御曹司様はご乱心!!!

萌菜加あん

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第十七話 お前の夫に俺はなる!

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暖かな陽光が、薄いカーテンを突き抜けて、部屋に差し込んでくる。

(あれ? 今何時だろう?)

あたし、望月さくらは覚醒しきらない頭でぼんやりとそんなことを考えた。

(えっと、今日の大学の講義は何限からだっけ……?)

微睡と覚醒の狭間で、薄く靄のかかったような思考が
うまくまとまらない。

ただ、暖かな何かが、ひどくあたしを大切そうに抱いている。

鼻孔をくすぐる仄かな香水の香りを……
多分あたしは知っているような気がするのだけれど。

ぎゅー♡

あれ? なんだろう?
なんだかやたらと筋肉質な何かが、あたしの顔面を圧迫してる?

ちょっと、息ができないったら。
死ぬ、死んでしまう。
ふごぉっ! 筋肉が、筋肉が、あたしの呼吸器を塞ぐっ!

って……はい?
筋肉質な何か?

そんな思考に行きついて、あたしはようやく目を開けた。

あれあれ? なんだか見たことのない部屋にいるお?
モノクロで統一された、やたらと高そうな家具が並んでいる。

「ここは……どこ?」

目を瞬かせたあたしに、

「俺の部屋だ」

地獄の低音ボイスが耳元に囁いて寄こす。

薄茶のさら髪がシーツに散っているのが見えた。

「あっ……あなたは……誰?」

眠気眼のあたしは、ついうっかりと聞いてしまった。

「俺か? 俺はお前の……」

あたしを抱いて隣に寝ていた男が、
のっそりと身体を起こして

「夫になる男だー---!!!」

そう絶叫して勢いよくあたしに覆いかぶさる。

「ぎゃー---!!!」

驚いたあたしは、
つい条件反射で鳥羽さんの顔面に右ストレートをかましてしまった。

みしっという鈍い音を立てて、
拳が鳥羽さんの頬にめり込んだ。

「痛ってぇな、お前、未来の夫に対して何しやがる!」

鳥羽さんは頬を押さえて、恨みがましくあたしを睨みつけてくる。

「は……はあ? 一体何の話をしてるんですかっ!
意味がわかりません」

そう全力で抗議したあたしに、

「望月さくら、この状況を見てみろ」

鳥羽さんがにやりと余裕綽綽の笑みを浮かべる。

何気に鳥羽さんの上半身がマッパだ。

しかも何気に薄く筋肉がついていて、
そのへんのモデルや俳優も裸足で逃げ出すほどのプロポーションを見せつけてくる。

「ちょっと、鳥羽さん、ちゃんと服を着て下さい」

あたしは目のやり場に困って、視線を泳がせた。

「照れることはないだろう、望月さくら。
このシーツの海でともに一夜を明かした仲だろう?」

鳥羽さんの言葉にぎくりとして、あたしは自分の身体を見た。
服はちゃんと着ている。

だけど……もしかして……。

まさかとは思うが、昨夜の記憶が
パスタを食べたあたりから全くないのだ。

「あの、鳥羽さん……もしかして……とは思うんだけど、
昨夜あたしとあなたの間には……既成事実的なことが……?」

恐る恐る聞いてみる。

「あるわけないだろ! 俺を見くびるな!
そして覚えておけ! 俺はバージンロードはバージンで歩く派だっ!」

鳥羽さんの腹の底から発生した謎の宣言に、
あたしはほっと胸を撫でおろした。

「だがな、望月さくら。
俺とお前がこの場所で一夜を過ごしたのは紛れもない事実」

鳥羽さんが得意げに腕を組んだ。

「そんな俺たちを、世間は一体どんな目で見るだろうな。
爛れた男女の関係?
いや、そんなことは言わせない。
何せ、俺は責任はちゃんと取る男だからな。
まずはご両親に挨拶だ。
すでに菓子折りと土下座の準備はできている」

そう言って鳥羽さんは、
言葉とは裏腹にウキウキとスキップをしながら身支度に取りかかる。

「ご両親に失礼があってはいけない。きちんとしなければ。
あっそうだ、ネクタイはお前が選んでくれ、さくら」

しかもしれっと名前呼びをマスターしやがった。

「ちょっ……さくらって」

鳥羽さんがあたしの名前を呼んだ。
ただそれだけのことなんだけど、なんか、なんか、妙にこっ恥ずかしい。

「何? お前もしかして照れてんの?
顔が赤いぞ?
恥ずかしがることはないだろう、今更。
何せ俺たちは二人で一夜を明かした仲だからな。
だから、ほら、お前も呼んでみ、俺の名前を」

期待満々の笑みで鳥羽さんが挑発してくる。

「と……鳥羽さんは鳥羽さんなんですからねっ!
一夜を明かしたっていうか、
あたしは目が覚めたら単純に朝だったってだけで、別に……、
その……既成事実もなかったわけですし……」

あたしは悔し紛れにそう、もごもごと反論すると。

「ほう~、それがお前の望ならば、
ご期待に応えないわけでもないが?」

鳥羽さんのダークグレイの瞳が、少しだけ細められて、
あたしは壁際に追い詰められる。

「ではリクエストにお応えして、作るか? 
お前がいうところの既成事実というやつを……」

鳥羽さんの真剣な眼差しにあたしは心底震えあがり、
小さく首をプルプルと横に振った。

「じゃあ、呼んで? 俺の名前を」

そう言って鳥羽さんがあたしの顎に触れて、
上を向かせた。

否が応にも、鳥羽さんのダークグレイの瞳とかち合う。

「なっ……なんで、そんなっ……」

やっぱりあたしは口ごもってしまう。

「既成事実があれば、呼んでくれるん?
俺の名前」

そう言って鳥羽さんの唇があたしの上に降りてきた。

「ふぇっ?」

その感触にあたしは腰を抜かして、ぺたんとその場にへたり込んだ。

手首を鳥羽さんに戒められて、あたしは再び鳥羽さんに口づけられる。

「さくら……好き……すげぇ……好き」

切羽つまったような、少し掠れた声でそう耳元に囁かれて、
あたしはどうにかなってしまいそうだった。

歯間を割って、舌が絡められて、
お互いの唾液が口腔の中にねっとりと絡み合う。

手首を戒めていた鳥羽さんの大きな掌が、
あたしの掌に合わせられて、
指が絡み合う。

「俺がお前に死ぬほど餓えているの、わかる?」

鳥羽さんのダークグレイの瞳に、欲情の焔が揺れている。

「と……鳥羽さんの嘘つきっ!」

あたしはヤケクソで叫んだ。

「さっきバージンロードはバージンで歩くって言ったくせにっ!!!」

そして鳥羽さんの胸に腕を突っぱねる。

「だがそれはお前次第だ。
俺はいつだってお前が欲しい。
好きって言って、俺の名前を呼んで、さくら」

あたしを映す鳥羽さんのダークグレイの瞳が、
あまりにも切なげに揺れていたので、

「総一郎……さん……」

必死に蓋をしてた心が、溢れてしまったんだ。

あまりにもぎこちないあたしの呟きに、
鳥羽さんはひどく驚いたような顔をして、

それからひどく幸せそうに笑った。

◇◇◇

「あー、やっぱりさっきのやつな、二人きりのときだけにしよう」

あたしの実家に向かって、ポルシェのケイマンを運転する鳥羽さんが
不意に放った言葉に、

「げふっ……ごほんっ……」

あたしは盛大に咽た。

まともに反応してしまうあたしを、
鳥羽さんがニヤニヤと意地の悪い眼差しでチラ見してくる。

「何せ、お前のそんな間抜け面を、他のヤツに晒しちまうのは、
もったいないからなぁ」

意味ありげにもったいぶってくる。

「わっ悪かったわね、間抜け面で」

そう言って、あたしは不貞腐れて横を向く。

『総一郎さん……』と、平常心であたしがこの人の名前を呼べるようになるには、
どうやらまだ少し、恋の経験値が足りないらしい。

だけどいつかは……。

そんなことを思いながら、あたしはひどく幸せそうな鳥羽さんの横顔を見つめた。
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