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第2章 炎の砂漠 編

第27話 短い友誼

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豪華客船の中で起きた不審者の出没事件と宝石盗難事件。
とりあえず、落ち着いたこともあり、乗客は皆、下船の準備を始める。
目的地である川港町トルワンの埠頭が見え始めたのだ。

そんな中、宝石泥棒の疑いは晴れたアンナだったが、無賃乗船の罪は、紛れもなく彼女に降りかかる。
レイヴンは、乗り掛かった舟とアンナの身元引受人となり、乗船料を負担することで、船会社と話をつけた。

同じロイヤルスイートの費用、白金貨20枚は迷惑料も込み。表向きは、不承不承ふしょうぶしょうといった感じだったが、内心では納得している金額だと思われた。

アンナにはトルワンに着いてから、色々、詳しい事情を聞くつもり。まだ、若い女の子が一人で、こんな無茶をする以上、それなりの理由があるはずだ。
そんな彼女は、甲板に出た途端、表情が一変する。

「どうした?」
「やっと、見つけました」

そう言うと突然、走り出し、落ち着いた深緑色のフードの背中から、鉄の棒のような物を取り出した。
そして、甲板上に姿を現した、ある人物に飛びかかったのである。

「うわっ、危ねぇ」

それはウォルトだった。彼の鍛え抜かれた体と反射神経は、獣人化しなくても十分、レベルが高い。
小柄なアンナの一撃など、難なく躱すことが出来た。だが、その余裕の体術とは裏腹に、目は本気で怒っている。

しかし、レイヴンにはウォルトが怒り始めたのは、攻撃を受けたからではなく、鉄の棒を振り下ろした勢いでフードが外れ、そこから緑色の髪が見えた直後のように思えた。

『その特徴に何か、思い当たりがあるのか?』
そんな疑問が生まれる。

「おいおい、鉄の棒で殴られりゃ、痛いじゃすまねぇぞ。誰だか知らねぇがお仕置きが必要だな」
すると、スキルを使うため呪文を唱えた。

獣人化アンスロ

ウォルトの体は、みるみる狼男ウェアウルフへと変貌した。初見の人は、恐怖すら覚える風貌である。
ところが、アンナはウォルトがスキルを使用するのを待っていたようだった。

鉄の棒と思われた武器は、横笛のような楽器らしくアンナは目を閉じて、演奏を始める。
その音はレイヴンには、まったく聞こえないのだが、何故かウォルトは苦しみ始めた。

「ウワアアッ」

仕組みはよく分からなかったが、もしかしたら、アンナが吹いているのは犬笛と同じものかもしれないとレイヴンは考える。
普通の人間には聞こえないが、獣人化したウォルトにだけ聞こえる音域のメロディーで、苦しめているのではないかと想像した。

「一体、何をしているの?」

そこに別の場所で荷物の整理をしていたパメラが、慌てて駆けつける。
ウォルトが苦しんでいるのが、アンナの演奏だと気付くとパメラも呪文を唱えた。

旋風ワールウインド

パメラのスキルによって、ウォルトとアンナの間に風の壁ができる。
音とは、つまり空気の振動であるから、風を送り込んで流れを作り、ウォルトの方に伝わらないようにすればいいのだ。

「助かったぜ」

ウォルトが苦しみから解放され、反撃に出ようとしたところ、思わず舌打ちする。
緑色の髪の女の子の隣に、レイヴンとカーリィが立ち、身構えているのだ。

「おい、レイヴン。随分と躾の悪い女を飼っているな」
「それより、お前、アンナから恨まれるようなことをしたのか?」

恨まれることと言われても、実は思い当たることだらけのウォルトは考え込む。
そんな狼男ウェアウルフの肩をパメラが叩いた。

「もう少し、お友達ごっこをしたかったけど、もうおしまいね。私たちは『アウル』のメンバーよ」
「何ぃ!」

衝撃の告白にレイヴンもカーリィも驚く。それでは、カーリィを狙ってウォルトたちは近づいてきたのか?
だが、その疑問は、あっさりと否定された。

「俺たちは、別の使命を帯びている。そこの綺麗なお姉ちゃんは、任務外だ。」
「ただ、私たちの任務に関わる事だから仲良くしたかったのだけど、作戦を変更するしかないようね」

何の任務か分からないが、レイヴンに近づいて来たのは、ただの偶然ではないようである。
全然、気づかなかったのは、完全な落ち度だ。
それだけ、敵が手練れなのかもしれないが・・・

「作戦変更はいいが、ここはまだ船の上だ。逃げられるとでも思っているのか?」
「逃げる?まさか、俺に勝つつもりでいるのか?・・・笑わせるなよ」

ウォルトは強気だが、レイヴンにも勝算はある。
カーリィの『無効インバルド』とアンナの笛があれば、こちらに十分、分があるのだ。
それにはパメラも気付いている。

「ここから埠頭までの距離なら、何とかなるわ。ここは、一旦、退きましょう」

追風テールウインド

スキルによって、突風が巻き起こり、その風にウォルトとパメラが乗った。
そして、そのまま宙を浮いて、陸地まで飛んで行こうとする。

「しょうがねぇから、今日は退いてやる。また、会おうぜ」

その言葉を残して、二人は遠く離れて行くのだ。
甲板には、他の乗客もいたため、騒然とした雰囲気となるのだが、その中、突然、アンナが倒れてしまう。

顔色が悪く、汗がひどい。
とにかく今は、トルワンに着いた後、アンナを休ませる必要があるとレイヴンは考えるのだった。


アンナが目覚めた時、そこには見知らぬ天井があった。
そして、黒い物体が目の端に映る。

それが鳥だと気付くのに、しばらくかかったのだが、一度認識すると、何故か目が離せなくなった。
その鳥は、アンナの身を心配するように、その目で訴えかけているような気がしたからだ。

「気が付いたのか?」
声の方を見ると、黒髪緋眼くろかみひのめの青年が立っている。

『確か、この人の名はレイヴン・・・』

「痛っ」

不意に頭が痛くなるのと同時に、自分が倒れた時の記憶が徐々に蘇ってきた。
ウォルトという男に、自身のスキル『旋律メロディー』の派生スキル『高音波ハイソニック』と『苦痛の音律アゴニー・リズム』の複合技を仕掛けたのだが・・・

一時は、相手を苦しめたように思う。しかし、結局、敵の仲間に邪魔をされてしまった。
力不足を感じた、この先から、アンナの記憶が曖昧となる。

多分、そこら辺から、気を失っていたのだろう。
やはり、二つのスキルを同時に扱うには、まだまだ経験が足りなかったようだ。この頭の痛みは、無理をした副作用だと思われる。

体調が戻らぬアンナに対して、目の前にいるレイヴンは、十分、時間をくれた。
催促せずに、ただ、話すのを待っていてくれているようである。

船上でも、詳細を聞かずとも助けてくれた恩があった。
アンナは、レイヴンが信用に値する人物と認め、ようやく全てを話す気になるのだった。
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