御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第十三話 手作りクッキー

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「なあ、総一郎、今度のコンペに出す製図の図案出来た?」

相良煉さがら れんが、そう言ってひょいと俺の図面を覗き込んだ。

「当然だろう、貴様、この俺を一体誰だと思っている?」

コンペの締め切りには、まだ日はあるが、
俺の製図はほぼ完成している。

「うわ~引くわ。完璧じゃん」

そう言って煉が、若干顔を引きつらせた。

俺たちは、欄城大学の建築学部に所属している。
今はコンペに出す作品を製図室で下書きしている段階だ。

「ふ~ん、どれどれ」

教授の下でアシスタントをしている先生が、俺の図案を覗き込んだ。

「さすがは鳥羽君だなぁ。センスがずば抜けてる」

先生は俺の図案に見入って、舌を巻いた。

「これは一流設計事務所でも、ゆうに採用されるレベルだよ。
ただ……」

先生は言葉を切った。

「ただ、なんですか?」

俺は言葉の先を促す。

「今回のコンペのテーマは『夢のマイホーム』というタイトルだろう?
確かに君の設計はハイセンスでハイクオリティーなんだけど……、
どこか寒々とした印象を受けるんだ」

この先生の指摘は、多分当たっている。

俺の中のそういった部分が欠落しているのは事実で、
反論のしようがない。

「まあ、まだコンペまで時間はあるんだしさ、
そんなに煮詰まんなや、総一郎」

煉はそう言って、軽く笑って見せるのだが、
俺は思わず大きなため息を吐いてしまった。

休憩時間を告げる鐘の音が鳴り響いたので、

俺は場所をカフェテリアに移して、
ひとまずコーヒーを飲む。

「『夢のマイホーム』ねぇ」

そしてまた、俺は大きなため息を吐いた。

「そもそも、家に夢なんて持てるのか?」

そんな疑問でいっぱいだった。

そもそも俺にとっての家とは、
この世で一番冷たい場所だった。

そこに強いて帰りたいとは思わなかったし、
決して居心地の良い場所では、あり得なかったもんなぁ。

そんな感じだったから中高時代はそれなりに荒れて、
女遊び以外は色々やらかしたっけなぁ。

挙句ついたあだ名が『帝王カイザー』だとよ。

初対面の望月さくらが、
少しビビりながら俺をそう呼んだ。

当時を思い出して、
俺は小さく笑いを忍ばせた。

そのときだ。

「あのっ! 調理実習でクッキー作ったんで、
良かったら、これ食べて下さい」

食物科の学生と思しきエプロン女子が、
男子学生に手作りクッキーを手渡しているのが見えた。

俺は立ち上がり、食物科の別館を目指して
全力疾走する。

◇◇◇

「望月さんは、バタークッキーにしたんだね」

そういって同じ学部の一ノ瀬涼平くんが、オーブンを覗き込んだ。

バタークッキーってさあ、生地を丸めて伸ばして切っていくだけだから、
ロスが少ないのよ。

そして何よりも大量に作れる。

あたしの脳裏に家族と、
そして『スーパー望月』の従業員さんの顔が浮かんだ。

小分けにして、
ミニプレゼントにしてあげたいんだけどなぁ。

そんなことを考えながら、あたしは今日の調理実習にバタークッキーを選んだ。
材料もシンプルだしね。

「俺はロシアンクッキーにしたんだ」

シリコン製のオーブンシートの上には、
『どこの一流パティシエですか?』と思わず問いたくなるような、
完璧な形成のロシアンクッキーの生地が並んでいる。

バタークッキーに比べて、ロシアンクッキーは、
生地がやわらかい。

その生地を、
星型の金具を先につけた絞り袋の中にいれて
形成を行う。

生地で直径5cmくらいの綺麗な輪っかを描き、
その中にイチゴジャムや、
マーマレードのジャムを入れて焼き上げるのだ。

そしてクッキーが焼きあがる。

「うわ~、きれい」

あたしは思わず感嘆の声を上げてしまった。

一ノ瀬君のロシアンクッキーはまるで宝石のように
美しかった。

あたしのは、何の変哲もない
ただのバタークッキーだった。

当たり前だけど。

それでも大量にできる。

「望月さんのもすごくおいしそうだよ」

一ノ瀬君がそういってにっこりと笑った。

「ねぇねぇ、お互いのクッキーを交換して味見しようよ」

あたしが小声で一ノ瀬君にそう言ったときだった。

「それはできない相談だな」

背後でとても聞き覚えのある美声がしたかと思うと、

「ウルトラカッター!」

とのたまいながら、
あたしと一ノ瀬君の間に割って入る。

「と……鳥羽さん?」

あたしは恐怖に、ひたすら目を瞬かせた。

「なぜならお前のクッキーは、
俺が一つ残らず全部食うから」

しれッと言ってのけるけど、この顔は本気だ。

「ええ? こんなに大量にあるんですよ?
っていうか鳥羽さんって甘いもの好きなんですか?」

思わずそう問うと、間髪を入れずに

「いや、お前が好き」

真顔で返してきやがった。
無性に恥ずかしい。

か……顔が上げられない。

あたしが撃沈していると、

「俺もルイーズに、
今日の調理実習のクッキーをあげる約束をしていて……」

そう言って一ノ瀬君も恋する乙女のように、
ぽっと頬を染めた。

「もうっ! 涼平っ!! はやくはやくっ!」

試食室のほうで、
お待ちかねの一ノ瀬君の恋人の声がしたので、
一ノ瀬君はそそくさと、そちらの方にいってしまった。

「そろそろ冷めたかな?」

あたしは天板から、
バタークッキーをひとつ剥がして指でつまんだ。

「せ……せっかくですから、
鳥羽さんもひとつ味見してみます?」

少し引き攣りながら、鳥羽さんにそう問うと、

何を思ったか鳥羽さんがあたしの手を掴んで、
自分の口元にもっていく。

そしてクッキーごと、
ゆるくあたしの指を唇でついばんで見せるのだ。

「と……ととと鳥羽さん???」

その唇の柔らかさに、
あたしは思わず後ずさってしまった。










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