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第五章 「シーソーゲーム」
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原田貴明は珍しく前日の夜からパソコンに向かい続けていた。流石に目が霞んできて、どうにも集中力が続かない。
やはり無理はするものじゃないな、と思いつつ席を立つと、キッチンでマスクをしたままコーヒーを沸かしている彼女と目が合ってしまった。
「あのさ」
「ちょっと話させないで。センセに風邪移したくない。もしインフルだったらどうすんの」
インフルエンザだったら数日同室で寝ていた自分は確実に感染しているだろう、と文句を言いたくなったが、
「朝ご飯だけ準備して、病院行ってくるから」
そう言うと沸かし立てのコーヒーを原田のカップに注ぎ込んでから、それを渡してくれた。
「……うん」
大人しく受け取って、再びパソコンの前へと戻る。戻りながらもそっと様子を伺っていると、風邪の割にはてきぱきと動いて大根を刻んでは、秋刀魚の焼き具合を確かめていた。
椅子に座り、湯気を上げるコーヒーを口に含む。流石に熱かったが、それを無理やり呑み込むと眠りそうだった体に活が入る、ような気がした。目覚ましの効果なんてもう期待できないくらいカフェインに馴染んでしまっているけれど、おそらく煙草を咥えたり、靴の紐を右側から結ぶみたいなルーティーンと同じで、その行為をすることで何かスイッチが入るのだ。
モニタには修正した短編小説の原稿が映し出されていた。
一応この前の水族館や大学での彼女たちのやり取りを参考にして、不満を呈されたデート部分を大幅に改善したものだ。だがどうにもしっくりこない。そもそも何でこいつらはデートをしているんだ、と文句すら言いたくなった。
原田は溜息をついてから、サイドテーブルの上に目をやる。その一番上に一枚のプリントアウトがあった。もう一人の結城貴司からの返信内容を印刷したものだ。彼女はこの短編小説を「とてもあなたらしい」と評しつつも「つまらないけど」と付け加えていた。
それから数十行に渡り「そもそも恋愛小説とは」と、ハウツー本の如き講釈が書かれている。
それによると恋愛小説というのは「甘くてしょっぱいもの」らしい。ただ甘いだけでもいけないし、しょっぱいだけでも読まれない。登場する人物の気持ちがすれ違いながらも、そのもどかしさの中に「嬉しい部分のわかる」と「辛い部分のわかる」がないといけないのだそうだ。
原田はこれまで彼女の指示書通りに物語の展開を文章へと変えながら小説にしてきた。その経験の中である程度小説、特に恋愛小説というものについては分かったつもりでいた。
けれど彼女にしてみれば何一つ理解して書いていなかったのと同じだったらしい。
プリントアウトの末尾は、彼女のこんな言葉で締め括られていたのだ。
『あなたは恋愛小説よりも売れない純文学でも書いていた方がいい』
ただの純文学ではなく、売れないが重要らしい。
「センセ。まだお仕事する?」
「うん……もう少しだけ」
「じゃあ、アタシ先に出かけるから。ちゃんとご飯食べてね」
マスクの上の目が細くなったが、そんなに心配してもらわなくても一人でできるよ、という目線を送り、準備して出掛けていく彼女の背を見送った。流石に病院に行く時に厚化粧はしないようだ。それでもすっぴんは無理だからと、下地を作った後に軽くシャドウと口紅を引いていた。
愛里が出掛けてしまうと、急に部屋の温度が下がったように感じる。
余計な心配をせずに原稿に集中できるはずなのに、原田は所在なく空虚なキッチンに視線を向けてしまった。
やはり無理はするものじゃないな、と思いつつ席を立つと、キッチンでマスクをしたままコーヒーを沸かしている彼女と目が合ってしまった。
「あのさ」
「ちょっと話させないで。センセに風邪移したくない。もしインフルだったらどうすんの」
インフルエンザだったら数日同室で寝ていた自分は確実に感染しているだろう、と文句を言いたくなったが、
「朝ご飯だけ準備して、病院行ってくるから」
そう言うと沸かし立てのコーヒーを原田のカップに注ぎ込んでから、それを渡してくれた。
「……うん」
大人しく受け取って、再びパソコンの前へと戻る。戻りながらもそっと様子を伺っていると、風邪の割にはてきぱきと動いて大根を刻んでは、秋刀魚の焼き具合を確かめていた。
椅子に座り、湯気を上げるコーヒーを口に含む。流石に熱かったが、それを無理やり呑み込むと眠りそうだった体に活が入る、ような気がした。目覚ましの効果なんてもう期待できないくらいカフェインに馴染んでしまっているけれど、おそらく煙草を咥えたり、靴の紐を右側から結ぶみたいなルーティーンと同じで、その行為をすることで何かスイッチが入るのだ。
モニタには修正した短編小説の原稿が映し出されていた。
一応この前の水族館や大学での彼女たちのやり取りを参考にして、不満を呈されたデート部分を大幅に改善したものだ。だがどうにもしっくりこない。そもそも何でこいつらはデートをしているんだ、と文句すら言いたくなった。
原田は溜息をついてから、サイドテーブルの上に目をやる。その一番上に一枚のプリントアウトがあった。もう一人の結城貴司からの返信内容を印刷したものだ。彼女はこの短編小説を「とてもあなたらしい」と評しつつも「つまらないけど」と付け加えていた。
それから数十行に渡り「そもそも恋愛小説とは」と、ハウツー本の如き講釈が書かれている。
それによると恋愛小説というのは「甘くてしょっぱいもの」らしい。ただ甘いだけでもいけないし、しょっぱいだけでも読まれない。登場する人物の気持ちがすれ違いながらも、そのもどかしさの中に「嬉しい部分のわかる」と「辛い部分のわかる」がないといけないのだそうだ。
原田はこれまで彼女の指示書通りに物語の展開を文章へと変えながら小説にしてきた。その経験の中である程度小説、特に恋愛小説というものについては分かったつもりでいた。
けれど彼女にしてみれば何一つ理解して書いていなかったのと同じだったらしい。
プリントアウトの末尾は、彼女のこんな言葉で締め括られていたのだ。
『あなたは恋愛小説よりも売れない純文学でも書いていた方がいい』
ただの純文学ではなく、売れないが重要らしい。
「センセ。まだお仕事する?」
「うん……もう少しだけ」
「じゃあ、アタシ先に出かけるから。ちゃんとご飯食べてね」
マスクの上の目が細くなったが、そんなに心配してもらわなくても一人でできるよ、という目線を送り、準備して出掛けていく彼女の背を見送った。流石に病院に行く時に厚化粧はしないようだ。それでもすっぴんは無理だからと、下地を作った後に軽くシャドウと口紅を引いていた。
愛里が出掛けてしまうと、急に部屋の温度が下がったように感じる。
余計な心配をせずに原稿に集中できるはずなのに、原田は所在なく空虚なキッチンに視線を向けてしまった。
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