君と私の恋愛教室〜女性アレルギィの恋愛小説家と恋を知らない女性たち〜

凪司工房

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第八章 「小さな恋の唄」

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「愛里君?」

 原田は何度もそう呼びかけたけれど電話はすぐに切れてしまった。
 自分から掛け直してみたが通じない。LINEをしてみても今度は既読にすらならなくなった。
 完全に電源が切られてしまったようだ。
 そこに、インターフォンが鳴らされる。

「あの、桜庭です」
「あ、はい」

 慌てて玄関のオートロックを開けて部屋まで上がってきてもらったけれど、その桜庭美樹も何故か涙で目元がぐちゃぐちゃになっていた。

「どうしたんだ?」
「愛里が……涌井祐介に連れ去られたんです」

 どういうことなのだろう。
 今さっき電話していた彼女が泣いていたのは何か酷いことをされているからなのだろうか。

「すまないんだが、ちょっと詳しく事情を聞かせてもらえないかな」

 ティッシュを鼻頭に当てたままの桜庭美樹にそう言うと、

「その前にお水もらっても良いですか?」

 そう断ってから席を立った。


「それじゃあ最近の週刊誌騒動から愛里君が突然いなくなったことまで全部涌井祐介の仕業だったってこと?」
「分からないですけど、おそらくは」

 桜庭美樹の話はよくまとまっていて内容が理解し易かった。
 十分ほどで全てを話し終えると、ひとまず原田は警察に連絡をしようと固定電話の受話器を持ち上げる。
 だがそこで再びインターフォンが鳴らされた。
 桜庭美樹を見たが彼女は知らないと首を横に振る。
 原田は一旦受話器を置くと、インタフォンの応答に出た。

「はい……」
「やっと帰宅されたんですね。習志野です。今日はお話伺わせてもらえますよね?」

 声の主はこの前取材にやってきた記者だった。

「ひょっとして、わたしが付けられてたんですかね?」

 それは考えなかったが、タイミングからするとその可能性もあるだろう。

「すみません。今それどころじゃなくて」

 原田の正直な気持ちだ。
 今は自分のことで煩わされている場合じゃない。
 相手を無視し応答用の受話器を置こうとして、けれど唐突に目の前がひらめいたような感覚に陥る。原稿を書いている時にも稀に経験するのだけれど、バラバラだったものが急に一つに集まって道が拓ける瞬間があるのだ。そうなるとずっと進まなかった原稿が嘘のようにすらすらと書き進むことができる。

「あの……お話してもいいですよ」
「え?」

 相手の驚きが手に取るように伝わってきたが、逆にチャンスだと思って続ける。

「交換条件です。まずはそちらの情報源である涌井祐介の連絡先を教えて下さい」
「原田さん?」
「それから警察のツテはありますか? あるなら連絡して彼に少女が誘拐されていると通報して下さい」

 記者は続け様に原田が指図するものだから、話している内に「ちょっと待ってくれ!」と大きな声で遮ろうとする。だが構わずに原田は続ける。

「そして警察が向かっている間に、今から僕らと一緒に涌井祐介の勤務する店に同行して下さい。そこで彼と彼の店のやっていることを写真に収めて下さい。彼、あるいは彼の関係者は麻薬をやっています」
「あんた……」
「その代わりに結城貴司の謎と、原田貴明個人の情報については全てあなただけに提供します。悪い話じゃないでしょう?」
「先生?」

 桜庭美樹が心配そうに声を掛けたが、それを手で制して原田はもうひと押しする。

「まだ世間の誰も知らない、本当の結城貴司の秘密があるんです」
「……分かった。それで、まず何からすればいいんだ?」

 その返事に一瞬安堵あんどしたものの、原田は自分の頭の中で順番を整理し直すと、改めて「習志野順太ならしのじゅんた」と名乗った記者に対して警察に連絡を取るように言った。

「桜庭さん」
「はい?」
「君は一旦マンションに帰って、ご飯でも食べて落ち着いて連絡を待っててもらいたい。愛里君を助け出したら、君のところで暫く預かってもらうかも知れないから」
「先生のところじゃないんですか?」

 それに対して原田は頷くことはせずにただ寂しげな微笑を返すに留めた。

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