのはあまり」
と答えてから、愛里を見てこう言った。
「ところで二人は高校からの関係なんだよね?」
「うん。同じクラスで同じ班になって」
「愛里の方から話しかけてきたんだよね」
「そうだっけ?」
「教科書忘れたとか、何とかで」
美樹は「覚えてない?」と訊いたが、記憶をほじくり返してもそんな思い出は見つからない。それよりも、休み時間になれば花柄のブックカバーを掛けた本を開いて一人でじっと読み耽っていた姿ばかりが思い出された。
「じゃあ、桜庭さんは愛里君のお姉さんとは面識はないの?」
また姉のことだ。
美樹は「話は聞いてますけど」と付け加えて、首を横に振った。
「あのさ、愛里君」
「センセ、そんなにアタシのお姉ちゃんに興味があるの?」
「興味というか、どんな人なのか気になってね」
――それが興味あるというんじゃないだろうか。
言ってやろうかと思ったが、何か真剣な眼差しだったので気分が削がれてしまった。
「どんなって、だから、アタシとは全然違うよ」
姉妹、として比べても同じ女性として比べても、誰もが姉を素晴らしい人間だと評価する。頭がよく、周囲への気配りもできて、何より愛里のようにすぐに泣いたり怒ったり、子供みたいな感情の変化を見せない。
「小さい頃からね、何でもよくできた姉だった。うちの母親、あ、こう言うとお姉ちゃんが怒るんだわ。あの人がね、ほんと外に男作っては家を空けるような女だったから、アタシもお姉ちゃんもそれぞれにどうすればいいか、考えたんだと思う」
姉は大人たちに対して「良い子」を演じることで、一方愛里は他人に依存することで、その歪な家庭を乗り切った。それが良かったかどうかは分からないけれど、少なくとも今のところはそれほど不幸な人生にはなっていないと、愛里は思っている。
姉の本音は、全然分からないけれど。
「愛里のお父さんて確か高校の先生じゃなかったっけ?」
「高校じゃないよ。大学教授」
「よく、そんな奥さん許してくれたね」
「許さなかったよ。ただ、自分と一度は結婚した女だから教育できると思ったんだろうね。怒鳴るとか叱るとかじゃなくて、まるで校長先生の眠くなる話みたいなのを、一晩中聞かせたりはしてたみたい。アタシもお姉ちゃんも、そんなのどうでも良かったから、先に寝たけどね」
原田は愛里の顔をまじまじと見ていた。
「ん? どうしたの?」
「いや。続けてくれ」
何か考え込むように口元に手をやったが、原田はじっと愛里が口を開くのを待った。
「こんな話しても全然楽しくないよ?」
「そうかも知れない。ただ、君にとってとても大事なことだと思うんだ」
原田はそう言って缶コーヒーを一口飲んでから、机の上に肘をついて右の頬を載せた。
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