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第八章 「小さな恋の唄」
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テーブルの上には結局出前で注文した中華のオードブルが並んだ。
原田は担々麺を頼んだが、女性陣二人は蒸し鶏のサラダや焼売、スープにデザートまでと、結構な品数を選んでいた。
「先生すみません……朝から殆ど食べる暇がなくて」
「いや別にいいですよ。それより、そろそろ落ち着きました?」
話す前に何か食べさせてくれというので、原田の胃袋にはこうして辛味噌のよく馴染んだ太麺が収められた訳だ。
「テレビ、見ました?」
「少しなら」
そう答えた桜庭美樹は、村瀬ナツコの食べ残した小炒飯の残りを皿に取り分けている。
「先生のご家族のことまで取材されていたのには驚きました」
「あれね……言いたくはないんだけど、その、先生の親戚の方が情報源だそうよ」
村瀬ナツコは良い感じに溶け始めたオレンジアイスにスプーンを挿し入れながら原田を見た。
「確かに言わないでくれ、とは言っておきませんでしたが、こうもべらべら喋られるとは思いませんでしたよ」
原田の父親である原田貴生が著名な裸婦画家だということもあり、それはマスコミの格好の餌食となった。幼い頃に裸の女性が出入りしていたことなどがデフォルメして報じられ、いつの間にか原田は小さい頃から女性関係が派手だったという、何とも実物とかけ離れた人物像が作り出されてしまった。
「やはりあれってデマというか、かなり嘘が多いんですか?」
村瀬ナツコはアイスを口に入れてその冷たさに目元を顰めつつ、原田を見やる。
「あまり家族のことについては話していませんでしたけれど、普段の僕を見てて、テレビの原田貴明の方が本物だと信じる要素がありますか?」
「すみません。ただ、全部が嘘ということはないでしょうから、そう考えると、先生のことが分からなくなってしまって」
原田はコーヒーのお替りを入れると、溜息と共にそれを半分ほど飲み干す。
「迷惑も良いところですよ。確かに父親は裸婦画家で、家に知らない女性が出入りしていましたよ。でもそれが原因で女性関係が派手になるどころか、女性アレルギィになってしまったんです。逆ですよ。それこそ沖愛里みたいなこちらが倒れても勝手に接近してくる妙な女性でなければ、一緒になんて暮らせませんから」
不意に出た彼女の名前に、桜庭美樹が驚いて原田を見つめた。
「あ、いや、彼女みたいなのは特別だってことで、普通の女性なら……」
何だろう。
どうして言い訳なんてしているのだろう。
不思議な胸中の靄だった。
「そうですよ、村瀬さん。この通り、先生は女性に本当に免疫がない人みたいですから」
美樹は微笑して村瀬ナツコにそう言うと、空いた容器を重ね始める。
「そうなんですよね。本人を目の前にすれば報道が嘘だってすぐ分かるんですけど、ついテレビの画面を通すとそれが真実のように感じられてしまって……いけないって頭で否定しても、何故か信じたくなってしまうような魔力があるというか」
「テレビだけじゃないですよ。小説だってそうだ。フィクションですっていくら書いてあっても、人によっては自分の目で見たこと以上にそこに真実味を感じてくれる。だからこそ、僕たちは気をつけなければいけないんだ」
それは原田自身にも言い聞かせていた。今書こうとしている恋愛教室の最終巻。本当にあんな酷い展開を書いてしまってもいいのか、読者に読ませてもいいのか。原田は未だに迷っていた。
と、テーブルの上に置いた原田のスマートフォンが震える。
「……誰だ」
手に取って画面を見ると、叔父の名前だった。出てみる。
「はい、もしもし」
「ああ、貴明君。色々と大変なところ悪いんだけど、兄のことなんだ」
兄。つまり原田の父親だ。
「何ですか?」
「実は……倒れて病院に運ばれたそうだ。悪いんだが一緒に見舞いに行ってくれないだろうか。あと一時間くらいで東京駅に着くと思う」
面倒事は一つ一つ順番にやってきてはくれない。
原田は色々な言葉を呑み込んでから、叔父に返事をした。
原田は担々麺を頼んだが、女性陣二人は蒸し鶏のサラダや焼売、スープにデザートまでと、結構な品数を選んでいた。
「先生すみません……朝から殆ど食べる暇がなくて」
「いや別にいいですよ。それより、そろそろ落ち着きました?」
話す前に何か食べさせてくれというので、原田の胃袋にはこうして辛味噌のよく馴染んだ太麺が収められた訳だ。
「テレビ、見ました?」
「少しなら」
そう答えた桜庭美樹は、村瀬ナツコの食べ残した小炒飯の残りを皿に取り分けている。
「先生のご家族のことまで取材されていたのには驚きました」
「あれね……言いたくはないんだけど、その、先生の親戚の方が情報源だそうよ」
村瀬ナツコは良い感じに溶け始めたオレンジアイスにスプーンを挿し入れながら原田を見た。
「確かに言わないでくれ、とは言っておきませんでしたが、こうもべらべら喋られるとは思いませんでしたよ」
原田の父親である原田貴生が著名な裸婦画家だということもあり、それはマスコミの格好の餌食となった。幼い頃に裸の女性が出入りしていたことなどがデフォルメして報じられ、いつの間にか原田は小さい頃から女性関係が派手だったという、何とも実物とかけ離れた人物像が作り出されてしまった。
「やはりあれってデマというか、かなり嘘が多いんですか?」
村瀬ナツコはアイスを口に入れてその冷たさに目元を顰めつつ、原田を見やる。
「あまり家族のことについては話していませんでしたけれど、普段の僕を見てて、テレビの原田貴明の方が本物だと信じる要素がありますか?」
「すみません。ただ、全部が嘘ということはないでしょうから、そう考えると、先生のことが分からなくなってしまって」
原田はコーヒーのお替りを入れると、溜息と共にそれを半分ほど飲み干す。
「迷惑も良いところですよ。確かに父親は裸婦画家で、家に知らない女性が出入りしていましたよ。でもそれが原因で女性関係が派手になるどころか、女性アレルギィになってしまったんです。逆ですよ。それこそ沖愛里みたいなこちらが倒れても勝手に接近してくる妙な女性でなければ、一緒になんて暮らせませんから」
不意に出た彼女の名前に、桜庭美樹が驚いて原田を見つめた。
「あ、いや、彼女みたいなのは特別だってことで、普通の女性なら……」
何だろう。
どうして言い訳なんてしているのだろう。
不思議な胸中の靄だった。
「そうですよ、村瀬さん。この通り、先生は女性に本当に免疫がない人みたいですから」
美樹は微笑して村瀬ナツコにそう言うと、空いた容器を重ね始める。
「そうなんですよね。本人を目の前にすれば報道が嘘だってすぐ分かるんですけど、ついテレビの画面を通すとそれが真実のように感じられてしまって……いけないって頭で否定しても、何故か信じたくなってしまうような魔力があるというか」
「テレビだけじゃないですよ。小説だってそうだ。フィクションですっていくら書いてあっても、人によっては自分の目で見たこと以上にそこに真実味を感じてくれる。だからこそ、僕たちは気をつけなければいけないんだ」
それは原田自身にも言い聞かせていた。今書こうとしている恋愛教室の最終巻。本当にあんな酷い展開を書いてしまってもいいのか、読者に読ませてもいいのか。原田は未だに迷っていた。
と、テーブルの上に置いた原田のスマートフォンが震える。
「……誰だ」
手に取って画面を見ると、叔父の名前だった。出てみる。
「はい、もしもし」
「ああ、貴明君。色々と大変なところ悪いんだけど、兄のことなんだ」
兄。つまり原田の父親だ。
「何ですか?」
「実は……倒れて病院に運ばれたそうだ。悪いんだが一緒に見舞いに行ってくれないだろうか。あと一時間くらいで東京駅に着くと思う」
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