俺が王子で男が嫁で!

萌菜加あん

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第二十一話 クラウド、記憶喪失になる。

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紫龍の幽閉は、それほど厳しいものではなく、
一定の自由が与えられたもので、
部屋は王妃が寝起きをする承香の御殿の一室をあてがわれていた。

しかも承香の御殿でも一番日当たりの良い客間を与えられ、
必要なものは一通り与えられていた。

一見冷酷に見える王妃ではあるが、
そういう状況の中でも、彼女なりに精一杯紫龍を気遣っているようでもあった。

「紫龍様、お茶をお持ちしましたわ」

ノックの後で部屋に入ってきたメイドを見て、紫龍は咽た。

「エアリス……」
亜麻色のふんわりとした髪をきつく編みこんで、
アップに結いあげ、王宮使用のメイド服を着こなしたエアリスは、
見ようと思えばそれなりに見える。

「あら紫龍様ってば、
幽閉という割に案外優遇されてんですね」

エアリスはきょろきょろと部屋を見回した。

「エアリス……」

紫龍は言葉を詰まらせた。

「あら、どうしたんですの? 紫龍様」

エアリスは、そんな紫龍に不思議そうな顔を向ける。

「無駄かもしれないが……、
一応言っておく。今すぐ国に帰れ」

「本当に無駄ですわね」

エアリスはティーカップに自分の分の紅茶を注ぎ、
ソファーにどっかりと腰を下ろした。

「エアリス、お前、この状況、ちゃんと理解してる?」

紫龍はこめかみのあたりを押さえて、
ため息を吐いた。

「ええ、一応は」

エアリスはどこ吹く風の様子でティーカップの紅茶を啜った。

そんなエアリスの様子に、
紫龍は更に語気を強めた。

「お前は一応隣国アストレアの大魔法使いで、
俺は今グランバニア帝国の王妃に幽閉されている身なんだぞ?」

「一応ってなんですか、心外な。
っていうか今すぐアストレアに帰って軍隊用意しろってことですか?」

エアリスは紫龍の目を見つめて小首を傾げた。

「じゃなくって、そんなのはどうでもいい。
俺はアストレアの人質だから多分殺されはしない。
でも、お前は見つかれば確実に消される」

紫龍の瞳が心配気にエアリスを映した。

「構いませんわ」

エアリスはきっぱりと言った。

「エアリス」

紫龍は困った様に、エアリスを見つめた。

「ああ、もうっ」

紫龍は焦れた。

エアリスを巻き込みたくなどない。

彼女にはいつも笑っていてほしかった。

刹那、エアリスは立ち上がり、
そんな紫龍の背中を抱きしめた。

「エア……リス?」

紫龍の瞳が、驚きに見開かれる。

小さく華奢な女の子の身体を今その背中に感じている。

エアリスの薄いブラウス越しに、胸のふくらみと温もりを感じ
紫龍はなんだかどきまぎとしてしまう。

「何もかもひとりで抱え込まないでください。
紫龍様、あなた様がいつもわたくしを守ってくれたように、
今度はわたくしがあなた様を守る番なのですから」

紫龍はエアリスの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。

エアリスを守りたいという思いと同時に、
その純粋な思いがただ嬉しくて、慰められた気がした。

紫龍はエアリスの向き直り、
今度は紫龍がエアリスを抱きしめた。

「ありがとな」

その耳元に小さく囁くと、
エアリスはなぜだか赤面している。

刹那、ドアをノックする音がし、
王妃付きの女官が、クラウドが倒れた旨を告げた。

◇  ◇  ◇

霞のかかった視界の先で、誰かが泣いていた。

なぜかひどく懐かしくて、温かな感情が胸に満ちるのだけれど、
それが誰なのかはわからない。

華奢な肩を震わせて泣いているその人が愛しくて
「泣くな」といって抱きしめてやりたいのだけれど、
うまく身体が動かない。

霞の中に消えていく、
深い闇色の双眸を俺は確かに知っているはずなのに。
 
クラウドが目を覚ますと、そこには見知らぬ男がいた。

男と言っても自分と同じくらいの年齢で、
大層綺麗な顔をした少年だった。

「このボケっ! 倒れたっつうから、
こっちはどんだけ心配したと思ってるんだ」

そしてなぜだかクラウドは起き抜けに
その少年に殴られてしまうのである。

「痛ってえな! てめえ誰だよ」

クラウドは不機嫌に少年を睨み付けた。

「クラウド様、それはあんまりな言いようでございます。
紫龍様は昨夜、クラウド様がこちらに運ばれてから、
一睡もせずにご看病なさっておいででしたのに」

アルバートンがクラウドを窘めた。

「はあ? っていうか、アルバートン、
勝手に俺の部屋に俺の知らない奴を入れてんじゃねえよ」

クラウドはアルバートンを睨み付けた。

「はい? 一体なにをおっしゃって? 
紫龍様はクラウド様のご正室で……」

アルバートンは口ごもった。

クラウドの中から、紫龍に対する記憶が消えているのである。

「正室? はあ? あはははは。
この俺が男の嫁なんてもらうわけねえだろ。マジきもいって」

クラウドはひとしきり笑い、紫龍に向き直った。

「出て行けよ、ここは俺の部屋だ」

それは紫龍がぞっとするくらいに冷たい声色だった。

いつの間にか部屋の外に女が一人佇んでいた。

「クラウド様」

ブロンドの髪の美女は艶やかに微笑んでクラウドの名を呼んだ。

クラウドはまるで操られるように
彼女の手を取り恭しく口づけた。

「皆の者、よく聞け。彼女こそ俺の正妃となるべき人なのだ。
だから皆も心して彼女に仕えるように」

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