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フェルシア王国・陰謀編
仮面の下は悪意
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「お初にお目にかかります。リリーシェ王国から参りました、フィティア・ヴィオテールと申します。お茶会にこうして招いてくださったこと、非常に嬉しく存じます、正妃様」
「いえ、こちらこそ。国に到着したばかりですのにこうして呼び出してしまってごめんなさいね。あなたのような可愛らしいお嬢さんが私の義娘になるなんて、とても嬉しくて」
日だまりのような微笑みに優しげな雰囲気。まるで完璧な人だと思ったその瞬間、背筋が寒くなった。
……あぁ、違うのだ。この正妃様は優しいのではない。優しさという仮面の下に悪意を隠しているという、ただそれだけのこと。だから完璧だと。そう感じたに違いない。私はこれを知っている。妹のと同じだから。そっくりだから。向けられた目線に含まれた、密かな悪意がひしひしと伝わってくるような、そんな感覚が。
「そう言っていただけるとは光栄です。ぜひ仲良くいたしましょう」
「ふふ、そうですわね。そういたしましょう」
正妃様が紅茶を一口啜って、置く。それが開戦の合図だった。
「……ねぇ、フィティアさん。私、ひとつだけ気になることがあるのですわ。聞いてもいいかしら?」
「えぇ、もちろんです」
「トールには婚約者が近々できる予定でしたの。いわゆる政略のものなうえに、内輪で考えていただけの話なので構わないのですけれどね。ただ、そのご令嬢はこの国でも特に優秀と言われ、筆頭公爵家の一人娘でしたのよ。それこそ王家ですら一目置くほどの」
何が伝えたいのか。分からないはずがない。この人は私とトールの婚約を何があっても認める気などさらさらないのだと。私に国に帰るよう暗に言っているのだと。
フェルシアでは正妃の権力がとても強い。独裁をなくすため、議会、正妃、王全ての承認があって初めてものごとは可決されるらしい。……そしてそれは私たちの婚約、結婚も例外ではない。
自分は承認する気はないと。元々の婚約者の予定だった令嬢をトールにあてがいたいのだと。そういうことだろう。
全属性持ちの私がトールにつけば、彼は圧倒的に王座に近くなる。だから、反対している。予想はしていたけれど思った以上に手強いらしい。……まぁ、さらさらこれで引き下がるつもりはないが。
「あら、それは。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。しかし私、フェルシアの王から正式に認められ嫁いできた身でありますので、正妃様の要望に沿うことは厳しいかと思われます」
「いえ、貴方に婚約者の座を降りろと言いたいわけではないのよ? ただ、その彼女を納得させられるほどの人間だと貴方が示すことができなければ、議会が貴方を承認しないかもしれないと。教えておいてあげようかと思って」
なるほど、議会に圧迫をかけたということか。そもそもこの婚約、王が大手を振って既に受け入れた時点で承認されたようなもので、リリーシェとの関係維持のためにも議会がそれを承認しないわけがないのだ。1公爵家との関係と、隣国との関係。どちらを重視するかなんて自明の理だ。それを正妃様はおそらく私情で議会に承認を止めさせている。そう、言いたいに違いない。私たちの婚約は無理なのだ、と。
「あら、それは困りましたね。正妃様、私この国には来たばかりですので、この国でどのようにすれば認めていただけるのか心得ておりませんの。ご教授していただけませんでしょうか?」
正妃様が一瞬目を細めた。苛立っているに違いない。これでも次期国王の元婚約者だったのだ、こういう現場での対応は十分心得ている。相手から言質を取ること、だ。私を正妃が認める条件を示させること。ここで示した条件を私が満たした場合、正妃は婚約を認めざるを得なくなる。約束を違えることは王族として信用をなくすと同意。特にこの場は公式のお茶会だから、抹消もしにくい。一応後ろにトールの侍女もついているから、虚偽を言わないだろう証人もいるのだから。
「そうね。昔、リリーシェから来たあなたと同じ全属性の花嫁は、リリーシェの国花であり、万能薬とも呼ばれるリーフィの花を見事開花させたそうよ。それまで蕾が開くのを見たことがある者はいなかったから、それにより彼女はこの国の誰もに認められたわ。眉唾物ではあるけれど、開花した花から作った薬で治せない病はなかったのだとか。――彼女以来、リーフィの花を咲かせた人はいないの。だから、貴方がそれを咲かせられたら、誰もが貴方を認めるでしょうね」
リーフィの花。蕾どころか葉の一枚、根のひとかけらですら、高騰して中々手に入らないリリーシェの妙薬だ。怪我も病気もたちまち治る、奇跡の花。見事咲かせられたのは今までたったの一人だけ――
どこの国でも知られる、有名な話。彼女が亡くなった後、それを悼むかのように花は全て閉じて、枯れていったのだという。
正妃は絶対に無理だと思ってこの条件を出したに違いない。正直、流石に私もこれは厳しい。でも――やらないという手はない。その人が生きている間咲かせられたということは、何か方法があるということ。偶発的ではなく、何かの条件を揃える必要があるというだけのこと。だったら、それを探せばいい。
「なるほど、教えてくださりありがとう存じます。では私期待に応えられるよう、おっしゃる通りに精進したいと考えております」
「ええ、楽しみにしているわ」
あまりに無感情な瞳を向けられぞっとしたけれど、こちらも貴族的な笑みを浮かべて社交辞令を述べたことで、その場はそこでお開きとなった。
「いえ、こちらこそ。国に到着したばかりですのにこうして呼び出してしまってごめんなさいね。あなたのような可愛らしいお嬢さんが私の義娘になるなんて、とても嬉しくて」
日だまりのような微笑みに優しげな雰囲気。まるで完璧な人だと思ったその瞬間、背筋が寒くなった。
……あぁ、違うのだ。この正妃様は優しいのではない。優しさという仮面の下に悪意を隠しているという、ただそれだけのこと。だから完璧だと。そう感じたに違いない。私はこれを知っている。妹のと同じだから。そっくりだから。向けられた目線に含まれた、密かな悪意がひしひしと伝わってくるような、そんな感覚が。
「そう言っていただけるとは光栄です。ぜひ仲良くいたしましょう」
「ふふ、そうですわね。そういたしましょう」
正妃様が紅茶を一口啜って、置く。それが開戦の合図だった。
「……ねぇ、フィティアさん。私、ひとつだけ気になることがあるのですわ。聞いてもいいかしら?」
「えぇ、もちろんです」
「トールには婚約者が近々できる予定でしたの。いわゆる政略のものなうえに、内輪で考えていただけの話なので構わないのですけれどね。ただ、そのご令嬢はこの国でも特に優秀と言われ、筆頭公爵家の一人娘でしたのよ。それこそ王家ですら一目置くほどの」
何が伝えたいのか。分からないはずがない。この人は私とトールの婚約を何があっても認める気などさらさらないのだと。私に国に帰るよう暗に言っているのだと。
フェルシアでは正妃の権力がとても強い。独裁をなくすため、議会、正妃、王全ての承認があって初めてものごとは可決されるらしい。……そしてそれは私たちの婚約、結婚も例外ではない。
自分は承認する気はないと。元々の婚約者の予定だった令嬢をトールにあてがいたいのだと。そういうことだろう。
全属性持ちの私がトールにつけば、彼は圧倒的に王座に近くなる。だから、反対している。予想はしていたけれど思った以上に手強いらしい。……まぁ、さらさらこれで引き下がるつもりはないが。
「あら、それは。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。しかし私、フェルシアの王から正式に認められ嫁いできた身でありますので、正妃様の要望に沿うことは厳しいかと思われます」
「いえ、貴方に婚約者の座を降りろと言いたいわけではないのよ? ただ、その彼女を納得させられるほどの人間だと貴方が示すことができなければ、議会が貴方を承認しないかもしれないと。教えておいてあげようかと思って」
なるほど、議会に圧迫をかけたということか。そもそもこの婚約、王が大手を振って既に受け入れた時点で承認されたようなもので、リリーシェとの関係維持のためにも議会がそれを承認しないわけがないのだ。1公爵家との関係と、隣国との関係。どちらを重視するかなんて自明の理だ。それを正妃様はおそらく私情で議会に承認を止めさせている。そう、言いたいに違いない。私たちの婚約は無理なのだ、と。
「あら、それは困りましたね。正妃様、私この国には来たばかりですので、この国でどのようにすれば認めていただけるのか心得ておりませんの。ご教授していただけませんでしょうか?」
正妃様が一瞬目を細めた。苛立っているに違いない。これでも次期国王の元婚約者だったのだ、こういう現場での対応は十分心得ている。相手から言質を取ること、だ。私を正妃が認める条件を示させること。ここで示した条件を私が満たした場合、正妃は婚約を認めざるを得なくなる。約束を違えることは王族として信用をなくすと同意。特にこの場は公式のお茶会だから、抹消もしにくい。一応後ろにトールの侍女もついているから、虚偽を言わないだろう証人もいるのだから。
「そうね。昔、リリーシェから来たあなたと同じ全属性の花嫁は、リリーシェの国花であり、万能薬とも呼ばれるリーフィの花を見事開花させたそうよ。それまで蕾が開くのを見たことがある者はいなかったから、それにより彼女はこの国の誰もに認められたわ。眉唾物ではあるけれど、開花した花から作った薬で治せない病はなかったのだとか。――彼女以来、リーフィの花を咲かせた人はいないの。だから、貴方がそれを咲かせられたら、誰もが貴方を認めるでしょうね」
リーフィの花。蕾どころか葉の一枚、根のひとかけらですら、高騰して中々手に入らないリリーシェの妙薬だ。怪我も病気もたちまち治る、奇跡の花。見事咲かせられたのは今までたったの一人だけ――
どこの国でも知られる、有名な話。彼女が亡くなった後、それを悼むかのように花は全て閉じて、枯れていったのだという。
正妃は絶対に無理だと思ってこの条件を出したに違いない。正直、流石に私もこれは厳しい。でも――やらないという手はない。その人が生きている間咲かせられたということは、何か方法があるということ。偶発的ではなく、何かの条件を揃える必要があるというだけのこと。だったら、それを探せばいい。
「なるほど、教えてくださりありがとう存じます。では私期待に応えられるよう、おっしゃる通りに精進したいと考えております」
「ええ、楽しみにしているわ」
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