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35.奪う者と奪われる者
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オリビアからウォルフへと姿を変えて、
ウォルフは民間船『hope21』を訪れた。
「レッドロライン第一艦隊『Black Princess』所属、
ウォルフ・フォン・アルフォードであります」
白の軍服に身を包み、ウォルフが敬礼する。
民間船『hope21』には、
先ほどの電波ジャックの張本人、
レーナ・リリアンヌ・ミレニスが乗船している。
レーナは亜麻色の髪を背に流し、
エメラルドの澄んだ瞳をしている。
「初めまして、わたくし、
レーナ・リリアンヌ・ミレニスと申します」
レーナは、ウォルフに優しい笑みを浮かべた。
「わたくしは、レーナ様の専属騎士、
クライス・ライディーンと申します」
ウォルフとレーナを遮るように、ずいっと身を乗り出して、
騎士が名を名乗る。
金髪碧眼のガタイのいい、美丈夫だ。
「もう……クライスったら……。
そのように背の低いわたくしの前に
壁のように立ちはだかってしまうと、
ウォルフ様が見えないわ」
不満そうに口を尖らせる。
「ちっ」
クライスは小さく舌打ちし、
目線でウォルフを威嚇する。
そんなクライスに、
ウォルフが笑いを忍ばせた。
「それでレーナ様をはじめ、この『hope21』に乗船されている方々は、
一体どうして、あのような電波ジャックをなさったのですか?」
現在の状況としては、あの放送の後、
明らかにアーザス兵に脅されていると確信したオリビアが、
密かに手を回し、レッドロライン側でこの『hope21』を保護したのである。
「先ほども申しましたように、わたくしたちは追悼慰霊団の平和の式典の途中で、
無理やりアーザス兵によって、この船に押し込められてしまったのですわ。
最初は『戦場において、民間船を見つけたから保護する』
なんて、名目だったのですけれど、実際は体のいい人質で、
戦況がどんどんレッドロライン側が有利になってきたでしょう?
そしたら掌を返すように、わたくしたちのこの船を盾にしたのですわ」
レーナが悔しそうに眉を顰めた。
「ですが混迷極まる戦場において、
民間船のシグナルを出すこともできず、
この船に集中砲火が始まると、たまらずアーザス兵が
命惜しさに電波ジャックを決行したというわけなのです」
レーナの言葉に、
ウォルフがため息を吐いた。
(民間船を……盾にとる……か)
戦争というものが、
きれいごとでないことは理解している。
しかし、どうにも心がついていかない。
だが、自分にアーザス国を非難する権利があるのかと、
ウォルフは自問する。
先ほどルークは何の躊躇いもなく、
自分の命を守るために敵の戦艦へと突っ込んでいった。
いや、ルークだけではないだろう。
レッドロライン兵のすべてが、自分に命を託しているのだ。
そんな人々の命を盾にして、やはり自分も生きている。
ウォルフはふと、レーナと共に画面に映りこんでいた
子供たちのことを思い出した。
「そうでしたか。
それはそうと、
あなたと共に画面に映りこんでいた子供たちは一体……」
ウォルフが、不思議そうにレーナを窺う。
「あの子たちは、戦争で親を失った子供たちなのです」
レーナのエメラルドの瞳に、
痛みが過る。
「あの子たちほど、
平和の祈りを捧げることに適した人物はいないでしょう?」
レーナが深い眼差しを、ウォルフに向ける。
ウォルフは口を噤んだ。
そしてふと、自身の手を見つめた。
武骨で節くれだったこの手は、戦士の証だ。
剣を握る者の手。
幼かったころ、自分もまた彼らのように、
理不尽に奪われるだけの、
無力な存在であった。
自分はずっと、奪う者を憎み続けてきた。
それはあまりにも理不尽に、
大切なものを奪われ続けてきたからだ。
もう何一つ奪われまいと、必死に剣を振るい、
守るためにと抗ってきた。
だが、ひょっとすると今自分は……。
ウォルフはレーナを真っすぐに見つめた。
「子供たちに会わせてくださいませんか?」
ウォルフの言葉に、レーナは頷き、
ミーティングルームへと案内する。
子供たちがわっと、
レーナとウォルフのまわりを囲んだ。
「ねえ、お兄ちゃんだあれ?」
幼子が無垢な眼差しを自分に向けて、
手を差し伸べる。
幼い手だった。
きっと両親を失って涙で濡れた手。
(俺は……この手を取っていいのか?)
ウォルフは逡巡する。
それでもウォルフは幼子の手に自身の手を重ねた。
少しだけ、緊張で震えた。
「お兄ちゃんはね、
レッドロラインという国の軍人なんだ」
そう言って微笑みかけると、
幼子の目に、みるみる怒りと憎しみが満ちる。
「離せっ! レッドロラインは悪い奴だ」
幼子は重ねられたウォルフの手を払いのけた。
「みんなの大切なものを独り占めにして……、
だから戦争が起きて、お父さんも、お母さんも……」
幼子の頬に大粒の涙が伝い、その拳がウォルフを打つ。
「お前なんて、レッドロラインなんて……」
嗚咽の中で、幼子がウォルフを打ち続ける。
「返せよ! 僕の父さんと……母さんを」
それは、幼子の悲痛な叫びだった。
同時に自分自身の叫びでもある。
知らず、ウォルフの頬にも涙が伝った。
そして耐えきれず、この幼子をきつく抱きしめた。
誰に打たれるよりも、痛いと思った。
刹那、その傍らにある少女が、ウォルフをかばった。
「ランディーいけないわ」
そう言って少女が、ランディーの腕をやんわりと押さえた。
「だけど……でも……アイシャ……」
ランディーは今も嗚咽に震えている。
アイシャはスカートのポケットから、
ハンカチを取り出してウォルフの涙を拭った。
「ありがとう。
お兄ちゃんも、
わたしたちと……一緒に泣いてくれるのね」
そう言って微笑んだアイシャのコバルトブルーの瞳からも、
涙が零れた。
ウォルフは民間船『hope21』を訪れた。
「レッドロライン第一艦隊『Black Princess』所属、
ウォルフ・フォン・アルフォードであります」
白の軍服に身を包み、ウォルフが敬礼する。
民間船『hope21』には、
先ほどの電波ジャックの張本人、
レーナ・リリアンヌ・ミレニスが乗船している。
レーナは亜麻色の髪を背に流し、
エメラルドの澄んだ瞳をしている。
「初めまして、わたくし、
レーナ・リリアンヌ・ミレニスと申します」
レーナは、ウォルフに優しい笑みを浮かべた。
「わたくしは、レーナ様の専属騎士、
クライス・ライディーンと申します」
ウォルフとレーナを遮るように、ずいっと身を乗り出して、
騎士が名を名乗る。
金髪碧眼のガタイのいい、美丈夫だ。
「もう……クライスったら……。
そのように背の低いわたくしの前に
壁のように立ちはだかってしまうと、
ウォルフ様が見えないわ」
不満そうに口を尖らせる。
「ちっ」
クライスは小さく舌打ちし、
目線でウォルフを威嚇する。
そんなクライスに、
ウォルフが笑いを忍ばせた。
「それでレーナ様をはじめ、この『hope21』に乗船されている方々は、
一体どうして、あのような電波ジャックをなさったのですか?」
現在の状況としては、あの放送の後、
明らかにアーザス兵に脅されていると確信したオリビアが、
密かに手を回し、レッドロライン側でこの『hope21』を保護したのである。
「先ほども申しましたように、わたくしたちは追悼慰霊団の平和の式典の途中で、
無理やりアーザス兵によって、この船に押し込められてしまったのですわ。
最初は『戦場において、民間船を見つけたから保護する』
なんて、名目だったのですけれど、実際は体のいい人質で、
戦況がどんどんレッドロライン側が有利になってきたでしょう?
そしたら掌を返すように、わたくしたちのこの船を盾にしたのですわ」
レーナが悔しそうに眉を顰めた。
「ですが混迷極まる戦場において、
民間船のシグナルを出すこともできず、
この船に集中砲火が始まると、たまらずアーザス兵が
命惜しさに電波ジャックを決行したというわけなのです」
レーナの言葉に、
ウォルフがため息を吐いた。
(民間船を……盾にとる……か)
戦争というものが、
きれいごとでないことは理解している。
しかし、どうにも心がついていかない。
だが、自分にアーザス国を非難する権利があるのかと、
ウォルフは自問する。
先ほどルークは何の躊躇いもなく、
自分の命を守るために敵の戦艦へと突っ込んでいった。
いや、ルークだけではないだろう。
レッドロライン兵のすべてが、自分に命を託しているのだ。
そんな人々の命を盾にして、やはり自分も生きている。
ウォルフはふと、レーナと共に画面に映りこんでいた
子供たちのことを思い出した。
「そうでしたか。
それはそうと、
あなたと共に画面に映りこんでいた子供たちは一体……」
ウォルフが、不思議そうにレーナを窺う。
「あの子たちは、戦争で親を失った子供たちなのです」
レーナのエメラルドの瞳に、
痛みが過る。
「あの子たちほど、
平和の祈りを捧げることに適した人物はいないでしょう?」
レーナが深い眼差しを、ウォルフに向ける。
ウォルフは口を噤んだ。
そしてふと、自身の手を見つめた。
武骨で節くれだったこの手は、戦士の証だ。
剣を握る者の手。
幼かったころ、自分もまた彼らのように、
理不尽に奪われるだけの、
無力な存在であった。
自分はずっと、奪う者を憎み続けてきた。
それはあまりにも理不尽に、
大切なものを奪われ続けてきたからだ。
もう何一つ奪われまいと、必死に剣を振るい、
守るためにと抗ってきた。
だが、ひょっとすると今自分は……。
ウォルフはレーナを真っすぐに見つめた。
「子供たちに会わせてくださいませんか?」
ウォルフの言葉に、レーナは頷き、
ミーティングルームへと案内する。
子供たちがわっと、
レーナとウォルフのまわりを囲んだ。
「ねえ、お兄ちゃんだあれ?」
幼子が無垢な眼差しを自分に向けて、
手を差し伸べる。
幼い手だった。
きっと両親を失って涙で濡れた手。
(俺は……この手を取っていいのか?)
ウォルフは逡巡する。
それでもウォルフは幼子の手に自身の手を重ねた。
少しだけ、緊張で震えた。
「お兄ちゃんはね、
レッドロラインという国の軍人なんだ」
そう言って微笑みかけると、
幼子の目に、みるみる怒りと憎しみが満ちる。
「離せっ! レッドロラインは悪い奴だ」
幼子は重ねられたウォルフの手を払いのけた。
「みんなの大切なものを独り占めにして……、
だから戦争が起きて、お父さんも、お母さんも……」
幼子の頬に大粒の涙が伝い、その拳がウォルフを打つ。
「お前なんて、レッドロラインなんて……」
嗚咽の中で、幼子がウォルフを打ち続ける。
「返せよ! 僕の父さんと……母さんを」
それは、幼子の悲痛な叫びだった。
同時に自分自身の叫びでもある。
知らず、ウォルフの頬にも涙が伝った。
そして耐えきれず、この幼子をきつく抱きしめた。
誰に打たれるよりも、痛いと思った。
刹那、その傍らにある少女が、ウォルフをかばった。
「ランディーいけないわ」
そう言って少女が、ランディーの腕をやんわりと押さえた。
「だけど……でも……アイシャ……」
ランディーは今も嗚咽に震えている。
アイシャはスカートのポケットから、
ハンカチを取り出してウォルフの涙を拭った。
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