宝生の樹

丸家れい

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第二章

國保との思い出

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 新芽が息吹く山々に桜色が零れるように滲み出し、山の麓には菜の花が広がっている。

 芳春の季節。
 霞がかった青空に真っ白な綿雲がゆったりと流れていく様を青はぼんやりと眺めていた。春風に揺らされるたびに桜の花びらが、呂色の瞳の中をさらさらと流れていく。
 
 満開を迎えた桜の樹の下で座る青は、國保のことを思い出していた。
 
 國保がこの世を去って、八年が経つ。

 長雨のせいで溜池が決壊し、崩れた堤体に巻き込まれた村人を救出している際に、國保の訃報を聞かされた。すぐさま美弥藤の屋敷に戻り、國保と対面した青だが、信じられずにただ呆然とするしかできなかった。

 國保の遺体に縋りついて泣き叫ぶ章子の隣で、青はずっと國保の安らかな顔を見つめていた。

 一時は、胸を掻き毟るように苦しみ出した國保だが、亡くなる間際に落ち着きを取り戻し、そのまま眠るように息を引き取ったのだと保親から聞かされた。

『軟弱な身体を受け入れ、どんなときも朗らかに生きていた國保に神が手を差し伸べてくれたのかもしれんな』

 そう目尻の皺を深く刻んだ保親は、國保の部屋を去った。

 微かに口角が上がった國保の死に顔に、そのときの青はぼんやりと思う。

 國保の本心はどこにあったのだろうか、と。

 今まで、前向きに勉学に励んでいる國保の姿しか見たことがなかった。
 自由の利かない身体を疎ましく思わないわけがないだろうに。

 もしかしたら、自分の知らないところで挫けそうな心を奮い立たせていたのかもしれない。次期当主として弱い姿を見せられなかったかもしれない。

 そんなことを國保が亡くなってから気付く自分に呆れた。

 気の利かない妹でごめん、と心の中で呟くと、國保に叱られた気がして青の瞳から涙が流れた。

 脳裏に刻まれた國保との思い出が、浮かんでは消えていく。
 自分と会話を交わし、楽しそうに笑っていた國保も嘘ではなかったはずだ。

『私も楽しかったよ』と微笑んで青は棺に収められた國保に別れを告げた。

 そして、青が正式に美弥藤家の次期当主と決定した。
 女子が美弥藤家の当主になるのは異例であり、家臣からも反対の意見があったらしい。それを一蹴したのは、意外にも保親だった。

 苦手な勉学に励むべく、國保の部屋にあった膨大な量の書物は、章子の了承を得て今は青の私室にすべて移動させている。

 本を読んでいても前より眠くならなくなったし、書写も捗っている自分の姿に、成長したな、と國保も褒めてくれるだろう。

 
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