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第3章 宮中騒乱編

第14話 新帝即位

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「後継者選定の儀、話し合いのために直ちに参内されたし」
何進の他、主だった武官が集まっている中、宮中からみことのりを持った使者がやって来た。

ざわめきが起こる中、何進がその使者の前に立つと、
「言いたいことは、それだけか。蹇碩の陰謀、すでに露見しているわ」
使者を一刀のもとに斬り捨てる。

実は宮中から密告があり、何進参内の詔は、蹇碩の罠だと知っていたのだ。
「こうなったら、宦官、全て皆殺しにするぞ」

何進がいきり立ち、号令をかけた。
応という声が講堂内に響く。

「おいおい」
柱の陰から、事の次第を見ていた男が驚きの声をあげる。

「大丈夫ですよ。あそこに曹操さんがいますから」
声の主は劉備と簡雍。
その後ろには関羽と張飛も控えている。

今は盧植と一緒に武官たちの様子を見に来たのだった。
「下手に首を突っ込むなよ。まだ、手続きの途中だからな」
盧植が劉備に釘をさす。

「も、もちろんですよ。先生」
劉備は昨晩の騒ぎ思い出し、慌てて返答をするのであった。


盧植の屋敷、荀爽と楊彪は劉備玄徳と名乗った男をまじまじと見た。
もしかして、まずいことをしたのではないかという空気を察し、劉備は顔を隠す。

「劉備玄徳殿、はて、どこかで聞いたことが・・」
「・・・いや、この者は、・・」

とっさによい言い訳が浮かぶわけもなく、盧植の挙動が怪しくなる。
「ああ、思い出しましたぞ」
荀爽が膝を打った。

「黄巾の乱で活躍した義勇兵の方ではないですか」
その言葉に盧植と劉備は胸をなで下ろす。

しかし、次の瞬間、
「はて、督郵に暴行を働いてお尋ね者になったのでは?」
盧植はもう泣きたくなるのであった。

「いや、師を侮辱されてのことですか」
「まぁ、多少、行き過ぎな面はありますが、若さですかね」
荀爽と楊彪がにこやかに話している。

劉備のことがばれたときは、万事休すかと思ったが、事の顛末を説明すると理解してくれたようだ。
督郵自身が先に賄賂を求めたということもあり、三人の力で、この件を不問にするよう働きかけてくれるそうだ。

何とかこの場を切り抜けることができて、ほっとする劉備だった。
もちろん、この後、盧植にはこってり絞られたが・・・

成人してあそこまで叱られたのは、記憶にない。
劉備は、盧植を二度と怒らすまいと誓った。


「何進大将軍。この私に先駆けをお命じ下さい。必ずやすべての宦官を斬り伏せてみせます」
身なりの整った御曹子然とした男が何進の前で膝を折った。

「あいつは?」
袁紹本初えんしょうほんしょ。四代にわたって三公を輩出した名門、袁家の御曹司です」

簡雍の説明に、
「何だ、見たまんまだな」という感想を漏らす。

しかし、あまり呑気な事は言ってられなかった。
このままでは宦官討伐の流れに固まりつつある。

その前にすることがあるだろう。
劉備でも分かることを誰も言い出さないのだ。
簡雍もおかしいですねと、首を振る。

すると突然、「あっ」と大声を上げるのだった。
すぐに劉備に口をふさがれる。

その時、曹操が立ち上がった。
「宦官の件は、まず捨て置いて、先に新たな天子を立てるのが先でしょう」
おお、という声が上がる。

この場にいる誰もがそのことを抜けていたようだ。
「おお、そうであった」
何進も思い出したかのように賛同する。

早速、周りの者たちに手配するよう指示をした。
もちろん、劉弁を天子とするために。

何進が講堂から出ていくと、ついていく者、立ち去る者、人がまばらとなる。
そんな中、袁紹が曹操に近づいて行った。

この二人、実は幼馴染である。
「孟徳、やられたよ。確かに順序が違った」
はははと笑ったのち、曹操に顔を近づける。

「・・・しかし、宦官は必ず滅ぼすぞ」
きびすを返して立ち去っていく。
その後ろ姿を見送って、曹操は肩をすくめるのであった。

人もいなくなったので、劉備たちも立ち去ろうとすると、不意に声をかけられる。
「できれば、君たちに止めてほしかったんだけどね」
振り返ると、曹操が立っていた。

「無茶を言うなよ。こっちはお尋ね者だぜ」
こんな堂々したお尋ね者が世の中にいるものかと、簡雍は思ったが、今は口に出さなかった。

「知っているかもしれないが、私は宦官の孫でね。暗に宦官を助けるような意見は言いづらいのさ」
簡雍がそのことに気づいて、声を上げたのかと、別のところで納得した。

「これで劉協皇子側が黙って従いますかね?」
「どうだろう。勢力としては弱いからな。・・微妙なところだな」

簡雍の質問に、曹操は自分の見解を示した。
「しかし、これで劉弁皇子側が官軍だ。そこをはっきりとさせておくことに意味がある」

まさにその通りである。
一堂、頷いた。


翌日、漢王朝、第十三代皇帝、少帝が誕生する。
何進をはじめとした武官たちの圧倒的な支持、武力を背景とした圧力で、劉弁の即位はすんなり決まった。

新皇帝の即位にわく宮中の中で、一人の宦官が殺される。
蹇碩が同じ十常侍の郭勝に殺されたのだ。

「小物の分際で調子にのるからだ」
何進らの目が自分たちに向かないように張譲の指示で、仲間を斬り捨てた。
そして、蹇碩の一族はみな処刑されるのだった。


何進たちが次に打った手は、政敵の完全滅亡である。
まず、董太后に無実の罪を着せて追放し、冀州河間国きしゅうかかんこくへの謹慎を命じた。
但し、それだけではすまさず、その道中に董太后を毒殺する。

そのことを知った董重驃騎将軍は、もはやこれまで、と自分の屋敷で自害するのだった。
董太后派と見られていた十常侍の張譲や段珪だんけいらは、賄賂をつかって何皇后や何苗にすりより、難を逃れる。

何進としては、彼らも処断したかったが何皇后、改め何太后に言いくるめられと、しぶしぶ納得するしかなかった。
立場としては、彼女の方が上なのだ。


政敵がいなくなると、今度は内部で権力争いが起こる。
何進と何苗は兄弟であるが血のつながりがない。

特に何苗は、自分より何進の方が上の役職にいることを、常々、疎ましく思っていたのだ。
その心の隙を張譲に付け込まれる。

何苗は張譲らを通して何太后と結託し、何進を除こうと考えた。
何太后も宦官には多大な恩があり、隙あらば宦官を滅しようとする何進のことは、悩みの種だったのだ。
二人の利害が一致した結果だった。

一方、何進は何進で考える。
頼りとしていた一族が誰も協力してくれないのだ。
そのことを周りの武官たちに相談すると、袁紹が進み出た。
「こうなれば地方の諸将たちに助力を求めましょう」

ちょうど、何進も身内がだめならば外に協力を求めるしかないと考えていた。
「それでは、早速、書状を送れ」
袁紹の意見を採用しようとするが、反対意見も多く出る。

まずは主簿しゅぼ陳琳ちんりんが進み出た。
「地方の諸将を呼べば、それだけ時間がかかってしまいます。その間に宦官たちに対策をとられる可能性があります」

つづいて、盧植が、
「呼ぶ諸将が全て忠臣とは限りません。中央の乱れに乗じて、よからぬことを考える者も出ますぞ。」と讒言を繰り返す。

『問題はそこじゃないんだが・・』
二人の意見を聞いて、曹操が漏らす。

自分が発言すべきか考え抜き、劉備に声をかけようとした矢先、まさにその劉備が手をあげた。

「あのぅ、すいません。なんで宦官はそんなに権力を持っているんですかね?」
「高貴な方のお世話をします。ともに過ごす時間が多いので、自然と政策に口を出す機会も多くなるのです」

集まった武官ではなく、簡雍が答える。
「だったら、それって、使う方に問題があるんじゃねぇの?」

劉備の言葉に武官一同、気色ばんだ。
「皇族を侮辱するのか!・・・そもそもお前は誰だ?」
「あ、俺?」
盧植が首を振る。まだ、名乗ってはだめらしい。

「俺は・・・盧植先生の従者です」
「従者風情が調子に・・」
劉備に詰め寄ろうとする者は、関羽と張飛のひと睨みで黙ってしまった

「あの、確かにうちの大将はお調子者で無神経でどうしょうもありませんが、皆さんより真意を感じ取ることには長けていますよ」
簡雍の参加に、侮辱を受けた武官たちから怒号のような罵声が飛ぶ。

「何!もう一度、申してみろ」
「だから、うちの大将はお調子者で無神経で大馬鹿ですけど・・・」
「おい、何か増えているぞ」
劉備が途中で簡雍の台詞を遮った。

すると袁紹が簡雍に近づく。
「では、その真意とやらを教えてくれるかな?」
怒りを抑え込む度量はあるようだ。

「それと君は?」
「私は盧植先生の従者の従者です」
怒りの限界を越えそうなところ、寸前で袁紹は踏みとどまる。

「そもそも宦官制度は、漢王朝が作ったものでありません。古来よりあるものです」
それがどうした?という野次が飛ぶが、簡雍は気にしない。
「なぜ、今までこの伝統が続いたのか?それは宦官にも価値がある。そういう側面があるからです。」

「だか、今は悪い面が出ているように思うが?」
「そうです。ただ、それは大将が言ったように使う側の問題でもあるのです」

問題を指摘するのはいいが、ではどう対処するのか?
袁紹は簡雍に食い下がった。

「少帝陛下に宦官の権力を奪う詔を出してもらえばいいのではないですか?陛下が即位した経緯を考えれば、皆さんの意見をむげにはできないはず。今なら、押し切れる確率は高いと思いますよ」

地方の諸将を呼ぶにも時間がかかる。
そもそも性急な性格の何進にとっては、簡雍の提案の方が早くて安全なような気がした。

「ふん、下郎の意見だが、できると思うか?」
その問いに、何人かの武官が可能と答える。

「急ぎ、少帝陛下にお会いするぞ」
何進の退出とともに、金魚のふんのようにぞろぞろと武官たちがついていった。
最後まで残っていた袁紹が簡雍を睨んでいたが、親しいもの何人かに声をかけれ、去って行く。

「助かったよ」
これは曹操の言葉である。

「今回ばかりは、曹操さんからの提案だと変な邪推が入りますからね」
「で、本当にうまくいきそうなのか?」
「何太后と何苗の動き次第だろうな」
簡雍に聞いたつもりだったが、曹操が答えた。

「それでも地方の諸将を呼ぶよりはましだ。でかしたぞ」
盧植が喜んで、簡雍をたたえる。
きっかけは俺ですけどと、盧植に寄っていくが劉備は無視された。

そんな中、曹操には気になることが一つあった。
『本初のやつにしては、珍しく食い下がっていた。あいつ、まさか・・』
そして、その不安が的中することを、後日、身をもって知るのであった。
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