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第八話 前略、おふくろ様
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(前略おふくろ様、
どうやら俺の嫁は相当にガードが堅いらしく、
毎晩一緒に眠っているにもかかわらず、未だ手すら握らせてはくれません。
無理やり強硬突破……などという考えも頭を過らないではありませんが、
なによりも嫁に嫌われるのが恐ろしく、
それでもなんだか最近は、そんな嫁でも『一緒にいられるだけで幸せかも』とか、
ふとした瞬間に思ってしまう、末期症状の俺だったりします)
などという近況を、『前略おふくろ様風』に心の中で呟きながら、
クラウドは紫龍のために甲斐甲斐しく朝食を準備していた。
紫龍の美貌に色めきたった女官の視線に苛っとしたクラウドは、
紫龍を花嫁の離宮から連れ出し、
王宮の敷地内にあるロッジと呼ばれる3LDKの番小屋に引っ越し、
晴れて夫婦水入らずの生活に入った。
離宮よりは随分と簡素で見劣りするが、
新婚夫婦が二人で新居を構えるには十分な間取りである。
何よりも二人きりの生活になったので、
他人の視線を気にする必要なく日々を過ごすことができるので、
ロッジに戻ると二人とも部屋着にはジャージを着用した。
グランバニア帝国の一流スポーツブランドである『アジダス』の
銘と魚の形をしたロゴが、チャームポイントである。
勿論、ともにおそろいのものを着用しているのだが、
現在はクラウドが黒を、そして紫龍が白を着用している。
日当たりの良いリビングに、クラウドの作った朝食の良い匂いが満ちると、
紫龍が二階の寝室から、降りてきた。
モロ寝起きの、無造作艶なしヘアーではあるが、
そんな紫龍の姿もまた密かに可愛いと思ってしまう、
嫁バカぶりを発揮するクラウドであった。
「おー、起きたか。今日はいつもより早いな」
クラウドが声をかけた。
「ああ、今日、俺、初出勤だしな」
紫龍が、ぽそっと呟いた。
(なにそれ! 聞いていないんですけど)
一瞬、クラウドはムッとしたが、何とか平静を装った。
「へえ、そうなの? で、なんの仕事すんの?」
「近衛兵に志願したんだ。事前に王妃の許可も貰っている」
(オカンが知ってて、なぜ夫の俺が知らない?)
なんだか釈然としない思いは残るが、
それでもそれが紫龍の望むことであるならば、
邪魔をしてはいけないと、クラウドは思う。
「まあ、いいんじゃねえの? 俺はこの国の王子つったって、
三男だからその嫁のお前も、
そんなに公務がひっきりなしにあるわけじゃないしな」
対面式のキッチン越しに、紫龍の朝食を整えながら、クラウドが言った。
朝食は紫龍の母国であるアストレア風に、
味噌汁に塩魚と煮物を用意した。茶碗に盛られたご飯からは炊きたての
甘い匂いが湯気とともに燻っていた。
朝食の後、着替えを済ませた紫龍に、
クラウドは唖然とする。
「隊服……ですか」
黒の隊服にスカーフを締めて、
腰にはサーベルを差している。
その様は一瞬クラウドも見惚れてしまうほどに、
似合いすぎている。
「あんまり……ジロジロ見るな!」
クラウドの刺すような視線に、
紫龍が頬を上気させて、抗議した。
(この隊服のまま、スカーフで目隠しして、手首を縛りあげて……)
クラウドの愉快な妄想は広がる。
「じゃあ、俺もう行くから」
時間を気にしながら、
紫龍は足早に玄関に向かった。
「新婚夫婦ってさあ、
出勤のときに行ってらっしゃいのキスとかすんじゃん?」
何気に冗談めかして言ったクラウドに、
紫龍はうっと言葉を呑みこんだ。
「そ……う、なのか?」
玄関の石叩きでブーツを履きながら、
紫龍がチラリとクラウドを見た。
箱入りで育てられた紫龍は、世間のいわゆる一般的な常識に欠如する部分がある。
ゆえに、『いまどき、ないない。ベタ過ぎんだろ』という反論ができないのだった。
「結婚して三週間、家事全般を引き受けている俺に、
そしてなおかつ、お前が仕事をすんのを快く許した俺に、
感謝の意味を込めてそれくらいあってもいいんじゃねえの?」
クラウドがにやりと笑って、
畳み掛けると紫龍は赤面し、下を向いて呟いた。
「俺は、そのっ……お前には感謝はしている。
だから……あのっ……でいいか?」
「なに? 聞こえなかった」
紫龍の言葉を聞き取ろうと、向き直ったクラウドの頬に、
紫龍の唇が触れた。
「行ってきます!」
紫龍は真っ赤になって、乱暴にドアを開けた。
(あー、うちの嫁、バカ可愛いわ)
クラウドは廊下に倒れ伏し、しばらくの間余韻に浸った。
どうやら俺の嫁は相当にガードが堅いらしく、
毎晩一緒に眠っているにもかかわらず、未だ手すら握らせてはくれません。
無理やり強硬突破……などという考えも頭を過らないではありませんが、
なによりも嫁に嫌われるのが恐ろしく、
それでもなんだか最近は、そんな嫁でも『一緒にいられるだけで幸せかも』とか、
ふとした瞬間に思ってしまう、末期症状の俺だったりします)
などという近況を、『前略おふくろ様風』に心の中で呟きながら、
クラウドは紫龍のために甲斐甲斐しく朝食を準備していた。
紫龍の美貌に色めきたった女官の視線に苛っとしたクラウドは、
紫龍を花嫁の離宮から連れ出し、
王宮の敷地内にあるロッジと呼ばれる3LDKの番小屋に引っ越し、
晴れて夫婦水入らずの生活に入った。
離宮よりは随分と簡素で見劣りするが、
新婚夫婦が二人で新居を構えるには十分な間取りである。
何よりも二人きりの生活になったので、
他人の視線を気にする必要なく日々を過ごすことができるので、
ロッジに戻ると二人とも部屋着にはジャージを着用した。
グランバニア帝国の一流スポーツブランドである『アジダス』の
銘と魚の形をしたロゴが、チャームポイントである。
勿論、ともにおそろいのものを着用しているのだが、
現在はクラウドが黒を、そして紫龍が白を着用している。
日当たりの良いリビングに、クラウドの作った朝食の良い匂いが満ちると、
紫龍が二階の寝室から、降りてきた。
モロ寝起きの、無造作艶なしヘアーではあるが、
そんな紫龍の姿もまた密かに可愛いと思ってしまう、
嫁バカぶりを発揮するクラウドであった。
「おー、起きたか。今日はいつもより早いな」
クラウドが声をかけた。
「ああ、今日、俺、初出勤だしな」
紫龍が、ぽそっと呟いた。
(なにそれ! 聞いていないんですけど)
一瞬、クラウドはムッとしたが、何とか平静を装った。
「へえ、そうなの? で、なんの仕事すんの?」
「近衛兵に志願したんだ。事前に王妃の許可も貰っている」
(オカンが知ってて、なぜ夫の俺が知らない?)
なんだか釈然としない思いは残るが、
それでもそれが紫龍の望むことであるならば、
邪魔をしてはいけないと、クラウドは思う。
「まあ、いいんじゃねえの? 俺はこの国の王子つったって、
三男だからその嫁のお前も、
そんなに公務がひっきりなしにあるわけじゃないしな」
対面式のキッチン越しに、紫龍の朝食を整えながら、クラウドが言った。
朝食は紫龍の母国であるアストレア風に、
味噌汁に塩魚と煮物を用意した。茶碗に盛られたご飯からは炊きたての
甘い匂いが湯気とともに燻っていた。
朝食の後、着替えを済ませた紫龍に、
クラウドは唖然とする。
「隊服……ですか」
黒の隊服にスカーフを締めて、
腰にはサーベルを差している。
その様は一瞬クラウドも見惚れてしまうほどに、
似合いすぎている。
「あんまり……ジロジロ見るな!」
クラウドの刺すような視線に、
紫龍が頬を上気させて、抗議した。
(この隊服のまま、スカーフで目隠しして、手首を縛りあげて……)
クラウドの愉快な妄想は広がる。
「じゃあ、俺もう行くから」
時間を気にしながら、
紫龍は足早に玄関に向かった。
「新婚夫婦ってさあ、
出勤のときに行ってらっしゃいのキスとかすんじゃん?」
何気に冗談めかして言ったクラウドに、
紫龍はうっと言葉を呑みこんだ。
「そ……う、なのか?」
玄関の石叩きでブーツを履きながら、
紫龍がチラリとクラウドを見た。
箱入りで育てられた紫龍は、世間のいわゆる一般的な常識に欠如する部分がある。
ゆえに、『いまどき、ないない。ベタ過ぎんだろ』という反論ができないのだった。
「結婚して三週間、家事全般を引き受けている俺に、
そしてなおかつ、お前が仕事をすんのを快く許した俺に、
感謝の意味を込めてそれくらいあってもいいんじゃねえの?」
クラウドがにやりと笑って、
畳み掛けると紫龍は赤面し、下を向いて呟いた。
「俺は、そのっ……お前には感謝はしている。
だから……あのっ……でいいか?」
「なに? 聞こえなかった」
紫龍の言葉を聞き取ろうと、向き直ったクラウドの頬に、
紫龍の唇が触れた。
「行ってきます!」
紫龍は真っ赤になって、乱暴にドアを開けた。
(あー、うちの嫁、バカ可愛いわ)
クラウドは廊下に倒れ伏し、しばらくの間余韻に浸った。
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