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第6章 悲運の姫 編
第62話 島原、天草の窮状
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天秀たちが肥前国に入ると、先駆けて現地入りしていた本多家家臣・宮本三木之介より、報せが届く。
目的の人物、大矢野松右衛門と山善左衛門は、現在、島原から海を渡り、唐津藩の飛び地である天草郡にいるようだった。
その情報はあるものの進路はすでに島原に向けていたため、とりあえず三人は、予定通り島原藩に入ることにする。
それにしても、播磨国から肥前国までの道のりは、さすがに遠かった。
足が棒になるとは、まさにこの事かと、天秀は身をもって実感する。
島原藩にやっと着いた天秀らは、疲労困憊、木陰で一休みすることにした。だが、その天秀たち以上に島原の領民が疲れ果てている様子を見て驚く。
いや、驚くを通り越して、唖然するのだった。
道を歩く人々は粗末な衣服を着て、皆、一様に痩せこけている。
家の中からは、母親の乳が出ないのか乳飲み子の鳴き声と必死にあやす女性の声が聞こえてきた。
「これがキリシタンに対する弾圧ですか?」
「いや、それだけではあるまい」
天秀は、何か施しをと思うが、数が多すぎて、どうにもならない。
一人、二人に食べ物を分け与えるだけでは、取り合いになり逆効果になりそうだった。
この状況に幕府に近い千姫は、視線を落とす。
「これは藩主・松倉重政殿の圧政のせいですね。重政殿は島原城建設の際、身の丈に合わぬ城を造ったがため、そのしわ寄せが領民にいっていると聞いております」
これは幕府の一国一城政策に基づいたものなのだが、島原藩にはもともと原城と日野江城の二つの城があった。
重政は、その両方を廃城とし新たに島原城を建てたのである。
藩の財政を考えれば、原城を廃止して日野江城を主城とすればいいものを、重政の行為は見栄を張ったとしか思えなかった。
以前、藩主を務めていた大和国五条藩では、町の発展のために御用聞きの町人に対して、諸役免除するなどで成果を上げたのだが、今度の相手は、ほぼキリシタン。
禁教令を背景に、年貢の取立てを厳しくすることで、弾圧も兼ね藩の財政を豊かにしようと試みたようだ。
しかし、完全にやり方を間違えているとしか思えない。
「思うところはあるでしょうが、用があるのは天草の下島です。渡る船を探しましょう」
「うむ。この様子では、いずれ重政には、何かしらのしっぺ返しがあるじゃろう」
結局、天秀には、この領民たちを救う術がないのだ。
出来ることがあるとすれば、千姫を通して将軍・家光に訴えることだが、禁教令のさなか、どこまで期待できるか分からない。
歯がゆい思いをしながら、天秀たちは海を渡った。
離れゆく対岸を見つめながら、どうか状況が好転することを祈る。
今の天秀には、祈る事しかできないのだ。
天草郡に到着すると、そこは唐津藩。
藩主は、寺沢広高である。
広高も重政ほどではないにせよ、領民に対して厳しく年貢を取り立てていた。
というのも、この天草郡は公式には四万二千石とされているが、実収とは見合っていないのだ。
実際、後の世に幕府は石高を二万一千石と修正する。
つまり、現時点で、領民は倍の年貢を徴収されていることになるのだった。
これでは、領民の暮らしが良くなるわけがない。
島原、天草と立て続けに厳しい現状を見ながらも、天秀にできることは何、一つとしてなかった。
段々、気持ちが滅入ってくる。
暗い気持ちとなるが、こればかりは致し方なく、気持ちを切り替えるしかないのだ。
そんな時、やや遠くから、千姫を呼ぶ声がする。
見やれば、先に現地入りしていた二刀流の剣士、宮本三木之介の走る姿があった。
「千姫さま、お待ちしていました。大矢野松右衛門の居場所、突き止めております」
「ありがとう。案内して下さい」
島民のことは気になるが、千姫としては忠刻が亡くなることになった真相を、まず知りたい。
三木之介に案内を急がせた。
松右衛門がいるという場所は、その名も大矢野村。松右衛門の大矢野は、苗字というより大矢野村の松右衛門という意味のようだ。
村に入ろうとすると、七歳くらいの少年が行く手を遮る。
「何か私たちにご用でしょうか?」
「一つ、いい事を教えてあげると、松右衛門も善左衛門も利用されただけだよ」
これから訪れようとしている人物の名をピタリと言い当てられて、一堂、顔を見合わせた。
何とも不思議な雰囲気を醸し出す少年である。
「どうして、そのことを知っているのかしら?」
「どうしてって・・・お姉さんたちの顔を見てたら、頭の中に思い浮かんだのさ」
そう言うと、少年は村の中へと走って行った。詳しいことは聞けず、何だかはぐらかされた感じだが、何故か真実を語っている。
そんな気にさせられるのだった。
「まぁ、行ってみれば分かるじゃろ」
甲斐姫の言う通りであるため、一堂、気を取り直して村の中へと入って行った。
すると、今度は一人の農夫が道すがら、一行を呼び止める。
「四郎の申す事、本当のことですよ」
四郎とは、先ほどの少年のことだろうかと天秀が考え込んでいると、千姫と甲斐姫の様子がおかしいことに気づく。
まるで、亡霊を見るかのように農夫の男を見つめるのだ。
「ご無沙汰しております」
千姫と甲斐姫に農夫が会釈をすると、ようやく甲斐姫が声を発する。
「全登。おぬし、生きておったか」
目の前の男は、明石全登。
大阪の陣で、豊臣方についた大阪五人衆の一人で、あの敗戦以降、行方知れずとなっていた勇将だ。
そんな人物が、天草にいたとは・・・
千姫も甲斐姫も元々は豊臣方。当然、全登とは旧知の仲ではあるが、今は旧交を温めるというよりも、驚きの方が先行するのだった。
目的の人物、大矢野松右衛門と山善左衛門は、現在、島原から海を渡り、唐津藩の飛び地である天草郡にいるようだった。
その情報はあるものの進路はすでに島原に向けていたため、とりあえず三人は、予定通り島原藩に入ることにする。
それにしても、播磨国から肥前国までの道のりは、さすがに遠かった。
足が棒になるとは、まさにこの事かと、天秀は身をもって実感する。
島原藩にやっと着いた天秀らは、疲労困憊、木陰で一休みすることにした。だが、その天秀たち以上に島原の領民が疲れ果てている様子を見て驚く。
いや、驚くを通り越して、唖然するのだった。
道を歩く人々は粗末な衣服を着て、皆、一様に痩せこけている。
家の中からは、母親の乳が出ないのか乳飲み子の鳴き声と必死にあやす女性の声が聞こえてきた。
「これがキリシタンに対する弾圧ですか?」
「いや、それだけではあるまい」
天秀は、何か施しをと思うが、数が多すぎて、どうにもならない。
一人、二人に食べ物を分け与えるだけでは、取り合いになり逆効果になりそうだった。
この状況に幕府に近い千姫は、視線を落とす。
「これは藩主・松倉重政殿の圧政のせいですね。重政殿は島原城建設の際、身の丈に合わぬ城を造ったがため、そのしわ寄せが領民にいっていると聞いております」
これは幕府の一国一城政策に基づいたものなのだが、島原藩にはもともと原城と日野江城の二つの城があった。
重政は、その両方を廃城とし新たに島原城を建てたのである。
藩の財政を考えれば、原城を廃止して日野江城を主城とすればいいものを、重政の行為は見栄を張ったとしか思えなかった。
以前、藩主を務めていた大和国五条藩では、町の発展のために御用聞きの町人に対して、諸役免除するなどで成果を上げたのだが、今度の相手は、ほぼキリシタン。
禁教令を背景に、年貢の取立てを厳しくすることで、弾圧も兼ね藩の財政を豊かにしようと試みたようだ。
しかし、完全にやり方を間違えているとしか思えない。
「思うところはあるでしょうが、用があるのは天草の下島です。渡る船を探しましょう」
「うむ。この様子では、いずれ重政には、何かしらのしっぺ返しがあるじゃろう」
結局、天秀には、この領民たちを救う術がないのだ。
出来ることがあるとすれば、千姫を通して将軍・家光に訴えることだが、禁教令のさなか、どこまで期待できるか分からない。
歯がゆい思いをしながら、天秀たちは海を渡った。
離れゆく対岸を見つめながら、どうか状況が好転することを祈る。
今の天秀には、祈る事しかできないのだ。
天草郡に到着すると、そこは唐津藩。
藩主は、寺沢広高である。
広高も重政ほどではないにせよ、領民に対して厳しく年貢を取り立てていた。
というのも、この天草郡は公式には四万二千石とされているが、実収とは見合っていないのだ。
実際、後の世に幕府は石高を二万一千石と修正する。
つまり、現時点で、領民は倍の年貢を徴収されていることになるのだった。
これでは、領民の暮らしが良くなるわけがない。
島原、天草と立て続けに厳しい現状を見ながらも、天秀にできることは何、一つとしてなかった。
段々、気持ちが滅入ってくる。
暗い気持ちとなるが、こればかりは致し方なく、気持ちを切り替えるしかないのだ。
そんな時、やや遠くから、千姫を呼ぶ声がする。
見やれば、先に現地入りしていた二刀流の剣士、宮本三木之介の走る姿があった。
「千姫さま、お待ちしていました。大矢野松右衛門の居場所、突き止めております」
「ありがとう。案内して下さい」
島民のことは気になるが、千姫としては忠刻が亡くなることになった真相を、まず知りたい。
三木之介に案内を急がせた。
松右衛門がいるという場所は、その名も大矢野村。松右衛門の大矢野は、苗字というより大矢野村の松右衛門という意味のようだ。
村に入ろうとすると、七歳くらいの少年が行く手を遮る。
「何か私たちにご用でしょうか?」
「一つ、いい事を教えてあげると、松右衛門も善左衛門も利用されただけだよ」
これから訪れようとしている人物の名をピタリと言い当てられて、一堂、顔を見合わせた。
何とも不思議な雰囲気を醸し出す少年である。
「どうして、そのことを知っているのかしら?」
「どうしてって・・・お姉さんたちの顔を見てたら、頭の中に思い浮かんだのさ」
そう言うと、少年は村の中へと走って行った。詳しいことは聞けず、何だかはぐらかされた感じだが、何故か真実を語っている。
そんな気にさせられるのだった。
「まぁ、行ってみれば分かるじゃろ」
甲斐姫の言う通りであるため、一堂、気を取り直して村の中へと入って行った。
すると、今度は一人の農夫が道すがら、一行を呼び止める。
「四郎の申す事、本当のことですよ」
四郎とは、先ほどの少年のことだろうかと天秀が考え込んでいると、千姫と甲斐姫の様子がおかしいことに気づく。
まるで、亡霊を見るかのように農夫の男を見つめるのだ。
「ご無沙汰しております」
千姫と甲斐姫に農夫が会釈をすると、ようやく甲斐姫が声を発する。
「全登。おぬし、生きておったか」
目の前の男は、明石全登。
大阪の陣で、豊臣方についた大阪五人衆の一人で、あの敗戦以降、行方知れずとなっていた勇将だ。
そんな人物が、天草にいたとは・・・
千姫も甲斐姫も元々は豊臣方。当然、全登とは旧知の仲ではあるが、今は旧交を温めるというよりも、驚きの方が先行するのだった。
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