御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第十六話 月光

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ぐ~きゅるきゅるきゅる。

望月さくらの腹が、切ない音を立てた。

「お前……絶望的に色気がねぇな」

俺はがっくりと肩を落とした。

けどまあ、そういうところがコイツらしいっちゃコイツらしいのだが。

そんなことを思った先から、なんだか唇が緩む。

(イカン、イカン)

俺はニヤケてしまいそうになる口元を必死に押さえた。

「しっ、仕方ないじゃないですか!
今日は本当に修羅場で、結局お店の賄いご飯も食べそこねちゃったんですから」

赤面した望月さくらが、頬を膨らませて反論する。

「ちょっと待ってろ」

そんな望月さくらの頭を何気にぽんぽんと撫でて、俺はキッチンに立った。

システムキッチンの上段の棚から、パスタを取り出して、
鍋に湯を沸かす。

その間に冷蔵庫を確認し、

「ふむ、サーモンの切り身と生クリームと牛乳があるな。
で、野菜庫には玉ねぎがあってだなぁ、
冷凍庫にブロッコリーがあるからそれを彩りにして……と」

俺は手早く頭の中で手順をシミュレーションして、調理に取り掛かる。

フライパンにバターを滑らせて、粉を振ったサーモンをソテーする。

焼き色が付いたころ合いに、櫛切りにした玉ねぎを投入し、更にしんなりするまで炒めると、
部屋に玉ねぎの甘い匂が広がった。

「えっ? とっ……鳥羽さんが……料理???」

望月さくらが目を丸くしている。

っていうか、その表情がまるで地球外生物にでも遭遇したかのように
恐怖に引き攣っている。

っていうか、お前の中で俺って一体どんなイメージなの?
と逆に問いたい。

「ひぃぃぃっ! てっ手伝います」

慌てて腰を上げたかけた望月さくらを制して、俺は料理を続ける。

「いいよ、そこに座ってろよ。疲れてんだろ?」

先ほどのフライパンに牛乳と生クリームを加えて味を調えたタイミングで、
パスタが茹で上がった。

「っていっても、しょせんは一人暮らしの男の手料理だ。
あんまり、味には期待すんなよ」

俺は完成した鮭のクリームパスタを皿に盛り付けて、
望月さくらの前に置いてやった。

「ふぉぉ! いっ……いい匂い」

望月さくらの瞳がパスタを前にキラキラと輝く。

(よせやい、照れるべ? そんな、そんな期待に満ちた眼差して見つめられたら、
俺は……俺はっ!)

俺は胸に込み上げてくる、甘酸っぱい感情に身悶える。

そりゃあ、そうだろう。
意中の女の子に手料理を振舞って喜んで貰えたなら、
男はみんな有頂天になってだなぁ……。

「では、いただきます」

望月さくらが几帳面に手を合わせて、
フォークを構えた。

「ずぉぉぉぉぉぉ!」

それはものすごい勢いだった。

「……」

俺は無言のままに目を瞬かせる。
そしてあっという間に皿が空になる。

「ご馳走様でした」

そういって望月さくらが再び手を合わせて、にこっと微笑んだかと思うと、
ゴっと鈍い音がした。

「ん? ゴっ?」

摩訶不思議な衝撃音に俺は目を見開いた。

パスタを食べ終えた望月さくらが、
サイドテーブルに突っ伏している。

「ちょっ、お前」

俺はいきなり寝落ちした望月さくらの頬を、軽く叩いてみるが。

「うんぎぎぎぎぎ」

眉間に皺を寄せて、望月さくらは必死の形相で意識の覚醒を拒む。

「お前なあ……」

俺はがっくりと肩を落とした。

本当はこの後、コーヒーを淹れて、
店で貰ってきたケーキを二人で食べる予定だったのに……。

そして二人でいろんな話をして、
ケーキより甘い展開にだなぁ……。

そんなことを思いながら、望月さくらの寝顔に視線を落とす。

そんな俺の想いなど知る由もなく、望月さくらは泥のように眠っている。
年齢よりも少し幼い面差しが、すこし青ざめて見えた。

(コイツ、相当疲れてるんだろうな)

そんな思いとともに、胸にちりちりとした痛みを感じる。

(ただでさえ忙しいコイツに無理をさせているのは、
他でもないこの俺だ)

俺は目を閉じて、小さく息を吐いた。

『あたし、忙しいんですよ。
正直、鳥羽さんのお遊びに付き合ってる暇はないっていうか』

はじめて望月さくらと口づけを交わした日、
彼女が俺に言った言葉だ。

「だけど……遊びじゃねぇんだ。これが厄介なことに」

胸にこみあげる切なさに、俺はきつく唇を噛んで立ち上がる。
そして窓際に立つ。

だが、薄いレースのカーテンの向こうに広がる世界を、
不思議ともう寒いとは思わなかった。

「望月さくら、お前は俺の凍えた世界を変えた女」

小さくそう呟いて

(だが、俺は?)

そう自問する。

(俺は果たしてお前に認められるに足る男なのだろうか)

眼下に広がる虚構の光が、ふと自分に重なった。

(俺が身に纏う光もまた、この街の喧騒と同じく虚構なのではないか?)

そう自らに問うて、俺は唇を噛み締める。

(学歴も、財閥の跡取りというポジションも、このマンションも、車も、俺を取り巻く何もかもは、
すべて親から与えられたものだ。
そして人はその虚構の光にひれ伏す)

「へくしゅんっ!」

望月さくらが小さくくしゃみをした。

(だが、こいつはどうだ。
何一つ自分を飾るものを持っていないが、
ちゃんと人の心を照らしている)

虚構の光の洪水の上に、誰にも負けない光を放って。

「なって見せるさ。俺は必ずお前に釣り合う男に」

そう呟いて、俺は目を細めた。
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