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第8章 智勇激突編
第48話 虎痴
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兵糧を求めて東郡東阿県に本拠を移した曹操軍。
程昱の伝手を使い商人から安く兵糧を購入できているのだが、いかんせん、蝗害によって、穀物の値段が上昇している。
世間的には安いとはいえ、それでも、ある程度、値は張り、だんだん軍資金が心もとなくなり始めるのだった。
そこで曹操は、何かよい方策がないか検討を開始する。
すると、荀彧が黄巾党の残党を討つことを薦めてきた。
「豫洲の汝南郡、潁川郡あたりを根城にしている黄巾党の残党で、何儀、劉辟、黄邵、何曼ら四人の頭目が、略奪などによってかなりの財を貯えているとのことです」
「賊の討伐とその財宝を奪う、名声と実利の両取りというわけだな」
「その通りでございます」
悪くない案だが、敵兵力次第である。
呂布との決着を控えている今、無駄に消耗はしたくない。
「兵力は三万ほどですが、烏合の衆です。戦慣れしている我が軍にかかれば、打ち破るのは容易いかと思われます」
その言葉を聞いて、曹操は即、決断する。
黄巾党討伐のために、まず豫州潁川郡へと向かうのだった。
曹操軍が来ると知った黄巾党の頭目四人のうち、劉辟はさっさと逃げ出してしまい、残った三人で迎え撃つことになった。
まず、何儀と黄邵が軍を率いて曹操軍と対峙する。
戦が始まる前に、曹操が降伏を呼びかけたが、何儀は頑としてはねつけた。
「うるせい。お前らは口ではいいことを言うが、結局俺たちのことを仲間と思っちゃくれない。散々こき使った後に、あっさり見捨てるつもりなんだろ」
何儀たちは、一度、袁術の配下になっていたことがあると聞いていたが、よほど、ひどい仕打ちを受けたのだろう。
曹操は袁術なんかと一緒にされるのは心外だったが、その説明も理解してもらうのも面倒だった。
降伏しないというのであれば、典韋を向かわせ、一気に殲滅にかかる。
その典韋には黄邵が立ち向かってきた。しかし、一合、合わせただけで武器を弾かれてしまうと、敵わないと判断して、逃げ出すのだった。
その行く手は、李典に阻まれてあっさりと捕縛される。
そこに仲間を救うために、別の隊が予期せぬ方角から現れた。
「截天夜叉の何曼さまだ。黄邵を返してもらおう」
伏兵として潜んでいた何曼は、作戦失敗を悟り、飛び出してきたのだ。
何曼は身の丈、九尺五寸に鉄棒をひっさげて、李典隊に突っ込んでくる。
李典は、何曼をいなすように移動すると、黄邵を連れて退却した。
入れ替わって、曹洪隊が何曼の相手をする。
何曼と曹洪の一騎打ちが始まった。
二つ名を豪語するだけあって、何曼はなかなかの強者。五十合ほど打ち合っても決着がつかなかった。
そこで曹洪は、わざと負けたふりをして逃げ出し、何曼に隙ができるのを誘う。
何曼は勝ち誇ったように曹洪を追いかけたが、鉄棒を大きく振りかぶったところに急遽反転し、一撃を与えると馬上から転落する。
その時、受けた太ももの傷によって、命を落とした。
ついに一人になった何儀は、不利を悟り、その場から逃げ出すのだった。
三万ほどいた賊軍のうち、数百騎が何儀の後を追い、残りは武器を捨てて降伏する。
曹操は、降伏した賊を殺すことはせずに軍に吸収することにした。
そして、典韋には何儀を追うように指示する。
逃げ足の速い何儀は、なんと潁川郡を越え、汝南郡まで逃げおおせた。
典韋を振り切った何儀が葛陂の辺りに辿り着くと、珍妙な男が行く手を遮る。
なぜ、珍妙かというと、身の丈は八尺に腰回りは五尺ほどある大男が、千斤はあろうか大牛に跨っていたからだった。
「てめぇ、俺の行く手を邪魔しようってのか?」
「汝南にいた黄巾党の残党なら、見逃さないぞぅ」
目の前には大男とはいえ、たった一人。自分たちの行く手を遮るというのであれば、殺るしかなかった。
何儀とその部下たちは、白刃を閃かせる。
すると刃に陽の光が反射したせいか、この大男が乗っていた牛が突然、驚いて暴れ出した。
四方を駆け回り、何儀から離れていくので大男はたまらず牛から降りて、その尻尾を捕まえる。
そして、その尾を引っ張りながら、再び、何儀の前に戻ってきた。
巨大な牛を片手で百歩以上、引きずってくる様子に何儀は驚く。
こんな男とまともに闘っては分が悪いと判断した何儀は、相手にせずに離れようとした。
ところが、この大男は逃がさんとばかりに、牛を持ち上げると何儀に向かって投げつけるのだった。
見事、命中し牛の下敷きとなった何儀は、その重さで圧死する。
それを見た何儀の部下、数百騎は蜘蛛の子を散らすかのように四方に逃げ出した。
そこに、ようやく追いついた典韋がやって来た。
「おい、そこの男の首を引き渡してもらおう」
「何で、おらが倒した賊の首を、見ず知らずのおめぇに渡さなきゃなんねぇんだ?」
「言うことを聞かないというのならば致し方ない」
典韋は双鉄戟をもって、構える。
大男も自分の武器を持とうと腰に手をあてるが、あることに気づいて慌てるのだった。
「おら、自分の得物を忘れてきちまった」
その言葉に拍子抜けする典韋だが、どこか憎めない。それではと自分の双鉄戟の一つを渡す。
「お前にこの重さを扱えるのなら、使うがいい」
大男は、典韋から武器を受け取ると、軽く片手で振り回すのだった。
「うん、このくらいなら問題ねぇ」
「ほう」
典韋は目を細める。自分と同じくらいの腕力を持った男に、今まで出会ったことがない。
あの呂布ですら、単純な力比べでは典韋に敵わなかったのだ。
この大男にがぜん、興味がわいた。
「面白い男だな、名を何という?」
「おらの名前は許褚だぁ」
「俺の名前は典韋。では、いくぞ」
普段は片手で扱う鉄戟を、今日は両手で振り回す。単純にいつもの倍に近い速度で、繰り出された一撃を許褚は、難なくはじき返す。
典韋の手に伝わる衝撃が、許褚の力が本物であることを証明した。
「おめぇ、やるなぁ」
「お前こそな」
両者の一騎打ちは、一刻以上続くが決着がつかない。鉄戟が激しく打ち合う度に大きな金属音が響き、遠くからでも武神同士が闘っていることが分かった。
典韋を追って、軍を進めてきた曹操の本隊が到着したが、耳を突き刺すような高い金属音と迫力に誰も近づくことができない。
更に一刻、打ち合うとついには、お互いの鉄戟がくの字に曲がってしまった。
これでは、武器として成り立たない。
「この勝負、私に預けろ」
汗まみれの二人の猛者の前に、曹操が進み出る。
典韋はすかさず、膝を折るが許褚は、じぃっと曹操の顔を見つめた。
「おら、おめぇのこと、知っているぞ」
「おい、失礼だぞ」
典韋は許褚をたしなめるが、曹操はかまわないと告げる。
「どこかで私と会ったことがあるのかな?」
「おら、おめぇと同じ、沛国譙県の生まれだ」
「私と同郷の者か!名は何と言う?」
許褚、字を仲康と名乗る。
しかし、記憶力のいい曹操でも許褚という名前は思い出せない。
すると、同じく同郷の曹洪が曹操に耳打ちした。
「もしや、この男、あの虎痴ではありませんか?」
「おお、あの虎痴か」
確かに虎痴ならば聞いたことがある。力が虎のように強いが、頭の回転が少し鈍いため地元で、そう揶揄された男がいた。
曹操は、改めて許褚の様子を探るように見つめる。
典韋と互角の闘いをした武力に、裏表のない真面目そうな性格。
自分の身の回りを護衛する者として、これ以上の適任者はいないように思えた。
「どうだ、許褚よ。私に仕えてみる気はないか」
「ある、あるぞ。いつかおめぇ・・じゃなかった。曹操さまの役に立ちてぇと体を鍛えていたんだぁ」
「そう言ってくれると私も嬉しい。今日から私の護衛についてくれ」
許褚は、その言葉に典韋と同じく膝をつき、
「わかっただ」と、答えるのだった。
許褚の礼儀や言葉使いに眉をひそめる者もいたが、それらの者に曹操が一喝する。
「この者は、私の樊噲である。以降、そのように接するように」
樊噲は、高祖劉邦の義弟である。あの有名な『鴻門の会』で劉邦の命を守った忠臣だった。
曹操にとって、許褚をその樊噲と同格であると宣言することによって、以降、許褚の話し方を注意する者はいなくなった。
但し、虎痴という名の方も知れ渡り、どちらが実名か分からず間違える者も続出する。
その度に許褚は、「おらだって、分かれば、どっちでもいいだ」と笑って許したという。
曹操は、潁川郡、汝南郡にはびこる黄巾党の残党を討って、その財宝を手に入れると同時に、心優しき最強の忠臣を手にいれることができた。
実りのある豫州遠征となるのであった。
程昱の伝手を使い商人から安く兵糧を購入できているのだが、いかんせん、蝗害によって、穀物の値段が上昇している。
世間的には安いとはいえ、それでも、ある程度、値は張り、だんだん軍資金が心もとなくなり始めるのだった。
そこで曹操は、何かよい方策がないか検討を開始する。
すると、荀彧が黄巾党の残党を討つことを薦めてきた。
「豫洲の汝南郡、潁川郡あたりを根城にしている黄巾党の残党で、何儀、劉辟、黄邵、何曼ら四人の頭目が、略奪などによってかなりの財を貯えているとのことです」
「賊の討伐とその財宝を奪う、名声と実利の両取りというわけだな」
「その通りでございます」
悪くない案だが、敵兵力次第である。
呂布との決着を控えている今、無駄に消耗はしたくない。
「兵力は三万ほどですが、烏合の衆です。戦慣れしている我が軍にかかれば、打ち破るのは容易いかと思われます」
その言葉を聞いて、曹操は即、決断する。
黄巾党討伐のために、まず豫州潁川郡へと向かうのだった。
曹操軍が来ると知った黄巾党の頭目四人のうち、劉辟はさっさと逃げ出してしまい、残った三人で迎え撃つことになった。
まず、何儀と黄邵が軍を率いて曹操軍と対峙する。
戦が始まる前に、曹操が降伏を呼びかけたが、何儀は頑としてはねつけた。
「うるせい。お前らは口ではいいことを言うが、結局俺たちのことを仲間と思っちゃくれない。散々こき使った後に、あっさり見捨てるつもりなんだろ」
何儀たちは、一度、袁術の配下になっていたことがあると聞いていたが、よほど、ひどい仕打ちを受けたのだろう。
曹操は袁術なんかと一緒にされるのは心外だったが、その説明も理解してもらうのも面倒だった。
降伏しないというのであれば、典韋を向かわせ、一気に殲滅にかかる。
その典韋には黄邵が立ち向かってきた。しかし、一合、合わせただけで武器を弾かれてしまうと、敵わないと判断して、逃げ出すのだった。
その行く手は、李典に阻まれてあっさりと捕縛される。
そこに仲間を救うために、別の隊が予期せぬ方角から現れた。
「截天夜叉の何曼さまだ。黄邵を返してもらおう」
伏兵として潜んでいた何曼は、作戦失敗を悟り、飛び出してきたのだ。
何曼は身の丈、九尺五寸に鉄棒をひっさげて、李典隊に突っ込んでくる。
李典は、何曼をいなすように移動すると、黄邵を連れて退却した。
入れ替わって、曹洪隊が何曼の相手をする。
何曼と曹洪の一騎打ちが始まった。
二つ名を豪語するだけあって、何曼はなかなかの強者。五十合ほど打ち合っても決着がつかなかった。
そこで曹洪は、わざと負けたふりをして逃げ出し、何曼に隙ができるのを誘う。
何曼は勝ち誇ったように曹洪を追いかけたが、鉄棒を大きく振りかぶったところに急遽反転し、一撃を与えると馬上から転落する。
その時、受けた太ももの傷によって、命を落とした。
ついに一人になった何儀は、不利を悟り、その場から逃げ出すのだった。
三万ほどいた賊軍のうち、数百騎が何儀の後を追い、残りは武器を捨てて降伏する。
曹操は、降伏した賊を殺すことはせずに軍に吸収することにした。
そして、典韋には何儀を追うように指示する。
逃げ足の速い何儀は、なんと潁川郡を越え、汝南郡まで逃げおおせた。
典韋を振り切った何儀が葛陂の辺りに辿り着くと、珍妙な男が行く手を遮る。
なぜ、珍妙かというと、身の丈は八尺に腰回りは五尺ほどある大男が、千斤はあろうか大牛に跨っていたからだった。
「てめぇ、俺の行く手を邪魔しようってのか?」
「汝南にいた黄巾党の残党なら、見逃さないぞぅ」
目の前には大男とはいえ、たった一人。自分たちの行く手を遮るというのであれば、殺るしかなかった。
何儀とその部下たちは、白刃を閃かせる。
すると刃に陽の光が反射したせいか、この大男が乗っていた牛が突然、驚いて暴れ出した。
四方を駆け回り、何儀から離れていくので大男はたまらず牛から降りて、その尻尾を捕まえる。
そして、その尾を引っ張りながら、再び、何儀の前に戻ってきた。
巨大な牛を片手で百歩以上、引きずってくる様子に何儀は驚く。
こんな男とまともに闘っては分が悪いと判断した何儀は、相手にせずに離れようとした。
ところが、この大男は逃がさんとばかりに、牛を持ち上げると何儀に向かって投げつけるのだった。
見事、命中し牛の下敷きとなった何儀は、その重さで圧死する。
それを見た何儀の部下、数百騎は蜘蛛の子を散らすかのように四方に逃げ出した。
そこに、ようやく追いついた典韋がやって来た。
「おい、そこの男の首を引き渡してもらおう」
「何で、おらが倒した賊の首を、見ず知らずのおめぇに渡さなきゃなんねぇんだ?」
「言うことを聞かないというのならば致し方ない」
典韋は双鉄戟をもって、構える。
大男も自分の武器を持とうと腰に手をあてるが、あることに気づいて慌てるのだった。
「おら、自分の得物を忘れてきちまった」
その言葉に拍子抜けする典韋だが、どこか憎めない。それではと自分の双鉄戟の一つを渡す。
「お前にこの重さを扱えるのなら、使うがいい」
大男は、典韋から武器を受け取ると、軽く片手で振り回すのだった。
「うん、このくらいなら問題ねぇ」
「ほう」
典韋は目を細める。自分と同じくらいの腕力を持った男に、今まで出会ったことがない。
あの呂布ですら、単純な力比べでは典韋に敵わなかったのだ。
この大男にがぜん、興味がわいた。
「面白い男だな、名を何という?」
「おらの名前は許褚だぁ」
「俺の名前は典韋。では、いくぞ」
普段は片手で扱う鉄戟を、今日は両手で振り回す。単純にいつもの倍に近い速度で、繰り出された一撃を許褚は、難なくはじき返す。
典韋の手に伝わる衝撃が、許褚の力が本物であることを証明した。
「おめぇ、やるなぁ」
「お前こそな」
両者の一騎打ちは、一刻以上続くが決着がつかない。鉄戟が激しく打ち合う度に大きな金属音が響き、遠くからでも武神同士が闘っていることが分かった。
典韋を追って、軍を進めてきた曹操の本隊が到着したが、耳を突き刺すような高い金属音と迫力に誰も近づくことができない。
更に一刻、打ち合うとついには、お互いの鉄戟がくの字に曲がってしまった。
これでは、武器として成り立たない。
「この勝負、私に預けろ」
汗まみれの二人の猛者の前に、曹操が進み出る。
典韋はすかさず、膝を折るが許褚は、じぃっと曹操の顔を見つめた。
「おら、おめぇのこと、知っているぞ」
「おい、失礼だぞ」
典韋は許褚をたしなめるが、曹操はかまわないと告げる。
「どこかで私と会ったことがあるのかな?」
「おら、おめぇと同じ、沛国譙県の生まれだ」
「私と同郷の者か!名は何と言う?」
許褚、字を仲康と名乗る。
しかし、記憶力のいい曹操でも許褚という名前は思い出せない。
すると、同じく同郷の曹洪が曹操に耳打ちした。
「もしや、この男、あの虎痴ではありませんか?」
「おお、あの虎痴か」
確かに虎痴ならば聞いたことがある。力が虎のように強いが、頭の回転が少し鈍いため地元で、そう揶揄された男がいた。
曹操は、改めて許褚の様子を探るように見つめる。
典韋と互角の闘いをした武力に、裏表のない真面目そうな性格。
自分の身の回りを護衛する者として、これ以上の適任者はいないように思えた。
「どうだ、許褚よ。私に仕えてみる気はないか」
「ある、あるぞ。いつかおめぇ・・じゃなかった。曹操さまの役に立ちてぇと体を鍛えていたんだぁ」
「そう言ってくれると私も嬉しい。今日から私の護衛についてくれ」
許褚は、その言葉に典韋と同じく膝をつき、
「わかっただ」と、答えるのだった。
許褚の礼儀や言葉使いに眉をひそめる者もいたが、それらの者に曹操が一喝する。
「この者は、私の樊噲である。以降、そのように接するように」
樊噲は、高祖劉邦の義弟である。あの有名な『鴻門の会』で劉邦の命を守った忠臣だった。
曹操にとって、許褚をその樊噲と同格であると宣言することによって、以降、許褚の話し方を注意する者はいなくなった。
但し、虎痴という名の方も知れ渡り、どちらが実名か分からず間違える者も続出する。
その度に許褚は、「おらだって、分かれば、どっちでもいいだ」と笑って許したという。
曹操は、潁川郡、汝南郡にはびこる黄巾党の残党を討って、その財宝を手に入れると同時に、心優しき最強の忠臣を手にいれることができた。
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