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二章 悪役令嬢との出会い

2-1 森の外

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 あれから5年。半分賭けで始めた、魔女の弟子としての生活は案外うまくいっていた。

 ラピス、もとい師匠は結構抜けているところが多い、というか生活能力が思った以上に低かったことには驚かされたけど、今は私が家事をやっているので大丈夫。

 はじめは私も料理や洗濯、掃除なんてほとんどやったことがなかったからどうなることかと思ったが、驚くほどルティアナは村で家事をしていたらしい、彼女の記憶のおかげで慣れた手付きで全部終わらせられたのだ。

 未だに魔王の接触もなく、本編での私、ルティアナについての謎は深まるばかりではあるが、いつかはなにか起こるだろうと今は気長にゆるりと構えている。早くから焦ったっていいことないと思うから。

 本編が本格的に始まって危険に晒されるような状況になる可能性が大いにあるのでそれまでは静かに楽しく暮らしていたいから。

「師匠、家にほとんど食材がないので街まで出て買ってきますね。生鮮食品は森じゃ手に入らないので」

「ん、気をつけて行ってくるんだよ。危ない人にはついて行っちゃ駄目だからね。あと、必要以上に寄り道しないことね。あ、髪色を変えるのを忘れずにねー」

「分かってますって」

指先で黒髪にちょいと触れる。変われ、変われ、と念じているうちにすうっと毛先から薄い金に変わっていった。

 なぜ髪色なんてものを変えなければならないのか。

 まぁ、簡単に言うと5年経った今でも、私は注目されているのだ。長い長い歴史の中でも歴史にも数人しか確認されていない全属性の娘を今でも王族は血眼で探しているらしく、「黒髪の全属性を見つけたら、王族の元へ連れて行け」はもはや国の常識と化しているらしい……

 いい加減諦めてくれれば、とは思うのだけれど、王族がここまで本気で探して見つからないのは生きていて隠れているからだと確信されているせいで捜索の手は緩まっていないらしい。死んでいれば絶対に死体を見つけられるとのこと。

 そのせいではじめ数年は顔が割れていたのでこの森の奥の家から一歩も出られなかったが、もう5年も経てば顔立ちもだいぶ変わっているので、中々5年前の姿を知っている人でも分からない。髪色を変えるならと渋々師匠も許可してくれるようになった。

「行ってきまーす」

ギシギシと音を立ててひたすらに建付けの悪い外への扉を開けた。

 さて、ここからが大変だ。

 目の前にあるのは、木、木、木。

 ここは死の森の最奥といっていいほど本当に森の真ん中の一番木が生い茂っているところだから、道という道は一切ないのだ。

 ……私が来た頃は多少整備されてたんだけれどなぁ……

 師匠が私が国に見つかることを心配して、念には念はと言って【木】の魔法で生い茂らしてしまったのだ。

 師匠は雑そうな雰囲気をしている割には結構な過保護だと思う。

「【木】よ、道を開きたまえ」

今ではもうだいぶ慣れた魔法を使い、木にトンネルのような、森の出口付近まで繋がる一直線の一本道を作ってもらう。それでも、道の先に見えるのは緑ばかり……

 街までは、前回行ったときから考えて大体歩いて三十分。

 ……あーあ、魔女ぼうきみたいなのに乗って大移動とかできたらいいのにな……

 日本だったら魔法の定番だった空飛ぶほうきは、この世界にはなかった。【風】魔法を駆使したらできないことはないんだろうけど、やったら目立って、秒で拘束されて、最終的にはお尋ね者だってバレて捕まるだろうからなぁ……

 転移魔法はあるにはあるけれど、魔法陣の設置が必須。魔法陣から魔法陣への移動しかできない。移動の形跡を極力なくさねばいけない私からしたら無用の長物だ。魔法陣を設置したらすぐ足がつく。

 結局歩かないといけないんだよなぁ、と、大きなため息をついて、私は木のトンネルを歩き出した。

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