御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第三話 鳥羽総一郎の秘密

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鳥羽さんはモテる。
まあ当然だよね。

日本屈指の大企業の御曹司で、成績優秀、それに加えてあの容姿だもの。

そんなことをぼんやりと考えていたら、

なにやら一回生の女子と上級生の女子たちが、
鳥羽さんをめぐって火花を散らしているらしい。

(あんたらそれすでに、良家の令嬢の顔じゃなくて、
ヤクザのシマ争いの表情だよ)

あたしは目を瞬かせた。

(ひぃぃぃぃぃ! 女の人、コワイ)

君子危うきに近寄らずと、あたしは抜き足差し足でその場から立ち去った。

◇◇◇

「ちょっと……き……君たち……やめないか?」

俺、鳥羽総一郎は、こみ上げてくる吐き気を堪えて、
俺をめぐって険悪な雰囲気になっている女子たちの前になんとか立ちはだかった。

(き……気持ち悪い)

実はこの俺、鳥羽総一郎は、女性恐怖症を発症しているのである。

無理もない。
この美貌である。(自分で言うのもなんですが)

4歳の頃に保母さんに告白されて以来、数多の女性たちに追いかけ回される日々を送り続け、
数知れない修羅場に遭遇した結果、すっかりトラウマになってしまったのだ。

心の傷は深く、俺は女性に触れることができない。

どんな老女であっても、女性に触れると蕁麻疹が出て、
接触したまま三分が過ぎると、ゲロを吐く特異体質になってしまったのである。

とはいえ俺は男が好きなわけではなく、
やっぱり身体は女に反応してしまうわけで……。

ああ、まさに生き地獄である。

しかも俺は日本屈指の大企業の跡取りであり、
20歳の誕生日には、一族そして会社の役員たちの前に
将来のパートナーとなる女性を伴わなければならない。

俺のことを好きだと言ってくれる女性は掃いて捨てるほどいるのだが、
よもや俺がこんなややこしい体質なのだと知る由はなく、

つい先日も、

「ねぇ、総一郎、あたしのこと好き?」

元カノが真剣な眼差しで尋ねてきたので、

「あっ? ああ、もちろんじゃないかっ!
 好き好き大好きチャイコフスキー♡」

と答えたら、強烈な平手打ちを喰らった。

しかし悲しいかな、平手打ちの痛みより、
体中に広がった蕁麻疹のほうが酷かったんだ。

「嘘ばっかり! 総一郎はあたしと付き合っているっていうくせに、
手も繋いでくれなければ、キスだってしてくれないじゃない」

元カノの言葉に俺はちょっと泣きそうになった。

(ハードル高っけぇわ。せめて交換日記からにしてください)

俺は元カノの足元にひれ伏したくなった。

◇◇◇

「ちょっと、鳥羽先輩、聞いているんですかぁ?」

一回生の女の子が、俺の手を掴んだ。

(うぉぉぉぉ! いきなりのゼロ距離核弾頭の投下かよ)

カラータイマーが鳴っている。
俺の本能のカラータイマーが、

俺の死亡時刻を明確に告げている。

「あれ? なんか鳥羽先輩、顔色悪くないですか?」

しかもこの女、俺を気遣うフリをして、俺の腕に胸を押し付けてくる。

俺はその胸の弾力に、自分の死期を悟った。
一刻も早くこの場所から立ち去らねばっ!

「ぼっ……は、ちょっとお手洗いに……。
 じゃあ失礼するよ」

俺は脱兎のごとくその場所から逃げ出して、
男子トイレに駆け込んだ。

◇◇◇

「ふぅ、間一髪間に合ったようだな」

俺は洗面所で口をゆすぎながら、安堵のため息を吐いた。

無言の空間に水道の水音だけが響く。

俺は洗面台の鏡に映る自分の顔を見つめた。

「どんなにうちが資産家でも、俺がどんなにイケメンでも、
どんなに俺が努力しても、この体質だけはどうにもならなかったんだ」

俺は下を向いた。

呪われた体質なのだと、半ば誰かと心を通わせることを
諦めて生きてきたように思う。

それはとても味気のないものだった。

世界は色を失って、ひどく空しかったんだ。

だけど俺は、彼女に出会ってしまった。

うちの大学ではめずらしいチャリ通の彼女に。

ところどころ塗装が剥げて、
年季を感じさせるメタリックシルバーのママチャリは、
多分お母さんか誰かのおさがりだろう。

そんな自転車を押しながら、
幸が薄すそうに、背中を丸めて歩く彼女が小石を蹴った。

その小石が見事に俺のポルシェにジャストミート。

最初はムカついた。

だが、ポルシェの修理代金に目を回して気分が悪くなった彼女を介抱しているときに、
俺はある異変に気が付いてしまったんだ。

最初は偶然肌が触れてしまった時、
俺は条件反射で

「ひっ!」

と悲鳴を漏らしかけた。

しかし待てど暮らせど、蕁麻疹が出なかったんだ。

(彼女は俺が触れることが出来る唯一の女性かもしれない)

そんな淡い期待を持ってしまって、
だけど同時に何かの間違いだったのではないかって、

すごく不安になった。

LINEを送っても返信がなくて、
体調が悪かった彼女のことが心配になって、

その一方で、
彼女に嫌われたんじゃないだろうか、とか
延々とマイナスループにドハマりしてしまったり、

「ああもう俺、まじイケてねぇし」

俺は今日何度目かわからない盛大なため息を吐いた。

そのくせ、彼女に

『あたしは嬉しかったんです』

そう言って微笑まれては、天にも昇る心地になってしまったり。

(俺、本当にどうしちまったんだろう)

俺は激しすぎるこの感情のジェットコースターを、ひどく持て余している。





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