俺が王子で男が嫁で!

萌菜加あん

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第九話 紫龍、近衛隊に入隊する。

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王家の中庭、通称恋人たちの並木と呼ばれる白樺の林を、
ママチャリに乗った紫龍が信じられないスピードで走り抜けた。

(俺は一体何をやっているんだ)

紫龍は今、ひどく困惑している。

(この俺が、同居人のクラウドの頬に、せっ……接吻など)

穴があったら入りたい。
そして二度と地表には出てきたくない、
と紫龍は思う。

クラウドが紫龍をこの手の冗談でからかうのは日常茶飯事で、
普段ならさらっと躱すことが常だった。

なのに……。

自分でとった行動に、自分で説明がつかないのである。

ママチャリは、王宮の中央門付近に位置する、
近衛兵駐在所と書かれた古めかしい木製の看板が掲げられた、
煉瓦造りの建物の前で停まった。

「よう! 新入りさん」

そう声をかけてきたのは、近衛隊の隊服を着た男だった。

長身で筋肉質のボディーに、
赤褐色の無造作ヘアーに飴色の瞳をした垂れ目で、
頬の周りには無常髭が点在している、
いわゆるワイルド系のイケメンだった。

「どうも、本日付でこちらでお世話になります紫龍・アストレアです。
よろしくお願いいたします」

そういって紫龍はその男に一礼した。

「俺はケビン・アーノルド。グランバニア帝国近衛隊の隊長だ」

「隊長殿でありましたか」

紫龍が改めて姿勢を正して、敬礼した。

「そりゃあそうと、あんたなんでも相当腕が立つって話じゃないか、
いっぺん俺とヤりあってみねぇか?」

そういってケビンは、
紫龍に向かって日本刀を投げてよこした。
紫龍の柳眉がぴくりと反応する。

「あー、これ、古刀のなかでも幻の一品と謳われている、
斉藤名山作の花鳥風月じゃないですか? 
何投げてるんスか、ああもう信じられない」

尚もぶつぶつとぼやく紫龍の前で、ケビンは抜身の刀を翳した。

「日本刀マニアか、お前……。
能書きはいいから、さっさとおっ始めようや」

ケビンの垂れ目が、ニヤリと嗤った。

「げっ、隊長殿が持っていらっしゃるのは、
伊賀の秘境に伝わるという、名刀中の名刀、
霧雨……俺、なんか垂涎してしまいそうです」

そして紫龍もまた刀を鞘から抜いた。

手に馴染むその感覚に、紫龍の血が滾る。

(ほう、こいつは……)

紫龍に値踏むような視線を這わせ、
ケビンは地表を蹴って刀を繰出した。

「ぐっ」

自身の刀でそれを受け止めた紫龍の口から、呻きが漏れる。

力と力のぶつかり合いの後で、
ケビンがぎりぎりと紫龍との間合いを詰めてゆく。

(コイツ、強ぇぇ……)

紫龍の口角に微笑が浮かぶと、
ケビンはぷっと噴出して、刀を降ろした。

「うわー、君エロいねぇ~、
なんか俺久々に欲情しちまいそうだわ」

そういってケビンは、
ひらひらと手を振って近衛兵駐在所の煉瓦造りの建物の中に入って行った。

◇  ◇   ◇

「そういうわけで、本日付で正式に我が近衛隊の隊員となった、
紫龍・アストレア君だ。皆仲よくするように」

朝礼時に、近衛府の講堂にはグランバニア帝国のトップエリート軍人である近衛隊員が、
ざっと200人ほど一堂に会したのであるが、
隊長であるケビンの挨拶の後、微妙なざわめきが起こった。

「あいつだろ? クラウド王子の男娼って」

「なんだって王族が、近衛隊に入隊するってんだよ、目障りだっつうの」

覚悟はしていたとはいえ、
あからさまな自分への非難を目の当たりにすると、
紫龍は気分が落ち込んだ。

そんな紫龍の肩に、ケビンがポンと手を置いた。

「ちなみに賄賂事件で左遷したマードック大佐の代わりに、
俺は副隊長として、この紫龍・アストレア君を任命したいと思う。
文句ある奴は前に出ろ」

いきなりのケビンの申し出に、
紫龍は戸惑いながら顔を上げた。

「あ、あのっ、隊長……」

「いーの、いーの」

ケビンはどこ吹く風の様子で、紫龍に目配せした。

「異議あり!」

近衛隊十五師団の三番隊の男が、異議を唱えた。

「紫龍・アストレア殿は本日入隊したばかりで経験もなく、
いくら隊長の推薦とはいえ、副隊長という重責が務まるとは思えません」

神経質そうな男の磨き抜かれたメガネが、きらりと光った。

「まあ、君のいうことももっともなんだけどさ、
俺この後、飲み屋の姉ちゃんと同伴なんだわ。
そういうわけで面倒くさいこと言わずに
手っ取り早くちゃっちゃと決めて欲しいのよ。

よし、わかった。

気に入らん奴は今から一斉に紫龍に襲い掛かれ、
紫龍に勝つ奴がいたら、そいつを副隊長に任命する。
で、紫龍が勝ったら紫龍が副隊長だかんな。文句言うな」

あっけらかんと言い放った上司に、
紫龍の頭の中は真っ白になった。

(どんな無茶振り? それとも嫌がらせ?)

半ばパニックに陥っている紫龍の前に、
ケビンが日本刀を差し出した。

「お前には、特別にこの花鳥風月を貸し出してやる。
まあ、殺さない程度に頼むわ」

「ったく、無茶振りにも程がありますよ。
我が上官殿は……なんだか先が思いやられるなあ」

そういって紫龍は刀を封じる鞘の綾紐を、口で解いた。

「言ってるそばから、やる気満々じゃねえか、瞳孔開いてっぞ!」

揶揄するようなケビンの口調を聴きながら、
紫龍は名刀、花鳥風月を逆刃に構えた。
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