俺が王子で男が嫁で!

萌菜加あん

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第二十二話 誇り高き龍の一族に『失恋』の二文字はございません。

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◇  ◇   ◇

「さあて、ドレスは何色にいたしましょうか? 紫龍様」

エアリスは黒猫特急便で急きょ国元から取り寄せた、
トラック一杯分の豪奢なドレスの山をかきわけ、小首を傾げた。

「いや……あのね……エアリス……。
ちょっと聞いてもいいだろうか?」

紫龍は少し遠い目をして、努めて言葉を選んだ。

「エアリス、君は一体何をやっているのかな?」

「何って、ドレスを選んでいるのですわ。紫龍様」

エアリスがにっこりと微笑する。

「そう……っていうかこの状況で一体エアリスは
誰のドレスを選んでいるのかな?」
 
「もちろん紫龍様のドレスですわ」

エアリスはふんわりと微笑した。

「なんでも現在クラウド様が、ぞっこんになっている
マリア・クラディスを年増だからという理由で、
王妃様がお気に召さないらしく、どうせ側室を迎えるのならば、
マリア・クラディスだけではなくて、複数人の側室を迎えるように
お命じになったそうですわ。今夜国王の住まう清涼の館で、
クラウド様の側室を定める宴が仕切り直されるらしいです。なので、紫龍様には……」

紫龍はエアリスが言葉を発する前に、
きっぱりと拒否した。

「嫌なこった……誰が行くかよ」

紫龍は不機嫌にエアリスから顔を背けた。

「ちょうどいいじゃねえか、もともと俺は単なる人質だ。
あいつに側室をおくことをどうと言える立場じゃねえしな」

「紫龍様は正室ではありませんか、
その紫龍様を差し置いて側室をおくなど、断固として阻止すべきですわ」

エアリスは眉を吊り上げて、怒りを露わににしている。

「もう……いいんだよ。
色々心配してくれてありがと……な、エアリス」

紫龍は力なく微笑んだ。

「お好きなのでしょう? クラウド王子の事が」

エアリスはそんな紫龍を見つめて小さく溜息を吐いた。

「もういいんだよ。考えてもみろよ、
俺は龍族の血を引く半月で、クラウドとは生態が異なる。
ひとりの人間の中に男と女の両方の性を持った存在なんて、
初めから気味悪がられこそすれ、受け入れられるはずがない。
政略結婚の手前そんな俺と結婚する羽目になった
クラウドのことを今は気の毒だと思っている」

エアリスは目を瞬かせた。

「はい?」

「いや、だからクラウドが
側室を娶るならそれでもいいかなって……俺は国に帰るよ」

紫龍の頬で乾いた音が鳴った。

「エアリスは、紫龍様のことをそのような
軟弱者(ヘタレ)に育てた覚えはございません」

エアリスは紫龍を見つめて、にっこりと微笑んだ。

(俺もお前に育てられた覚えはねえし)

紫龍はそんな素朴なツッコミとともに、
生唾を飲み込んだ。

「紫龍様は誇り高き龍の一族の証である
半月を否定なさるおつもりですか?」

エアリスは笑いながら、
机に置いてあった花瓶を素手で割った。

(女ってのは、笑っているときが一番恐ろしい)

紫龍はその迫力に押されて、
じりじりと後退する。

「紫龍様、よもや一族の掟をお忘れでは、
ございませんでしょうね」

エアリスの声色が低くなった。

腹に力が入りドスが利いている。

「誇り高き龍の一族に、『失恋』の二文字はございません。
心を奪われたのなら、命を奪えとご先祖さまは言ったでしょう?」

(なにそれ、どこのジャイアンルール?)

紫龍は白目を剥いた。

「龍族の血を引く者が一度恋をし、
その恋が報われぬ時は海の泡となって消える定め、
もしくは、その手で愛する人の命を奪うこと」

エアリスの手に銀の短剣が具現化され、
鈍い光を放っていた。

「いや、ちょ…ちょっと待て。
理由がなんであれ、殺人はやめとけ、シャレになってねぇから」

紫龍は若干青ざめながら、
エアリスの短剣を取り上げた。

「では、紫龍様は海の泡になってしまわれるのですね、うっうっう……」
 
エアリスが白々しく泣きまねをする。

「いやっ、ならねえし……」

紫龍は鼻の頭に皺を寄せた。

「いいえ、紫龍様。龍族の掟では六日後の満月の夜までに
お二人が結ばれなければ、哀れ、紫龍様は海の泡となって、
消えてしまう定めなのでございます」

エアリスはどぎついピンクの手帳を取り出した。

その日の項目にハートマーク付きで『紫龍様排卵日』と、
でかでかと書かれていることは、もちろん紫龍には内緒である。

「考えてもみてくださいな、このまま紫龍様が身を引いたところで、
プライドの高い長老たちが黙っているわけがないじゃないですか。
『紫龍! お前は一族の誇りを汚した』とかなんとかいって、
闇に葬り去られますよ?」

エアリスの言うことは一理あった。

一族は確かにプライドだけはやたらと高くて、
紫龍が身を引いて国に帰れば、それぐらいのことは平気でやりそうだった。

「それにクラウド様は……」

エアリスは少し考えるように言葉を切った。

「わたくしは今回のことは浮気ではなく、
クラウド様は魔法で記憶を操作されているのではないかと思うのです。
昨夜の舞踏会で意識を失われた後のクラウド様から、
微かに勿忘草の匂いがいたしましたしね」

エアリスは頬に人差し指を当てて、顔を傾げた。

「魔法で? じゃあその魔法を解く方法があるのか?」

紫龍が尋ねると、エアリスは掌から巨大な魔法辞書を取り出し、繰り始めた。

「え~っとぉ、ひとつだけあります。
方法は……接吻です」

「接吻?」

紫龍は顔を顰めた。

「イエ~ス! 人命救助のマウス・トゥー・マウスですから」

エアリスは人差し指をぴっと立てた。

「誰がするかっ」

紫龍は苛立たしげにつぶやいた。

刹那、窓に小石が投げられ、
こつっという音がした。

窓の外には鉄仮面の騎士が立っている。

「よう、紫龍」

騎士が仮面を脱ぐと、
褐色の髪が無造作に風に靡いた。

「ケビン隊長」

紫龍は窓に身を乗り出した。

部屋から梯子を渡すと、
ケビンは不器用にそれを登ってきた。

「あの……失礼ですが、一体何のコスプレですか?」

エアリスがおずおずとケビンに尋ねた。

「コスプレっつうか、張り込み捜査な」

一応ケビンが訂正を試みた。

「今回の王太子廃嫡の件や、クラウドの記憶操作ともに、
どうも大臣のハマンが関わっているらしい」

「ハマンと申しますと、あのメタボの小男でございますか?」

エアリスが考え込むように腕を組んだ。

「そうだ」

「ですがあの男では、よもや王妃様に立てつくような度量も
器量も持ち合わせていないとお見受けするのですが」

エアリスは、どこか腑に落ちない様子で、ケビンを見つめた。

「まあな、しかし今回はハマンの後ろに、魔女がついた」

ケビンの言葉に、エアリスが眉を寄せた。

「魔女?」

「そう、東の国の魔女、マリア・クラディスがな」

「マリア・クラディスさんといえば、
この大陸屈指の魔力を持つ実力者だとお聞きしております。
ワルキューレの三大魔女とも恐れられていますよね。
ですがそれほどの実力者がどうして、ハマンなどに
いいように使われているのでしょうか?」

「まあ、それなりの事情ってもんが、
彼女にもあるんだろうさ」

ケビンは背を向けて再び仮面を被り直した。
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