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第八章 「小さな恋の唄」
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各所への連絡を終えた原田は、桜庭美樹と共にマンション一階に下りると、玄関前で待っていた習志野と合流して、美樹とは別れた。
呼んでおいたタクシーに乗り込み、習志野の指示で発車する。
「その誘拐された女ってのは、あんたの彼女より大切なのか?」
涌井祐介に何と吹き込まれたのかは知らないが、未だに桜庭美樹が結城貴司の彼女と認識されていることにやや戸惑う。
「本当に彼女はただの知人です。どうせならつい先日まで同棲していた沖愛里の方を彼女にしてあげれば良かったのに」
「沖愛里は涌井祐介の彼女なんですよね? 二股だったってことですか?」
メモ帳ではなくボイスレコーダーを取り出した習志野を制してそれを仕舞わせると、原田は続ける。
「全部終わってからちゃんと説明しますよ。けど、今はもう沖愛里は涌井祐介の彼女ではありません。彼女は被害者です。そして涌井祐介は加害者であり、犯罪者です。だからあなたに通報してもらった訳ですから」
分からない。
そうぼやいて頭を振る。
どうやら習志野という記者は一度信じてしまったことを頭から追い出すのが苦手なようで、その後何度も桜庭美樹のことを原田の彼女と言い、沖愛里のことを涌井の彼女と呼んだ。
タクシーは新宿方面に向かっていたが、混雑する道路がその歩みを鈍くする。
遠くではパトカーのサイレンが鳴り響き、そこに途中から救急車のサイレンも混ざり始めた。
夜がどんどん更けていく。
車窓から眺めやると、ビルの明かりがまだ幾つも煌々と照らされていて、都市は眠ることを忘れてしまっているのだな、と原田は感じた。
新宿駅前の交差点を抜けた辺りでのことだった。
突然原田のスマートフォンが鳴る。
モニタには『織田病院』とある。原田が通院している病院であると同時に、彼女の姉である沖優里が入院しているらしい場所だ。
「あ、原田君か。今家か?」
相手は原田の担当医師である内科医の高正だった。
「外なんですけど……何でしょう」
高正が直に連絡を寄越すことは珍しいどころか記憶にある範囲では初めてのことだった。
「それが、その……沖優里のことで」
「何ですか?」
「急に容態が悪くなってね。ついさっき集中治療室に運ばれた。ご家族の方には電話を入れたのだけれど妹さんに連絡がつかなくてね。ひょっとしたらと思って掛けてみたんだ」
タイミングが悪い。
そう思ったが、すぐに自分の中で沖優里と沖愛里の二人を天秤に掛けていたことに気づき、その考えを振り払った。
「実はちょっと立て込んでいて、今その妹さんの方を救出に向かっているところなんです」
「救出? どういうことだ?」
「詳しく話している余裕はないんですが、端的に誘拐事件です」
おお。参ったな。
そんな呟きが漏れ聞こえたが、原田はひとまず落ち着いたら病院に連絡を入れると約束して、高正からの電話を切った。
「相手は誰なんです?」
「えっとね……結城貴司、の知り合いかな」
「あなたが結城貴司なんですよね?」
習志野は睨むように目元を細くするが、信号が切り替わって動き出したタクシーに揺られてその表情が緩んだ。
「結城貴司には本物がいるんですよ……僕はね、偽物の方なんです」
「何だって!?」
大きな声を出した習志野は驚きで頭を窓ガラスにぶつけたが、“偽物”と自分の口から出たことへの驚きは、原田自身の方がずっと大きかった。
もう一人の結城貴司。
そう説明するだけで良かったのに、何故わざわざそんな言い方をしたのか。
きっと愛里がこの場にいれば原田のことを怒ってくれただろう。
それとも沖優里であれば、もっと辛辣に罵ってしまっただろうか。
愛里のことを考えなければいけないのに、心の半分以上は沖優里の容態が気がかりで仕方なかった。
「なんて酷い男なんだ……」
思わずぼやいてしまった言葉を、習志野は咄嗟に録音する。
「あ、いや……すみません」
「いいんですよ。本当に、酷い男なんですから」
呼んでおいたタクシーに乗り込み、習志野の指示で発車する。
「その誘拐された女ってのは、あんたの彼女より大切なのか?」
涌井祐介に何と吹き込まれたのかは知らないが、未だに桜庭美樹が結城貴司の彼女と認識されていることにやや戸惑う。
「本当に彼女はただの知人です。どうせならつい先日まで同棲していた沖愛里の方を彼女にしてあげれば良かったのに」
「沖愛里は涌井祐介の彼女なんですよね? 二股だったってことですか?」
メモ帳ではなくボイスレコーダーを取り出した習志野を制してそれを仕舞わせると、原田は続ける。
「全部終わってからちゃんと説明しますよ。けど、今はもう沖愛里は涌井祐介の彼女ではありません。彼女は被害者です。そして涌井祐介は加害者であり、犯罪者です。だからあなたに通報してもらった訳ですから」
分からない。
そうぼやいて頭を振る。
どうやら習志野という記者は一度信じてしまったことを頭から追い出すのが苦手なようで、その後何度も桜庭美樹のことを原田の彼女と言い、沖愛里のことを涌井の彼女と呼んだ。
タクシーは新宿方面に向かっていたが、混雑する道路がその歩みを鈍くする。
遠くではパトカーのサイレンが鳴り響き、そこに途中から救急車のサイレンも混ざり始めた。
夜がどんどん更けていく。
車窓から眺めやると、ビルの明かりがまだ幾つも煌々と照らされていて、都市は眠ることを忘れてしまっているのだな、と原田は感じた。
新宿駅前の交差点を抜けた辺りでのことだった。
突然原田のスマートフォンが鳴る。
モニタには『織田病院』とある。原田が通院している病院であると同時に、彼女の姉である沖優里が入院しているらしい場所だ。
「あ、原田君か。今家か?」
相手は原田の担当医師である内科医の高正だった。
「外なんですけど……何でしょう」
高正が直に連絡を寄越すことは珍しいどころか記憶にある範囲では初めてのことだった。
「それが、その……沖優里のことで」
「何ですか?」
「急に容態が悪くなってね。ついさっき集中治療室に運ばれた。ご家族の方には電話を入れたのだけれど妹さんに連絡がつかなくてね。ひょっとしたらと思って掛けてみたんだ」
タイミングが悪い。
そう思ったが、すぐに自分の中で沖優里と沖愛里の二人を天秤に掛けていたことに気づき、その考えを振り払った。
「実はちょっと立て込んでいて、今その妹さんの方を救出に向かっているところなんです」
「救出? どういうことだ?」
「詳しく話している余裕はないんですが、端的に誘拐事件です」
おお。参ったな。
そんな呟きが漏れ聞こえたが、原田はひとまず落ち着いたら病院に連絡を入れると約束して、高正からの電話を切った。
「相手は誰なんです?」
「えっとね……結城貴司、の知り合いかな」
「あなたが結城貴司なんですよね?」
習志野は睨むように目元を細くするが、信号が切り替わって動き出したタクシーに揺られてその表情が緩んだ。
「結城貴司には本物がいるんですよ……僕はね、偽物の方なんです」
「何だって!?」
大きな声を出した習志野は驚きで頭を窓ガラスにぶつけたが、“偽物”と自分の口から出たことへの驚きは、原田自身の方がずっと大きかった。
もう一人の結城貴司。
そう説明するだけで良かったのに、何故わざわざそんな言い方をしたのか。
きっと愛里がこの場にいれば原田のことを怒ってくれただろう。
それとも沖優里であれば、もっと辛辣に罵ってしまっただろうか。
愛里のことを考えなければいけないのに、心の半分以上は沖優里の容態が気がかりで仕方なかった。
「なんて酷い男なんだ……」
思わずぼやいてしまった言葉を、習志野は咄嗟に録音する。
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