御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第一話 ポルシェの代償

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「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!」

あたし、望月さくらはフルスロットルで自転車を漕ぐ。

言っておくけど、あたしの自転車はあちこち塗装の剥げた、
その辺にあるごく普通のママチャリであって、
昨今需要の高まっている電動自転車ですらないんだからねっ。

校門から大学構内へと続くこの桜並木は、なかなかの傾斜である。

「ふんがー---!!!」

あたしはなりふり構わず、ひたすらに自転車を漕ぐ。

必死の形相のあたしの横を、白いBMWがスイーと追い越していく。
すれ違い様にウインドウが降りて、

「あら、望月さん、ごきげんよう」

涼しい顔をした令嬢が、
にっこりとあたしに微笑みかけてきた。

「ごきげんよう、絵麻えまさん」

額から汗が噴き出て、
心臓がえらいことになっていたが、あたしも根性で令嬢に微笑みを返した。

それきりウインドウが上げられて、白のBMWが小さくなっていく。

ふと横を見れば大学の駐車場には、ベンツだのBMWだのレクサスだのの高級車が所狭しと並んでいる。

あたしの通う欄城らんじょう大学は小学校からの一貫校で、
良家の子女が通う超名門大学なのである。

「はぁ~」

あたしは重いため息を吐いて、自転車を降りた。

今はママチャリ登校のこんなあたしだけれど、
一応あたしだって小学校からの生粋の欄城っ子なのである。

かつてはパパの車で送ってもらっていたし、
みんなみたいにきれいな服だって着ていた。

だけどパパの事業が傾いて、乗用車は手放し、
今は仕入れのための軽トラが一台残るのみなのである。

そうするとずっと仲の良かった友達とも、だんだん疎遠になってしまって、
なんだかいたたまれない。

そんな状況だから、
入学した直後なのではあるが、大学を辞めて働こうかとも真剣に考えたりもした。

だけど親がせめて大学だけはちゃんと卒業してくれと、
泣いて反対したので、奨学金を貰い、必死にバイト代を稼いでなんとか大学生活を送ることができているのが現状だ。


我が身の侘しさを思い、あたしは自転車を押しながら足元の小石を蹴っ飛ばした。

その拍子に反対車線からぶっ飛ばしてきた一台のポルシェが視界に入った。

コツン。

とても嫌な音がした。

あたしは恐る恐る顔を上げた。

ポルシェのケイマンのシルバーカーが停止し、男が降りてきた。

「君、どうしてくれるんだい? 
僕のポルシェが傷ついてしまったじゃないか」

少しだけ色素を抜いた、薄茶のさら髪が風に靡き、
二重のくっきりとした瞳はダークグレイで、少し日本人離れした
とんでもない美形である。

(ひぃぃぃぃ! この方は帝王カイザー様ではありませんかっ!!!)

あたしは内心恐れ慄いた。

二つ名に帝王カイザーの名を頂くこの人物の本名は、鳥羽総一郎。
名うての資産家が集う我が大学でも、破格の家柄の御曹司なのである。

なんでも日本でも屈指の大企業である鳥羽建設の跡取りなのだとか。

もっともあたしとは学部も違うし、学年も違うから、ときどき遠くから姿を見かけることはあったんだけど、
こんなに近くでご尊顔を拝したことはない。

しかもあたしったら、そんな人の車に傷を……傷を……。
修理代金って一体いくら請求されるんだろう。

そう思ったら頭がクラクラしてきた。

「おい、君、大丈夫か?
顔色が優れないようだが」

目が回る。

(もう無理っす。これ以上バイト増やせません)

あたしの魂が悲鳴を上げている。
根性論ではどうにもならない現実があるのだ。

「君! おい君! しっかりしたまえ」

あたしは気持ちが悪くなってその場所にしゃがみこんだ。

「ひどく顔色が悪い、ともかく車の中へ」

あたしは自転車を脇に置いて、エアコンのきいたポルシェの助手席に座った。

「重ね重ねすいません。少し休めば多分大丈夫かと」

魂の抜けかけているあたしに、帝王は小さくため息をついて
車を出て行った。

(ああ本当に車の修理代どうしよう。今だってぎりぎりの生活なのに、
いよいよあたし、大学を辞めて働かなきゃならないのかな)

そんなことを考えてグルグルしていると、

「ほら、飲めば?」

そう言って帝王があたしにスポーツドリンクを手渡した。

「え?」

あたしは目を瞬かせた。

「とりあえず、それ飲んで落ち着こうか」

そう言って帝王があたしに微笑むけれど、

(やだ、なんかコワイ。一体いくら請求されるんだろ?)

美しすぎる微笑に、そんな恐怖と戦慄を覚える。

「あのさあ、君、失礼じゃない?
 人のことそんな猛獣を見るような目つきで」

帝王が形の良い眉毛を顰めた。

(ぶっちゃけ猛獣より怖いんですけど)

あたしはそんな言葉とともに、頂いたスポドリを飲み下した。

「車の傷の件は、不問にしてあげてもいいよ」

ぽつりと呟いた帝王の言葉に
あたしは思わず顔を上げた。

しまった。
うっかりと帝王と目が合ってしまったじゃないか。

(あれ? この人こんなに優しい目をしているんだ。
透き通るビー玉のような瞳……。すごく綺麗)

不覚にもそんなことを思ってしまった。

「ただし、条件がある」

ほうら、おいでなすった。
やっぱり前言撤回である。

「僕の恋人を演じてくれないか?」

不意の申し出に、あたしの思考回路が停止した。
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