御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第五話 望月さくらはバイト中にて

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「それで総一郎、お前らちょっとは進展したのか?」

図書館で建築関係の書籍を繰りながら、煉が俺に問うてきた。

「いや、全然っ!」

俺、鳥羽総一郎は、深く眉間に皺を寄せた。

初LINEを望月さくらに貰って以降、
一応22時を過ぎたころに定期的にLINEは送られてくるようにはなったのだが、

文面は定型の相変わらずの生存確認報告だった。

「総一郎お前、それってさあ、脈無しなんじゃねぇの?」

煉の言葉が突き刺さった。

多分、そうなのだろう。

彼女は俺のことなんて好きじゃない。
っていうか眼中にないんだろうな。

自分でもそれはちゃんと分かってて、
彼女を邪魔しちゃいけないって思いと、

彼女が俺を見てないってことが、
何か面白くなくて、ついムキになって子供じみた行動をとってしまう。

これでも反省はしているんだ。
行動には移せないけど。

「今はまだ……な」

俺は下を向いた。

「あっ、ああ、気にすんなって、
お前ら出会ってまだ一週間とちょっとだぜ?
これからいくらでもチャンスはあるって」

煉は気まずそうに笑って、俺の肩を叩いた。

「噂をすれば……あそこに座ってるの、彼女じゃねぇ?」

煉の視線の先を追ってみれば、
図書館の隅の方の席に座って……って、
英和辞典を枕に爆睡している奴がいるなぁ。

「俺は先に行くよ」

そう言って煉はひらひらと俺に手を振った。

俺は爆睡中の望月さくらの横に腰かけた。

机に置かれた若草色の装丁の洋書のタイトルに
微笑を誘われる。

「Daddy-Long-Legs……か」

今年の一回生の英語の一般教養の教科書らしかった。
日本では『あしながおじさん』と訳されるジーン・ウェブスターの名著だ。

どうやら望月さくらは
その和訳に取り組んでいる最中に、眠ってしまったらしい。

孤児院で育ったジュディは、
名前を名乗らぬ援助者に毎月手紙を書くという条件で、
奨学金を受ける。

そして正体を知らぬままに、恋に落ちるのだ。

俺はしばし望月さくらの寝顔に見入った。

歳よりも少し幼く見えるのは、
丸みを帯びた頬のラインのせいだろうか。

笑うと満月のように愛らしくて、とても切なくなる。

以前こいつにLINEを送ったことがある。

『月がきれいだ』と。

思いっきり、既読無視されたけど、
その言葉の真意を、こいつに知られなくて、
ちょっと良かったなって思ってる。

花冷えだろうか、今日は少し冷える。

俺はそっと自分が着ていたジャケットを脱いで、
彼女の背にかけた。

その拍子に、
ほんの少しだけ、俺の手が彼女に触れた。

「細っせぇな」

思わず小さく呟いてしまった。

普段の彼女のパワフルさとは裏腹に、
それはひどく華奢で、

不覚にも彼女を守ってやりたいと思ってしまった。
小説みたいにうまくはいかないけど。

◇◇◇

「ふんぬー---」

きょうもあたしはフルスロットルで自転車を漕ぐ。
三限目の思わぬ休講により、図書館で爆睡できたので、

今日のあたしはいつもより元気だ。

「さあ、稼ぐわよ!」

バイト先に向かう途中の信号機の前で、
あたしは勇ましく腕まくりをした、

図書館で目が覚めた時、
目の前に鳥羽さんがいた。

今日は冷えるからと、
爆睡しているあたしに上着をかけてくれてたらしいのだ。

鳥羽さんはときどきとても、ひどく優しい。

その優しさに触れるとき、あたしは戸惑いを覚える。

あたしを取り囲む境遇が何もかも変わってしまう前だったら……。
あたしは鳥羽さんの優しさを、真っすぐに受け取ることができたのかな。

そんなことを考えたら、鼻の奥がツンとした。

(ああ、いかん、いかん。バイトに集中せねば)

あたしは両の掌で、自分の頬を少しきつめに挟んだ。
パンっ! という音がした。

◇◇◇

「いや~望月さん、マジで助かりました」

厨房スタッフが感涙せんばかりに、あたしに縋りついた。

「今日チーフが子供さんが熱出したからって、
急遽店に出れなくなったって聞いたときは、
真剣にお店閉めようかとも思ったんですけど、
本部は売上下がるからそんなの許してくれないし。
だったらヘルプの人員寄こせよって話なんだけど、
本部も人員ぎりぎりらしくて、無理って言われて」

そう話す店員の顔には濃い疲労の色が滲んでいる。

「そうですよぅ。この人員でお店まわすのはただでさえ無理なのに、
こんな時に限っていちゃもんつけてくるお客様がいて、
私本当に泣きそうになっていたんですけど、そしたら望月さんが庇ってくれて、
お客様も望月さんが対応した瞬間に、すごくにこやかになって。
ホント神対応って、ああいうことをいうんだなって思いました」

あたしは某人気ファミリーレストランで、
ウェイトレスのバイトをしている。

バイトの後輩が尊敬の眼差しであたしのことを見つめている。

(よしよし、苦しゅうない)

あたしは心の中で思わず呟いた。

あたしは接客が嫌いではない。

父が下町の小さなスーパーを経営していて、
幼いころからその背中を見て育ったからだ。

小さいながらも、顧客と従業員を大切にして、
あたしはその場所が大好きなのだ。

だけど道を挟んで真正面に、大手スーパーが出店してきたもんだから、
うちの店なんてひとたまりもない。

あれよあれよという間に経営は傾いた。

それでもまだ、父はあきらめきれずに、
誰一人従業員の首を切らずに、粘り続けている。

「あっそうそう、それと、
この間望月さんが作ってくれた賄いのメニュー、
すっごい美味しかったです」

とても感激した様子で、後輩ちゃんが熱弁してくれた。

「本当? 是非詳しく感想を聞かせて!」

あたしは身を乗り出して、後輩ちゃんの襟首を引っ掴んだ。

(あたしだってまだ諦めたわけじゃないんだからねっ!)

あたしはぎりっと唇を噛み締めた。

(大手に弱小が勝つ為の最後の切り札、
それは手作りのお惣菜よ)

あたしの母をはじめ、従業員のおばさんたちは、
皆料理上手である。

あたしはそこにうちの店の起死回生の可能性を賭けているのだ。

あたしはレシピを開発するために、
大学の専攻は迷わず食物科を選んだ。

「大学を卒業したら、望月さんマジでうちの会社に就職しない?
君ならすぐに店長になれるよ」

店の売上を本部に運ぶために、やってきたマネージャーも、
熱心に勧めてくれるのだが。

あたしは曖昧に笑う。

この場所は確かに嫌いじゃない。
だけどあたしの瞼裏に映るのは、

『兄の薫が戻らない今、『スーパー望月』の後継者はお前だぞ』

そうあたしに言って聞かせた、父の意志の強い瞳の色だった。














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