桜は今日も息をする

凪司工房

文字の大きさ
2 / 5

2

しおりを挟む
 この森の入口には一応といっていい程度の細くて押せば倒れそうな金属製の柵が立ててあり、それが途中まで続いている。流石にこの山一帯を覆うようなものは作れなかったので、本当に注意喚起用でしかない。
 その入口から五メートルほどのところに木造の小屋が一つある。割れた窓ガラスはダンボール箱で穴が塞がれ、屋根の半分がトタンになっている、荒屋だ。他にも真新しい板が何箇所かに打ち付けられ、応急処置といっていい程度の補修がそこかしこでなされていた。
 その小屋の中で、少年は無機質な金属の人型をした存在から、くどくどと注意を受けていた。

「分かっていますか、ミスギさん。ここではあなた以外の労働力はありません。先日搬入された苗は未だに奥に眠っています。そうしている間にも今日は二件、追加で注文がありました。明日、いえ、おそらく明後日にはこちらに到着することでしょう。それを処理するのは誰ですか? 私ではありませんよね?」

 ミスギ――と呼ばれた少年はアリスと都合上呼んでいる事務対応ロボットにまゆひそめつつ「分かってる」とだけ答えた。確かにドアのない続きの奥の部屋を覗けば白い布で包まれたものが横たわっている。それは彼が植えるべきものだ。けれど彼は庭師でも造園師でもない。ついでに大工でもないし、左官職人ですらない。これでも一応学者だった。
 彼は折返しの電話をして運搬時の注意点を伝えると、最後にこう付け加えてから受話器を置いた。
 
 ――まだ生きてますから、手荒い扱いはされないようにお願いします。
 
 それから愛想笑いをするという機能の欠如したアリスを一瞥いちべつし、奥の部屋に放置されているそれを台車に載せた。最初はもっと重いものだと思っていたが、その重みの大半が水分だったことが分かると、少し乾燥させ、片手でも持ち運びできるだけの重さにしてから所定の場所まで運ぶようになった。
 
 外の陽気は良かった。おそらく峠を超えれば紅葉が広がっているだろう。だがここでは桜以外を目にすることはない。
 坂になっているところを台車を押して歩いていくが、今では本当に隙間なく桜が植わってしまっていて、この西側のエリアは大部分が自分の手によるものだと考えると、一体どれだけの人が犠牲になったのだろうということを考えてしまう。
 そう。ここに植わっている桜は全て、元人間だ。
 
 ――桜病。
 
 正式名称は「トキモリ・チェリーブロサム症候群」と呼ばれている。ある日突然人体が桜へと変化する。最初は小さな桜の花びらが皮膚に貼り付いているように見えるだけだが、徐々に枝が生え、桜の蕾がつき、体表は桜の樹皮のように変わってしまう。やがて人間の形のまま桜の樹へと変化し、一生散らない桜が花を開く。原因不明で治療法も見つかっていない。伝染病なのかどうかもよく分かっていない。ただ地域性のものではなく世界中のあらゆる場所で罹患者りかんしゃは見つかっている。
 一度発症すれば桜になってしまうまで何もできず、ただ弱っていく姿を見ているしかない。そして完全に桜と化してしまったものの多くは焼却処分されることになる。因果関係ははっきりしていないものの、桜化したものを庭に植えておくとその近くで暮らしていた人間までもが桜病に罹ったという報告が何例もあることは確かだ。そうでなくとも原因不明の奇病で人々は恐れている。どの国でも厳しい管理下で処分されることが極められている。
 だがそれでも元人間であり、誰かにとっては大切な人だ。その上、いくら桜になってしまったからといって生物学的に死んだ訳ではない。彼らは生きている。
 そんな彼らの最終受入地がこの桜の森だった。

「ここでいいだろう」

 桜の天井が少し切れ、青空が見えていた。
 ミスギは台車からスコップを手に取り、それで足元の土を掘り始める。五十センチくらい下まで穴を掘ると、台車の上で白い生地に包まれていたそれをゆっくりと地面に下ろし、その覆いを取り去る。桜だ。ちょうど股のところで二本の太い幹が交差するようになっている。伸ばした手は枝となり、そこに三輪、桜が咲いていた。
 彼はそれを恐る恐るといった手付きで立て、ゆっくりと穴に鎮めると、少しずつ土を掛けていく。
 ミスギはこれが元人間だということは知っているが、それが男性なのか女性なのか、若いのか年寄りなのか、そういった情報は一切分からない。もちろん注文してきた人間に聞き出せば分かることだろう。だがそんなものは知らない方がいい。知ってしまったら、これはただの桜ではなくなる。それはつまり、誰かを葬る作業に似てしまうことになる。
 誰かが彼を揶揄やゆして言ったものだ――あれは桜守ではなく墓守だ、と。
 水を含ませたジェルを根本にたっぷり載せると、ミスギは膝を突き、目を閉じてその桜の樹に手を合わせた。それから十六桁の番号だけが刻まれたタグをその根本に巻きつける。こうしておけばどの桜がいつ搬入され、ここに植えられたのかという情報を追うことが出来るし、ミスギ自身、どこに誰を植えたのかなんてもう多すぎていちいち覚えていられない。
 少し日が傾き始めたのを背で感じながら、作業を終えたミスギはある場所へと足を向けた。背の低い丘を超えた先に見晴らしの良い別の丘があり、そこに一本、他の桜とはやや距離を開け、植わっているものがあった。
 その桜の前にやってくると、そっと手を触れ、それからこう口にして、見上げた。
 
 ――姉さん。
 
 それは桜病になった、彼の唯一の肉親だった。目を閉じると、ここに姉を連れてきた日のことが蘇った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...