じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

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19.本命の彼女がブチ切れた件

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煽るようにそう言ったルークを、

「あほっ、そんな単純な問題じゃねぇよ」

ウォルフが一蹴する。

「単純……ねぇ。でも複雑に考えても答えがでない問題っていうのは、
 案外単純に考えるのがいいんじゃないの?
 あれこれ考えすぎると、身動きできなくなっちゃうよ?」

ルークの鳶色の瞳が、ニヤリと笑う。

「つうか、動くつもりもないし」

ウォルフが鼻で嗤う。

「動かざること山の如しって?
 そんな余裕かましてる場合でもないでしょうに」

ルークが呆れたようにそういって、窓辺に歩いていく。

ブラインドの隙間から外を窺うと、
アカデミーの車止めに、せわしなく人が出入りしている。

「どうやら何らかの有事が発生したらしいね」

ルークが目を細めると、ノックの後で部屋に入ってきた
士官候補生が敬礼し、
ウォルフとルークの王宮への召集を告げた。

◇◇◇

「ウォルフ様は、
 今夜は遅くなられるそうですよ?」

アルフォード家の別館にて、
ユウラはメイド頭から報告を受けた。

軍務に就く者への非常時の召集、
それは有事の勃発だ。

ユウラはきつく唇を噛み締めた。

底なしの不安が、嫌が応にもせり上がってくる。

「ユウラ様?」

メイド頭がユウラを心配そうに見つめた。

「いえ、なんでもないの。ごめんなさい」

ユウラは平静を取り繕う。

「それよりも、
 今夜はきっとウォルフはとても疲れて帰ってくるわ。
 帰ってきたときに、軽くつまめるものを作ります。
 それと、入浴の用意をお願い。
 寝室も適温に」

ユウラは使用人たちに指示を飛ばし、
自らキッチンに立つ。

米を研ぎ、味噌汁の出汁を丁寧にとる。

根菜を煮て、塩鮭を焼き、
出汁巻きを手際よく作っていく。

キッチンにいい匂いが満ちる頃、ウォルフが帰宅した。

「お帰りなさい。ウォルフ」

エプロンを着けたまま、急ぎ足で自分を迎えに出てきたユウラに、
ウォルフはどぎまぎとする。

「おっ……おおう」

少しぎこちなく応じるウォルフに、
ユウラが小首を傾げる。

「お……お前、その恰好……」

ウォルフが赤面する。

「ああ、これ? 今日きっとウォルフ、
 疲れて帰ってくると思って、ごはん作ってたの」

ユウラが、自分の身体をキョロキョロと見回し、
エプロンをつけっぱなしだったことに気づく。

「お前が……作ってくれたの?」

ウォルフが驚いたように、ユウラを見つめた。

「上手くできたかどうかは、わからないけど……」

ユウラが目を瞬かせる。

ユウラが用意した食事を目の前に、
ウォルフが暫し無言になる。

「うんまっ! ご馳走様でした」

出された食事をペロリと平らげ、ウォルフが両手を合わせた。

「良かった~」

食後のお茶を淹れるユウラが、
ホッとしたように微笑んだ。

「ユウラ、お前、なんか欲しいもんある?」

どうやらウォルフは機嫌がいいらしい。
そんなウォルフの様子に、ユウラは少し安堵を覚えた。

「なによ? いきなり」

笑いを含ませて、やんわりと尋ねる。

「婚約指輪買いに行くか? 婚約指輪。
 服でもドレスでも、宝石でも、なんでも買ってやるぞ?
 次の休みに行かねぇ? 予定どう?」

(えらく景気のいい話ね。
 そして急だな。
 これは何かある)

ユウラのセンサーに何かが引っかかっている。

ユウラは、素知らぬ振りをして食器を下げて、
洗い物に取り掛かる。

「え~、だったら私、
 ウォルフからロザリオが欲しいですけど」

ユウラの言葉に、ウォルフが口を噤んだ。
暫くの沈黙の後で、

「ごめん」

ウォルフがユウラに謝った。

ユウラの手から、
茶碗が滑り落ちて耳障りな音を立てた。

水道の水音だけが、二人の耳にやけに大きく響く。

「それは……できないんだ」

ウォルフが辛そうに、言葉を紡いだ。

「そっか……」

ユウラが下を向く。

平静を装ってはみても、手が震えて
割れた茶碗の破片を上手く片すことができない。

「痛っ」

陶器の破片が指に刺さって、血が盛り上がる。

「ユウラ! お前っ! 大丈夫か?」

ウォルフが顔色を変えて、ユウラに駆け寄るが、
ユウラはぎこちなく笑って、ウォルフに背を向ける。

「大丈夫、平気だから」

疲れたからと自分を置いて、
先に部屋に戻ったユウラを見届けたウォルフが頭を抱える。

「っていうか、大丈夫なわけ、ねぇじゃん!
 嗚呼! 俺のバカッ! バカッ! バカッ!」

ウォルフの眦にリアルに涙が滲む。

◇◇◇

丘を駆け抜けていく風に、
エマ・ユリアスは思わず片目を閉じた。

青々と茂る、よく手入れの施された芝の上には墓石が並ぶ。

『セナ・ユリアス』

そう刻まれた墓石には、
すでに深紅の薔薇の花束が供えられてあった。

「きっとあの方ね」

エマはそう呟いて、微笑んだ。

アカデミーの創立記念パーティーに、
自分のプロムの相手になって欲しいと、
在りし日の姉に申し込んだ人がいた。

美少女のような外見の少年だった。

そのとき、少年が姉に差し出したのも、
深紅の薔薇だった。

「お姉さま、ルーク教官が来てくれたのね」

そういってエマが墓石の前に屈んで、
自身が持参した花束を供える。

「よう!」

刹那、背後で声がして、
エマが驚いたように振り向いた。

「ウォルフ……様……」

ウォルフもまた、花束の包みをセナの墓石に供えた。

「ウォルフ様は……ライラックですのね」

エマが興味深げに、ウォルフの供えた花を見つめた。

白いライラックの小花が風に揺れている。

「ルークを差し置いて、
 まさかこの俺がセナに情熱の真っ赤な薔薇を
 捧げるわけにもいかねえだろ?」

ウォルフがそう言って、肩をそびやかした。







 




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