68 / 88
第八章 「小さな恋の唄」
6
しおりを挟む
「愛里君?」
原田は何度もそう呼びかけたけれど電話はすぐに切れてしまった。
自分から掛け直してみたが通じない。LINEをしてみても今度は既読にすらならなくなった。
完全に電源が切られてしまったようだ。
そこに、インターフォンが鳴らされる。
「あの、桜庭です」
「あ、はい」
慌てて玄関のオートロックを開けて部屋まで上がってきてもらったけれど、その桜庭美樹も何故か涙で目元がぐちゃぐちゃになっていた。
「どうしたんだ?」
「愛里が……涌井祐介に連れ去られたんです」
どういうことなのだろう。
今さっき電話していた彼女が泣いていたのは何か酷いことをされているからなのだろうか。
「すまないんだが、ちょっと詳しく事情を聞かせてもらえないかな」
ティッシュを鼻頭に当てたままの桜庭美樹にそう言うと、
「その前にお水もらっても良いですか?」
そう断ってから席を立った。
「それじゃあ最近の週刊誌騒動から愛里君が突然いなくなったことまで全部涌井祐介の仕業だったってこと?」
「分からないですけど、おそらくは」
桜庭美樹の話はよくまとまっていて内容が理解し易かった。
十分ほどで全てを話し終えると、ひとまず原田は警察に連絡をしようと固定電話の受話器を持ち上げる。
だがそこで再びインターフォンが鳴らされた。
桜庭美樹を見たが彼女は知らないと首を横に振る。
原田は一旦受話器を置くと、インタフォンの応答に出た。
「はい……」
「やっと帰宅されたんですね。習志野です。今日はお話伺わせてもらえますよね?」
声の主はこの前取材にやってきた記者だった。
「ひょっとして、わたしが付けられてたんですかね?」
それは考えなかったが、タイミングからするとその可能性もあるだろう。
「すみません。今それどころじゃなくて」
原田の正直な気持ちだ。
今は自分のことで煩わされている場合じゃない。
相手を無視し応答用の受話器を置こうとして、けれど唐突に目の前が閃いたような感覚に陥る。原稿を書いている時にも稀に経験するのだけれど、バラバラだったものが急に一つに集まって道が拓ける瞬間があるのだ。そうなるとずっと進まなかった原稿が嘘のようにすらすらと書き進むことができる。
「あの……お話してもいいですよ」
「え?」
相手の驚きが手に取るように伝わってきたが、逆にチャンスだと思って続ける。
「交換条件です。まずはそちらの情報源である涌井祐介の連絡先を教えて下さい」
「原田さん?」
「それから警察のツテはありますか? あるなら連絡して彼に少女が誘拐されていると通報して下さい」
記者は続け様に原田が指図するものだから、話している内に「ちょっと待ってくれ!」と大きな声で遮ろうとする。だが構わずに原田は続ける。
「そして警察が向かっている間に、今から僕らと一緒に涌井祐介の勤務する店に同行して下さい。そこで彼と彼の店のやっていることを写真に収めて下さい。彼、あるいは彼の関係者は麻薬をやっています」
「あんた……」
「その代わりに結城貴司の謎と、原田貴明個人の情報については全てあなただけに提供します。悪い話じゃないでしょう?」
「先生?」
桜庭美樹が心配そうに声を掛けたが、それを手で制して原田はもうひと押しする。
「まだ世間の誰も知らない、本当の結城貴司の秘密があるんです」
「……分かった。それで、まず何からすればいいんだ?」
その返事に一瞬安堵したものの、原田は自分の頭の中で順番を整理し直すと、改めて「習志野順太」と名乗った記者に対して警察に連絡を取るように言った。
「桜庭さん」
「はい?」
「君は一旦マンションに帰って、ご飯でも食べて落ち着いて連絡を待っててもらいたい。愛里君を助け出したら、君のところで暫く預かってもらうかも知れないから」
「先生のところじゃないんですか?」
それに対して原田は頷くことはせずにただ寂しげな微笑を返すに留めた。
原田は何度もそう呼びかけたけれど電話はすぐに切れてしまった。
自分から掛け直してみたが通じない。LINEをしてみても今度は既読にすらならなくなった。
完全に電源が切られてしまったようだ。
そこに、インターフォンが鳴らされる。
「あの、桜庭です」
「あ、はい」
慌てて玄関のオートロックを開けて部屋まで上がってきてもらったけれど、その桜庭美樹も何故か涙で目元がぐちゃぐちゃになっていた。
「どうしたんだ?」
「愛里が……涌井祐介に連れ去られたんです」
どういうことなのだろう。
今さっき電話していた彼女が泣いていたのは何か酷いことをされているからなのだろうか。
「すまないんだが、ちょっと詳しく事情を聞かせてもらえないかな」
ティッシュを鼻頭に当てたままの桜庭美樹にそう言うと、
「その前にお水もらっても良いですか?」
そう断ってから席を立った。
「それじゃあ最近の週刊誌騒動から愛里君が突然いなくなったことまで全部涌井祐介の仕業だったってこと?」
「分からないですけど、おそらくは」
桜庭美樹の話はよくまとまっていて内容が理解し易かった。
十分ほどで全てを話し終えると、ひとまず原田は警察に連絡をしようと固定電話の受話器を持ち上げる。
だがそこで再びインターフォンが鳴らされた。
桜庭美樹を見たが彼女は知らないと首を横に振る。
原田は一旦受話器を置くと、インタフォンの応答に出た。
「はい……」
「やっと帰宅されたんですね。習志野です。今日はお話伺わせてもらえますよね?」
声の主はこの前取材にやってきた記者だった。
「ひょっとして、わたしが付けられてたんですかね?」
それは考えなかったが、タイミングからするとその可能性もあるだろう。
「すみません。今それどころじゃなくて」
原田の正直な気持ちだ。
今は自分のことで煩わされている場合じゃない。
相手を無視し応答用の受話器を置こうとして、けれど唐突に目の前が閃いたような感覚に陥る。原稿を書いている時にも稀に経験するのだけれど、バラバラだったものが急に一つに集まって道が拓ける瞬間があるのだ。そうなるとずっと進まなかった原稿が嘘のようにすらすらと書き進むことができる。
「あの……お話してもいいですよ」
「え?」
相手の驚きが手に取るように伝わってきたが、逆にチャンスだと思って続ける。
「交換条件です。まずはそちらの情報源である涌井祐介の連絡先を教えて下さい」
「原田さん?」
「それから警察のツテはありますか? あるなら連絡して彼に少女が誘拐されていると通報して下さい」
記者は続け様に原田が指図するものだから、話している内に「ちょっと待ってくれ!」と大きな声で遮ろうとする。だが構わずに原田は続ける。
「そして警察が向かっている間に、今から僕らと一緒に涌井祐介の勤務する店に同行して下さい。そこで彼と彼の店のやっていることを写真に収めて下さい。彼、あるいは彼の関係者は麻薬をやっています」
「あんた……」
「その代わりに結城貴司の謎と、原田貴明個人の情報については全てあなただけに提供します。悪い話じゃないでしょう?」
「先生?」
桜庭美樹が心配そうに声を掛けたが、それを手で制して原田はもうひと押しする。
「まだ世間の誰も知らない、本当の結城貴司の秘密があるんです」
「……分かった。それで、まず何からすればいいんだ?」
その返事に一瞬安堵したものの、原田は自分の頭の中で順番を整理し直すと、改めて「習志野順太」と名乗った記者に対して警察に連絡を取るように言った。
「桜庭さん」
「はい?」
「君は一旦マンションに帰って、ご飯でも食べて落ち着いて連絡を待っててもらいたい。愛里君を助け出したら、君のところで暫く預かってもらうかも知れないから」
「先生のところじゃないんですか?」
それに対して原田は頷くことはせずにただ寂しげな微笑を返すに留めた。
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる